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お嬢様と従者、その自由な生き方を。  作者: 田中正義
3章 朝焼け写し、空色巡る。
73/85

というか、その発想すらなかった。

73話です。

「帰還確認。おかえり」


 宿に戻ると、流石にキースたちも隣の部屋で寝ているようだった。

 なぜか同室にされたラトは起きていたようだが、それともおれが戻ったから目が覚めたのか。

 窓から伸びる星灯りに、自分のベッドで身を起こすラトの影が浮かび上がっていた。


「ただいま。起こしたか?」


 暗闇の中でラトが首を横に振る。

 剣を置き、服を楽にして体を伸ばしていると、ラトが部屋を照らす蝋燭をつけてくれた。


「お、ありがとう。ちょっと慣らしに出てみたら、散々な目にあった。街って怖いな」


「どこに?」


「話すと長いんだが……もしかして心配させて起こしてたか?」


 またラトが首を振る。


 よく見ると枕元には火酒の瓶が置かれている。

 ラトは斥候の役だから、普段の旅路ではあまり酒を飲むことはなかった。街中の宿だから、貴重な休みどころなのだろう。


「また明日皆にも話すと思うけど、厄介ごとに巻き込まれてな……」


「というかご主人、自分から巻き込まれに行ったよね?」


 やっと自由になったミドリがぽんと腹から伸び出てきて、ベッドを前足でふみふみと整え始める。

 宿の周りで監視しているような気配はない。

 おれもやっと一息つきながら、ここに至る経緯をラトに説明するのだった。




「女遊びかと思ってた」


「ウケる!ご主人が!女遊び!!」


 あらましを聞いたラトの第一声がそれだ。


「あんまり興味ない。知らない人と肌を合わせるとか、絶対気配も気持ち悪いだろ」


 というか、その発想すらなかった。


「そう?男たちはいつも行く」


「それは……なんて言えばいいんだ。そういうもの、なのか?」


「さぁ。魔力(それ)も分からないし」


「むしろ知っている人がいたら教えてほしいよ。ていうか、皆のそういうの(・・・・・)が分かるのもなんかアレだな……」


 クロエや他の馴染みに触れられるならともかく、見ず知らずの人に文字通り体の中まで預けるなんて、想像するだに魔力がぞわぞわと背筋が粟立つようだ。


 魔力の扱いも結局、マール……というかレーヌに聞いてもろくなアドバイスもなかったなぁ。

 村でのことを現実逃避的に思い出すと、帰りたい欲が非常に強くなった。

 早くメイラのことと、騎士団の件を進めよう。


 頭を空っぽにして、ベッドに横たわる。

 体を拭いたりもしていないが、いいか。今日はこのまま寝てしまおう。


 目を閉じてみると、余程疲れていたのかごく自然に体が弛緩していくようだった。




 だが脱力した矢先、ラトがおれのベッドに手をかけ、ギシリと音を響かせた。


「リーブの魔力(それ)は知らないけど、普通の(・・・)は分かる。ちょっと、()てみる?」


 視線を向けると、小さな灯りで微かに見えたラトの唇が、淫靡に弧を描いている。

 間近の女の香りが脳に届いて、疲れてた体にドクリと血が巡る感覚がした。

 普段は口数の少ないラトが魅せた姿はやけに女性的で、だんだんと心拍数が上がっていく。


 細い指が近付き、おれより小柄な身体がゆっくりとこちらに傾いてきた。

 ただでさえ灯りが小さい室内だったのに、視界のほとんどがラトの姿に占領されていく。中でも装備を外してラフな格好になったことで現れた肌色が、ちかちかと目線を吸い寄せる。


