クロエは、半裸の男たちを見てドン引きしていた。
5話です。
朝焼けの瞳と見つめ合ったのは、何秒か、それとも一瞬だったのかもわからない。
気付いた時には、少女の姿は馬車の中に戻って見えなかった。
どう考えても討伐隊には見えない。
給仕にしては、惹き込まれた瞳にはいやに深い綺麗さがあった。
「リーブくん見て!ミッキーより大きい人もいるよ!」
現実に意識が引き戻される。そうだね、でっかいね。
もはや何でもないことにも興奮しているクロエは、犬が吠えても袖を引いてきそうだ。
感受性の高い年頃だから、少しでも多くのものを体験して大人になっていくんだろうなぁとしみじみ思う。
クロエの声に引っ張られて、紫の少女のことも疑問符は残るがどうでもいいかと処理されていた。
矢継ぎはぎに見たままを報告するクロエに応えていると、あっという間に騎士団は背中を見せていた。
領主様の館に泊まるのだろうか。
寝床や食糧はどうなって、いつまでいるのだろうとあてのない疑問が頭に浮かぶ。
どうにもあの輝く剣が魔物の肉を断ち、厚い鎧が魔物の爪を隔てるのかとは考えられなかった。
何だか遠いどこかの話に感じるのだ。
熱狂もひと段落したクロエがぽつりと溢す。
「みんな、ケガしなくなるといいな」
そうだ。
この子なんかは傷付く冒険者たちの最も近くにいる。
知った顔が血を流して帰ってくれば心配も絶えないだろう。
すぐに人に優しく振舞おうとできるのが、クロエの素直で愛されるところだ。
遠い騎士団の戦いではあるが、身近な誰かのためなのだ。少し意識を改めた。
「ミッキーよりデカい人もいるんだ、冒険者たちより強いんじゃないか?」
「え~、みんなの方がつよいって言うと思うよ。ぜったいケンカになっちゃう」
クロエが並べていた騎士団の頼もしそうな部分を語り、安心させる。
冒険者たちはバカだが、カラッとして気は良いやつらだ。
たまには優しくしてやるか、と思わないでもなかった。
帰り際。他のガキ共から(なんとあのニックから!)遊ぼうと声をかけられたが、おばさんに早く報告したいとクロエはそれを断った。
冒険者たちの顔も見たくなったのか、ニックに声をかけられたからかも知れない。
子どもたちは例年に比べて、今年は兄さんたちくらいでないと仕事の手伝いに回されないので、持て余しているのだ。
クロエが帰るならおれも帰る。元よりニックがおれに声をかけるわけもないのだが、寄ってきたチビ共は違う。
ミッキーに懐くチビ共は兄さんにも可愛がられるから、余波でおれのところにも寄ってくる。悪い気はしないが纏わりつかれて息苦しいったらありゃしない。
チビ共には騎士団ごっこでもしたらどうだと道端の枝切れを指してやれば、早くも取り合いが始まった。
クロエと連れ立って歩みを進めるようとすると、ニックがすかさず軽口を叩いてくる。だから、チビ共に「魔物になっちまったニックに突撃!」と号をかけてやった。
すぐに木の棒で滅多打ちにされ始めるニックを見て、クロエと声を出して笑う。
なんだかんだでガキ大将、ニックも面倒見はとても良いのだ。
後ろから甲高いダミ声で、覚えてろだのなんだと聞こえた気がするが、振り返らずに帰り道へ歩いた。
ウンディーネの里は村のほぼ中央にあり、領主の館はそれより少し北にある。
行進を見送ってからしばらく経っての帰路なわけだが、ぶり返したクロエが追いつけるかなと駆け出すのは予想に難くなかった。
しかし訓練された騎士の歩みは早く、1日かけて寄り道立ち話をしながら村の歩哨をする警備隊とはその速度が違う。
そしてノーディストで近道を敢行しようとすると、起伏の大きい坂道や丘を突っ切るのが一番早く、その結果。
「リーブくん、おんぶぅ……」
「しません」
クロエがバテた。
おれが涼しい顔をするから自分も行けると思ったのか、調子に乗ったのだ。
結局、騎士団の影も見えず家に帰ったのは、早歩きして普通の道を歩くのとさして変わらない時間であった。
クロエは水を飲みながらも早速、おばさんに今日見たことや感じたことを捲し立てている。おばさんも笑みを浮かべながらそれを聞いていた。
おれはというと、
「おおリーブ!騎士の連中はどうだった!?」「俺様より強そうなのはいたか!?」「ボーっと突っ立てんじゃねぇ、こっち座れ!」
非常に煩い輩共に囲まれている。店では10人ほどの冒険者が酒を飲んでいたが、そいつらに揉みくちゃにされていた。
何故だか子どもや冒険者は普通の人よりうるさいので、どうしても扱いがぞんざいになる。
引っ張ろうとする手を払い、転がそうとする足を踏み、後ろから頭や肩をぶっ叩いてくる手を避ける。あまりの気の重さに、いつしかこんな風に避けられるようになっていた。
だから余計に絡まれるのかも知れない。癪だ。
「だが応援はありがてぇ!乾杯すっか!」「今年はマールのパーティも来れなかったからなぁ」「手は足りねぇがあんなクソ真面目な剣にゃ負けねぇぞ!」「来いリーブ、騎士の剣と冒険者の剣の違いを教えてやる!」
無理やり座らされてから30秒も経っていない。
やんややんやとあっという間に表に連れ出されていた。
ついでに真剣を持たされた。
バカ共は頭が悪いので、余程自慢したいのかよく自分の技や物を見せびらかしてくる。
ニックや他の子どもも絡まれたことがあるのだが、他の子どもたちは剣の重さに耐えられなかった。なまじ薪割や森歩きをするおれに剣を振れる程度の体力があったばかりに、バカ共は好んで巻き込んでくるのだ。
チャンバラに興じるチビ共とやることが変わらないと呆れていると、確かどこかの騎士上がりだったヒュンケルが服を脱いでいた。
何故脱ぐ。
要約すると、騎士の戦術は守りがベースらしい。
制圧するために、まず受けきることで確実な立ち回りに持ち込むのだそうだ。
対する冒険者はケダモノの戦い方なのだとバカ共は声を上げて笑う。
隙があればその隙に、隙が無ければ隙ができるまで、攻めあげる。こっちは何度も聞いた(やられた)のでとっくに覚えた。
大きな違いとしては、騎士は受けるための軸足を据えて構え、冒険者は踏み込む足で前に横にバランスを取り続けるのだと。
そんなことを言われながら今日は足を叩かれまくった。腹が立つから蹴り返してやった。
優しくするかと数時間前に思ったばかりなので、冒険者たちと(ほぼ一方的に)楽しく遊んでやっていたら、クロエがご飯と呼びに来た。
我に返るといつの間にか日は暮れつつあり、秋の夕冷えが体に触れている。
クロエは、半裸の男たちを見てドン引きしていた。いつものことではある。
でも、脱いでないおれを含めないでほしい。
クロエがドン引きする理由は何個かある。
例えばいつかリーブもゴリゴリのマッチョになるんじゃないか、とか。ゴリラより人間のイケメンが好き。