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お嬢様と従者、その自由な生き方を。  作者: 田中正義
1章 空色と朝焼けの出会い
6/85

雪の頃にはその紺碧の光は地に沈んでしまう。

6話です。

 汚れを払って中に入ると、もう夕食を食べ終えた冒険者と丁度入れ違うところだった。


「よおリーブ、シゴかれたな。暗いから帰りは気を付けろよ」


 その内の一人が、おれの頭をわしゃわしゃと揺らして仲間を連れて出て行く。


 夜番だ。


 同じように、もう3パーティがおれの頭を掴んでから出発する。何の験担ぎだよ。


 この村には幾組かの冒険者のパーティが来ているが、誰からともなくローテーションを組んで魔物を狩ってくれている。


 おれが出鱈目な扱いを甘んじて受けているのも、彼らがクロエや村人を守ってくれるからだ。


 それにおれに絡んで来るのも、元を辿れば息苦しさにいつも辛気臭い顔をしたおれの気を紛らそうとしたものである。


 その辺りを考えると、複雑なことに面と向かって文句も言い辛い。


 今では単に、子供のような理由で楽しんでいるだけだが。

 そもそも冒険者の気の重さに息が詰まるのだから、これって冒険者のせいなのではと思わないではない。

 言わぬが華だ。


「あれ、そういえばヒュンケルたちは今日は非番か?」


 今更ながら、この中にも順番はいなかったのか。

 おれをボコボコにして楽しんでたバカ共は、特に準備をする様子もない。

 いつもなら5パーティ程の交代制なのだが。

 冒険者たちはニヤリと笑うと、晩飯の運ばれてくる卓に座りながら言う。


「おいおい、今日何を見て来たのか忘れちまったのか?」


「え?あ、そうか」


 言われてみれば確かにそうだ。

 騎士団は、増援に来たのだ。


 何時間もぶっ倒れるほど剣を振ってボコボコにされていたので、すっかり忘れていた。

 いやお前らのせいだろうと八つ当たりに近い感情が湧くが、大人な子どもなのでグッと堪えてやる。


 今日の夕飯のメインは鳥らしい。

 それにちなんで鳥頭だのなんだの囃子立てるバカ共が、酒杯を煽って渾身のしたり顔をキメ込んでくる。

 おばさんが運ぶそばから美味い料理に手を出して舌鼓を打ち、子どもを全力で煽るのは何とも情けない姿だ。

 おれの揚げ足を取るのが最高の肴と言わんばかりの愉悦の笑みを浮かべている。


 これには少し腹が立ったので、大人な子どもとして一本ずつ鳥の足を頂戴することにした。

 育ち盛りなのだ。



 もっとも、おじさんは料理に余念がない。

 おかわりも沢山用意されているので、バカ共は結局腹一杯になるまで食べるのであった。



 おれもクロエと二人で、おじさんおばさんより先に晩飯を済ませる。

 ただでご馳走になるわけだが、おばさんたちは冒険者の相手をしなくてはならないから、クロエと食卓を囲む人がいるのはありがたいと言ってくれる。

 多分おれはこの夫妻にずっと頭が上がらないのだろう。


 基本的には(一応は客である)冒険者に出す料理の余りから作られるので、今日は鳥のスープをベースにしたものだった。

 クロエと二人で食べるのは楽しい。

 他に食卓を一にする人がいないからな、家族よりクロエと食べる頻度の方が多い気がする。



 食べ終わって外も暗いからさて帰ろうか泊まろうかと考えていると、


「そういえばリーブ、さっき表にいる時に兄貴が来たよ。今日は帰って来いってさ」


 おばさんにそんなことを言われた。

 おれが吹っ飛ばされている光景を見て、そっと逃げたに違いない。


「わかった、ありがとおばさん。じゃあ今日はもう帰るよ、ごちそうさま。おやすみなさい」


 クロエにもおやすみを言い、遅くならない内にちゃっちゃと帰る。



 外は日もとっぷり暮れて、月と星の明かりしかない。

 ウンディーネの里は飯も酒も出す宿だから、村の中では数少ない、夜でも蝋燭以上の充分な明かりを灯す場所だ。


 だから村を歩くと、なおさらその明暗が大きく感じられた。


 冬に近づくと、二つある月の片方、イヴィは徐々に天から遠ざかっていく。

 雪の頃にはその紺碧の光は地に沈んでしまう。

