なんだかんだで可愛いクロエに恋をしている。
三話です。
クロエが出て来たのは、結局四半刻ほど後だった。そろそろ日が中天に昇り始める。
「リーブくん、お待たせ~……」
おずおずと出てきた様子を見やる。
最近お気に入りである茅色のワンピースに、去年の大冬の日祭りの時に買ってもらっていた青いショールを巻いていた。髪には花の形のバレッタを留めている。
「今日はショールも出しておしゃれしたんだ。楽しみだね」
クロエは顔の造詣が整って、大概何を着てもかわいらしいのだが、いつもと違う部分に触れつつ一応褒める。
これはクロエの父、おじさんの教えである。昔、村一番の美人だったおばさんとそうやって地道に良い仲になったのだそうだ。おばさんは今も美人の面影はあるが、なんというか、横幅もお育ちになったようでおかんという感じが強い。
宿の冒険者たちも「女とゴブリンは怒らせるな」と言う。ゴブリンは中途半端に手を出すと、仲間意識が強いため群れで報復しに来るのだそうだ。討伐の際は徹底的に恐怖を与えて殲滅せよ、とは耳にタコができている。
ゴブリンと女性を並べるなとは思うが、実際、その話をしていたら他のパーティの女冒険者にぶん殴られていた。
余計なことを言うよりは、倣うにこしたことはないだろう。
ともあれ、簡単でも褒められたクロエはえへへとはにかんでいる。満足のようだ。
この子は見た目の輪郭が花のように柔らかくて、目がぱっちりと大きい。おばさん譲りの金髪金目で、表情がころころ変わって愛嬌もある。
笑うと周りも釣られるような、優しい雰囲気の純朴な村娘そのものだ。
本人は気にしているが、ふわふわな髪も相まって小さい時分から天使のような可愛がられ方をしていた。
おれも、妹分のように思っているので甘やかしている自覚がある。
だから男のガキ共がちょっかいを出すその度おれに泣きついてきてたもので、それらをあしらっていたら懐かれたのだ。
そもそもなぜおれのところに来るようになったのか、前後関係は正直覚えてない。
おれはあまり他の子どもとは遊ばないので、自然と二人で行動することが多くなっていた。子どもたちの気配は大人より強くて、相手するとおれには負担がちょっと重すぎる。
そんなわけで、何かの行事にはクロエがウチまでお迎えの催促に来るか、おれが迎えに行くようになったのだ。
「じゃ、行こっか」
「うんっ」
「おばさーん。クロエ借りてくよー」
「あー、リーブ。ちょっと待ちな。昼はどっかでこれお食べ。日が暮れる夕飯までには帰っといでよ、あんたのも用意しとくから」
隅で酔っ払いに水をぶっかけていたおばさんだったが、その辺にバカを放り投げるとカウンターの奥から小さなバスケットを持ってきてくれた。
受け取ると、中にはおじさん謹製の軽食セットが入っているようで、大きさの割に少し重い。
おばさんと酔っ払いたちにせっかくなら楽しんで来いと見送られ、街道に続く村の南西の入り口へ向けて出発する。
手を引いて欲しそうなクロエだったが、おばさんにも甘やかしすぎるなと言われたし両手が塞がるので無視して連れ立って歩く。
その代わりに、最近ずっと楽しみにしていたようで、騎士団はどんな衣装なのか、シェルシェント伯爵はどんな人なのか、宿の冒険者より強いのか、と想像を膨らませ、道中ニコニコと喋り続けていた。
だが頼むから上の空で歩いて転ぶのはやめてくれ、こちらは大事な昼のバスケットを持っている。
わざわざ繋いでない手を引っ張って巻き込むんじゃない。
南西の村の入り口には、村人たちが少なくとも百人は集まっていた。
ノーディストは、広い。
人の住む範囲では、端から端まで歩くと一刻はゆうにかかる家もある。南東のこのあたりからだと、例えば我が家がそうだ。
