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お嬢様と従者、その自由な生き方を。  作者: 田中正義
1章 空色と朝焼けの出会い
4/85

馬車の覗き窓に人影が動くのが見えた。

4話です。

「なに、やるの?またリーブくんにボコボコにされちゃうんだからね!」


 クロエも腰は引けてるが慣れたものだ。

 お出掛け時の保護者役としてはその成長が頼もしい限りだが、後ろに立たせないでほしい。


 何かと言い合う二人、昔はニックがちょっかいを出して泣かせていた。

 いつからかクロエがおれの陰から言い返すようになり、今では結局仲が良いんだか悪いんだか。

 ただでさえ子どもの相手は気が重く煩わしいのに、ニックは余計口うるさいから息苦しいったらありゃしない。


 ニックもニックで喧嘩ではおれに勝てないので、口ばかり達者になっていた。

 それでいいのかお前という感が湧いてしまうが、喧嘩を受けようにも伊達におれは毎日薪を背負いながら森を歩いていない。

 そもそも森番の子は、7歳でも道具ありきで野犬くらいは追い払えるようになる。群れる狼はまだ逃げに徹するしかないが、熊は油断なく対面すれば分からない。

 森で生きるということは、森で死なない力があるということ。同年代の子どもとは、体の出来が違うのだ。


 ついでに、伊達にウンディーネの里で冒険者たちにぶん殴られ続けてもいない。嫌でも頑丈になってしまう。あいつらはいつか絶対泣かせる。

 冒険者は、ガキみたいなことに必死なのだ。

 おれが薪割りをしている時にはああだこうだ口を出して斧を切り株に埋め、おれを転ばそうとして魔法をかけて床を抜き、後頭部を狙って鞘ごと剣を振り抜いて酒瓶を割る。

 9歳で遊ぼうとしておばさんに怒られるな。

 余程この二人の方が口だけだから平和だ。


 まあそんなわけで、ニックをボコボコにしてついたあだ名が「野人」である。

 正直、的を得ている。言い出したガキはセンスがあると思う。



 醜い口喧嘩を背景に、昼食も食べ終わってしまった。

 農業が主の村で、ニックも大事な飯時に口は出しても手を出してくることはしない。

 取巻きはおれを怖がって何も言わないし、クロエにも下手なことを言うとニックに殴られるので結局ニックとクロエの言い合いを眺めているだけだ。かわいそうな取巻である。


 そのままのんびりと二人の言い争いやチビどもの戯れを見て時間を過ごす。村人の見知った顔の中には話しかけてくる者もいた。

 兄さんたちだ。他の大人たちはガキのやり取りにわざわざ口を出してこない。

 結局来たのか、相変わらずクロエと仲がいいなと、他愛ないことを話す。


 兄さんと一緒に来ていたミッキーは、村で成人していない中でのリーダー的な存在だ。15歳だが2メートル近く、父譲りの三白眼がとても目立つ。

 兄さんとはウマが合い、よく二人で隠れて酒を飲んでいる。ミッキーはお調子者でおしゃべりなので、欠片も隠せていないのだが。

 おかげで店の酒を飲んではよく親父さんにぶん殴られていた。

 兄さんは小狡いところがあるのでミッキーを生贄に逃げおおせているが、不思議と関係は続いている。


 兎角、ニックもミッキーのことは格上に思っているので、近くにいると静かになるということだ。大変結構。

 クロエもチビの女の子たちと遊び始めていた。


 通りに集まった人も増え、騎士団の登場を待つ。

 ミッキーはチビどもの遊び場になっていた。その身長のせいで、登られるのだ。ノーディストの子どもの多くがそれぞれ下の子の面倒見がいいのは、ミッキーを見倣っているからである。ミッキーも、きっと上の代から継いでいるのだろう。