「は?いや、それって、どういう!?」


 くすくすとラトが笑う。

 どういうも何も分かってはいるんだが、言葉が先に口を出た。


 すうっと、こそばゆい指先がおれの首筋を撫で上げる。

 肌は熱いはずなのに、やたら冷たい羽で撫でられたような刺激が全身を震わせた。


「うひっ、ラト!?」


「声、かわいい」


 咄嗟の出来事にされるがまま、抵抗の手も出ない。

 ラトはもう完全におれのベッドに乗り上げていた。

 右手が首筋や耳を撫でる度、直接内側の脳を触れられているような感覚が走る。

 むず痒い右手の拷問と愉悦を孕んだ瞳に惹き込まれていると、ラトの左手がおれの胸から徐々に下に伸びていった。

 どこを通っているのか、どこに向かうのか、浮ついた思考のまま指先の感覚はやけに明瞭に感じられる。

 臍を過ぎたあたりで、意識しない声を伴う息が漏れてしまった。


「ラトっ、なんで、っ!」


「なんで一緒の部屋か、分からない?」


 ラトが少し体を離すと、間に生まれた風が改めてラトの匂いを運んだ。酒も入っているせいで、果実酒みたいな甘ったるさが胸をつく。


 冒険者は不思議と男らしい男や美丈夫、美女が多い。ラトだって体型の優れた女傑ではないが、愛嬌がある。

 年だっておれと一回りも離れてはいないが、女の盛りだ。

 しなを作れば艶も出る。

 しかも絡むような魔力が楽しげな気配を直に伝えていてタチが悪い。気持ち悪いだとかの害意を感じず、この先を期待してしまう。


 酒を飲んだわけでもないのに、酔ったような高揚感と動揺が血流を躍らせていた。


 この雰囲気に飲まれてしまえと、おれの男の部分がどうしようもなく目の前の女を意識し始めていた。


「なんで部屋って、そりゃ……!」


 理由を探して、今の自分に都合のいい言葉しか思い当たらず二の句が継げない。

 しどろもどろなおれの様子にラトはいっそう喜悦の色を濃くした。


 ふう、と漏らした吐息が肌を擽ぐる。


「そう、このため」


 ラトがおれから両手を離す。

 遠ざかった熱の思った以上の名残惜しさに、無意識に体を寄せてしまいそうだった。


 ラトが引いた手を伸ばしたのはおれの横。



 細い手に持ち上げられたのは、畜生の姿のくせにニヤついた表情があからさまな、ド畜生だった。



「ご主人……ッ!ご、ご主人……ッ!!最っ高!!もう無理我慢できない〜っ!!」



 自分の血の気の引く音というものを初めて聞いた。

 全身に痛みのない切断面でも出来たかのように、体中の血と温度が抜け落ちた気がする。


「最高。リーブ、かわいい」


「初ッ心初心だねーーー!!ご主人って年上好き?そういえばメイラも年上だもんね!」


「ーーーーー………………」


 口を開いても、声が出ない。息すら漏れない。


 さっきまでな色香はなんだったのか、さっぱりとした様子のラトとミドリ。

 このまま死んでしまいたいおれ。

 そういえばメイラが死んだ時も、これくらい生への執着が空っぽだった気がする。


「冗談。流石に手は出さない。悪戯くらいならしてもいいけど」


「ご主人は出される気マンマンだったけどね!」


 ラトが笑いながら、服越しにおれのアレ(・・)を一撫でした。

 知らない感触に、たまらずビクリと腰が浮く。

 それだけで盛り上がってしまいそうなほど体は緊張してしまっていて、虚しさが無限に拡散していった。


「……はぁーーーー……………ぁぁぁぁ……」


 くすくすと笑うラト。ゲラゲラと笑うミドリ。


 正直に言えば、手玉に取られたことが悔しくもあり、悦んでしまった期待が複雑でもあり。

 それ以上に、おれでもこんな(・・・)になれるのかと言葉にするのも憚られる何かを見つけてしまった感覚だった。



「じゃあ、もう!部屋一緒なのはなんなんだよ!」


「ちょっと泣きそうな声なのウケる」


「これ」


 ラトがミドリを抱え上げる。


「……ミドリ(それ)?」


ぼく(これ)?」


「もふもふ。折角だから、借りる」


「借りられるー」


 いそいそと、ミドリを抱いたままラトが自分のベッドに戻る。

 そのまま蝋燭を消すと、本当にミドリと一緒に寝る体勢に入ってしまった。


「は?」


「お疲れ様、リーブ」


「いや、ちょ、は?」


「ご主人おやすみー」


 ミドリは揶揄い半分な気がするが、ラトはもう目も閉じてそうだ。

 半身だけ起こしたおれは完全に、放置。


「いやいやいや!タチ悪過ぎるだろう!」


 とんだ冗談、とんだ痴態だ。

 情けな過ぎて本当に涙が出てしまいそうだ。


 まさかラトがこんなこと仕掛けてくるとは夢にも思わなかった。

 あしらえなかったおれが悪いのだろうか。そんなわけあるか。

 この年頃の男になんてことしやがる。襲われる可能性とか考えてなかったのかよ。


「ご主人、自分で言うのもなんだけど、お邪魔虫(ぼく)もいるのに襲えるの?」


 ほんのすぐそこなので、魔力のパスを繋げたミドリが内心を読んでくる。


 無理だな。


 そう考えると途端に冷静になれた。弄ばれたおれが悪い。浮かれ過ぎだ。


 頭を抱えるおれに、眠気からかふにゃふにゃになったラトが言う。


「休める時に、やすむ。緊張は大事だけど、力はぬいてね」


 それは引率の冒険者としての言葉だった。

 街に出て初日から面倒な状況になったおれを見兼ねての、強行な戯れだったのだろうか。


 確かにドッと力は抜けた。


「おやすみ、リーブ」


「……おやすみ、ラト」



 何とも言えない混沌の心模様のまま、疲れた心身を投げ出した。

 纏わりつく街の魔力が、むしろ今は丁度よかった。

リーブは魔力に過敏すぎて常にストレスを抱えてるから、同年代より性欲とかは薄い。それはそれ、これはこれ。がんばれ。

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