村はずれに住む家は他にもあるが、ルフォン領内でも交流はあるので、比較的近ければ村人として括られる。
領主様から見れば厳密な線があるのかも知れないが、仮に百人というとノーディストの人口の何割だろうか。
村人が正確に何人なのかは、おかしな話だが住んでいる自分たち村人の方が分かっていない。
「うわぁ、皆いるね!騎士団はまだかな」
どのくらいの規模の集まりなのかは分からないが、それでも集まっている人の群れは、見知った顔ぶれが多い。広くても繋がりがある温かい村なのだ。
厳しいのは環境である。だから村人が結束するのかも分からない。
「これだけ集まるのもお祭りくらいだろうな」
全体的に女子供が多い。
男は仕事なのだろう。
本来は子どもたちも今の時期は収穫の手伝いをするのだが、今年は事情が事情だ。
降って湧いた休息に、子どもたちが村の中で遊んでいる光景をよく見かける。
「その辺でお昼でも食べようか」
「うんっ。今日のお昼なにかな?」
それはおじさんからのお楽しみだ、おれは見たけど。
日は天辺にあるし、街道が伸びる丘の上に影もない。風もなくてぽかぽかとした陽気は、ランチに丁度いい。
森を出てから一刻といくらか経っているので、さすがにお腹も減っている。
お昼ご飯は、我が家が卸したであろうウサギの燻製と、栗を使ったサラダが生地で包まれて焼かれたものが、バラけないよう器の中に収まっていた。
おじさんの料理はとても美味しいが、感覚で作る部分が多いらしく料理の名前はよく分からない。
村の入り口にあたる木組みの門から少し離れ、畔にどけられた大石に座ってのランチとする。
寄ってきたチビ共に、バスケットの中で別の包みに多めに入れられていた茹で栗を分けてやる。多分おじさんもこういう意図でおやつ用に入れたのだろう、道理で重かったわけだ。
クロエは素直でいい子だから、面倒見が良いわけではないが小さい子にも好かれやすい。
おそらく何もわかっていないチビ共も騎士団を楽しみにしているようで、クロエに栗の礼を言うと一緒にわーわーと盛り上がっていた。
騎士なんて、辺鄙な村ではおとぎ話や物語でしか聞かない存在だから期待も大きいのだろう。
森の素材そのままの食事(断じて料理ではない)よりはるかに美味しい昼食に舌鼓を打ち、人が集まり煩わしいながらも楽しい時間を過ごしていると、甲高いダミ声が近付いてきた。
「おい、野人のカップルがいるぞ。クロエのとこの冒険者が頼りないせいで騎士団が来てくれるようになったんじゃないのかぁ?」
食べる手を止め、ため息を吐く。
「なあ、ニック。その言い分だと狩りに出た自警団と館の警備兵もバカにしてることになるけど、分かってんのか?」
やれやれ、だ。
クロエはおれの陰に控えたので、代わりに少し睨みつけてやる。
「うるせー野人、お前がいると辛気臭くなんだよ」
ニックは運び屋の息子で一個上だ。
十歳より小さい子どもたちの中での、ガキ大将である。特徴的な声と、ガタイも少し大きい。
村の農作物なんかを余所に出荷する仕事をする家なので、今回の騒動の影響をもろに受けている。気が立つ部分もあるのだろう。
絡んでくるのはいつものことで変わらないのだが。
こいつは、ちょっかいこそ出すが、なんだかんだで可愛いクロエに恋をしている。
その辺の大人たちもまたか、と言いたげな顔で見守っていた。
正直おれもそっち側にいたいが、ちょっかいを出される妹分が後で泣きついてくるのだ。
結局、今の立ち位置になってしまっては相手をするのが遅いか早いかの違いである。
全く、いい迷惑だ。若い二人で勝手にやってくれないものか。
負けヒロイン、登場。
ニックの明日はどっちだ…!?