 子どもたちに限らず、大人も多くて人の存在感が息苦しいことこの上ない。しかし何かと積もる話もあり、村人たちと話しながらしばらくの時が経った。


 すると、丘の上についに影が見えた。




 徐々に近づくその姿に、歓声が上がるどころか話し声すら潜められていく。


 朝に来たという先触れの伝令で分かっていたとはいえ、騎士団が近付くと不思議と村人たちの間には緊張感が漂い始めた。

 遠目に見える小さな影から、少しずつその全貌が明らかになっていく。

 こんな辺鄙な村の住人の想像力では足りないくらいに格調高く、威風堂々とし、足早にしかし確かな緊張感を纏う騎士団の姿に、村人たちは声を出すことも憚られていた。


 静寂を決め込む村人たちに迎えられながら、騎士団は村の門を潜る。


 銀に藍を差し色とする重厚な鎧を輝かせた騎士団を連れていたのは、栗色の馬に乗った若い男だった。

 赤い髪が一筋、兜から垂れている。男は他の兵より細微な装飾が施された鎧を着ていた。乗っている馬の面構えすら違って見える。

 団長格だろうか。

 馬に乗っているのは7騎しかいない。60人ほどの歩兵と大きな3台の馬車の行列だ。


 誰もが言葉も出せず見惚れていると、いつの間にか民衆が除けた大通りの中心に立っていたノーディスト警備隊の隊長が朗々と口上を述べる。


「シェルシェント大騎士団と見受ける!ノーディスト警備隊長カーター・ベルトと申す!援軍に感謝する!館までの案内を承る!」


 赤髪の男が、大きくはないが辺りに響く声で応えた。


「出迎えご苦労。シェルシェント伯が一子、パフレア・シェルシェントだ。父に代わり、シェルシェント騎士団一番隊と共にノーディストの危機を救いに来た!」


 隊長かと思ったら、伯爵子息であった。確かに若い、20代だと思えばそりゃ隊長ではないか。

 辺鄙な村の救援に、伯爵子息自らがわざわざ出向くのは素直に驚いた。


 パフレア様の言葉を聞くと、村人たちから(最初はミッキーから)堰を切ったように歓声が上がり始める。


「シェルシェント伯爵万歳!」「シェルシェント大騎士団に栄光を!」「魔物どもをぶっ殺してくれ!」


 さっきまでの緊張はどこへやら、あっという間に熱は伝播し、子どもたちもワーワーと叫んでいた。


「かっこいいねっ、すごいね!」


 クロエも騎士団の迫力に興奮していた。


 村の警備兵は革の防具に、実用性重視の武骨な剣しか持たない。

 冒険者も武器こそ拘っていそうだが、防具に関しては金属鎧なんてあまり見ない。

 対して騎士団の装備は鎧や剣それぞれ一つとっても、村で見たことがある美術品より見た目にも美しかった。


 歓声の中でパフレア様とカーター隊長は幾言か交わすと、館へ続く道を進み始める。


 騎馬は歓声を受けても動じる様子もなく、村の農馬とは違って頼もしく見えた。

 騎士団の足並みも揃い、歩くたびに地面が揺れる。

 この何十人もいる集団が同じ重鎧で大領地を治める伯爵家の旗と行進する様は、村では一生に何度も見れるものでもない。


 陽の光を浴びて銀に光り輝く剣と鎧は、物語のワンシーンのようだ。

 中には村人の声に手を振り返す者や、剣を掲げる者もいる。


 間違いなくこの瞬間、彼らは一人ひとりが、この村を救う勇者であった。



 騎士団はどれくらい強いのかとか、鎧のどこがかっこいいとか、はしゃぐクロエに相槌を打つ。騎士団の頼もしさに喜ぶ村人やクロエの様を見ると、存外来て良かったと思わないでもなかった。


 だがおれにとっては村人も騎士団も熱く重苦しい気配を放ってうるさいことには変わらない。

 相槌は打ちながら、ぼうっと眺める。

 

 荷を載せているであろう馬車でさえ立派な造りだ。

 いや、立派なのは間違いないが、3台ある中で丁寧な装飾がされているのは1台だけだ。子息の寝台だろうか。



 そんなことを考えていると、ちょうどその馬車の覗き窓に人影が動くのが見えた。


 頭の上半分だけ見せたのは、透かした髪で車中の陰を仄かに紫色に染める少女であった。

 よく見えないが、騎士ではないだろう。同い年くらいかもしれない。


 騎士団の行進に歓声を上げることに夢中な村人は、そうっと周囲を伺う少女に気付く様子はない。


 宙を彷徨う少女の視線は、やがて他の視線に押し退けられるように、すっとおれの視線と繋がった。



 その瞳は朝焼けの紫で、(ちりば)めた星の瞬きが溶けているかのような美しさだった。


ミッキーはパン屋の幼馴染みと恋仲で、過去に主人公兄と彼女を巡って拳で語り合っている。

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