 秋の今もイヴィは随分と傾き、山に消えるまで間もないだろう。

 もう一つの月モーントンは既に南の空高くに見え、淡い黄の光を降らせていた。


 だが二つの月が眩かった夏の夜を過ぎると、どうしても夜の明るさは数段落ちて感じてしまう。


 昼と夜の寒暖差も激しいので、余計に冷たい闇が際立つのだろう。



 つまり現状は。


「寒いし暗いし、早く帰ろ」


 満腹の眠気も覚めてきた。

 そろそろ灯りを持ち歩いた方がよさそうだ。


 満月に少し足りないモーントンを背に、足を早めた。




「館に仕入れが増える。薪もいつもより大目に用意しとけ」


 帰宅すると、火にあたる熊がそんなことを告げた。

 父さんである。


「騎士団?今日観てきたよ」


「そうだ。飯炊きと夜番の暖があればいいだろう。足りるか?」


「多分しばらくは大丈夫だと思う。量は館で相談?あんまり多く必要なら結構集めないとかもしれない」


「そうか……分かった、考えておく」


 父さんは熊のような見た目なので、黙り込むと置物のようになる。

 おれと兄さんは母さん似で線が細い。


 兄さんが食糧を集め、おれが薪を用意し、父さんは罠にかからない獲物や薪にする木の管理をする。

 つまり大型の獣や、伐採だ。

 おれたち兄弟は父さんのおこぼれを担っているに過ぎない。

 正面から熊を狩れるのは、まだ父さんだけだ。


 熊を狩れない兄さんは、酒を飲んで帰って来たのかテーブルに突っ伏して寝ている。

 しかしおれと父さんの話が終わったのを見計らったのか、ぼんやりとその頭を上げた。


「かわいい弟よ、獲物は昼までに置いとく……まとめて運んでやってくれ……」


「……そうか。ではリーブ、代金のやり取りも任せよう」


 その役目は本当は兄さんだったんじゃなかろうか。こいつ、面倒で狸寝入りを決め込んでやがったな。

 おれの役が最も楽だし父さんも何も言わないからいいが。


「わかった、でもロバも使うからな」


 兄さんはひらひらと手を振ると、欠伸をしながら部屋に戻っていった。

 足取りがしっかりしている。

 この兄は力を抜くのが上手いと言うか、なんと言うか。




 翌日、日が高くなる頃に館へ向かう。


「マッケン、お前は本当に優秀なロバだなぁ」


 他のロバはよく知らないが、ウチのマッケンはおれが何も言わなくてもちゃんと館まで歩いてくれる。


 領主様の館は、辺境の村主の館にしてはとても大きい。

 大昔にここらを開拓した貴族の館なのだそうだ。

 兵舎も隣にあり、館だけなら町の貴族にも負けてないだろう。


 おれが用があるのは、北の裏門だ。

 南の正門は来客用、兵舎が近い西門は馬の出入口で、裏口は食糧などの搬入口になっている。


 裏口の門番をしていたアーロンに用を伝え、入れてもらう。


「今日は門番一人なんだ」


「今は騎士団も常駐してる館だ、いらん戦力は野山を駆けてるってワケ」


「ちょっとは楽になるかと思ったら、そうでもないんだね」


「若様が勇敢な方でな。兵も騎士も冒険者も釣られて三つ巴よ。皆負けてらんねぇって」


「若様?」


「パフレア様だ、ご子息だよ。最前線で指揮をとってらっしゃる」


「へぇ、頼もしいんだ」


「士気も上がって、皆鬼の首でも取りそうな勢いだ。やれやれついてけないね」


 アーロンは大袈裟に肩を竦める。

 先日、アーロンは魔物に足をやられた。

 今年の秋は特に、名誉の負傷は珍しくない。

 ノーディストの警備隊は門番程度なら走らなくても勤務に支障はないから、基本的に休みはない。

 腹に槍が刺さってなお暴れた過去のある隊長をはじめ、警備隊は頑丈な脳筋ばかりだ。


「ああリーブ、一応館では気を付けろよ。若様は今は外だが、伯爵の直属の方や姫様もいらっしゃる。もしも会ったら失礼のないようにな」


「了解。お務めご苦労様であります」


 マッケンの上から敬礼すると、アーロンもボリボリと頭を掻いてそれに応える。


 平和なのは、戦う者がいてこそだ。

父は寒がりなのでよく毛皮を着込む。

昔、そのせいでリーブと兄が弓を射かけたことがある。

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