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お嬢様と従者、その自由な生き方を。  作者: 田中正義
1章 空色と朝焼けの出会い
1/85

山葡萄には微量の毒がある。

初投稿、開始。

 閑散とした小さな村が、今朝は何だか賑やかだった。


 いつも森で過ごし、あまり村に降りないおれの耳にもその話は聞こえてきた。

 子供達が村の端まで聞こえるほど、声高らかに噂話をしているからだ。


 どうやら、遠い街から騎士団がやってくるらしい。


 落ち葉が敷かれはじめた、黄緑の道を歩く。

 歩き慣れた森の中、隠れた木の根やぬかるみに気を付けながらも、木々の隙間を縫うように枯枝を拾う。


 体は働いても頭の中は退屈なので、村で聞こえた話をなんとなく思い出していた。


 収穫の秋の頃は、いつも魔物が山から降りてくる。例年は自警団と、領主様の館の警備兵、馴染みや流れの冒険者が防衛線を張って被害は少ない。


 いっそ村全体が武勇を競って、収穫祭と併せて秋はとても賑やかな雰囲気になるのだ。


 それが何と今年は手が足りていないらしい。いつもの秋より、はるかに魔物の数が多いという。例年通りの頭数と、腕の立つ人たちが揃ってはいるのだが、応援を呼んでも足りていない切羽詰まった状況なのだと。


 魔物が多い年はそこそこあるが、特に今秋は街道の商隊すら襲われ、このまま続けばこの辺りの流通はおろか周辺の食糧事情にも影響が出そうという話だ。そこで、この村ノーディストも含まれる北西一帯を指すルフォン領、ルフォンを含む近隣をまとめた大領地を治めるシェルシェント伯がその武名轟くシェルシェント騎士団を寄越してくれることになったのだ。


 大人達はありがたさに、子供達は誇り高い騎士団をその目で見れることに興奮して浮足立っている。その到着がどうも今日らしい。


 朝に聞いた、そんな噂。


 物珍しくはある。

 しかし人の職務やパレードに大した興味もないし、わざわざ疲れに行くのも別に望まない。それよりおれは森でのんびりしていたい。

 なので、徐々に紅めく深い森を奥に奥に歩く。すると不意に、後ろから近づいて来た兄さんが声をかけてきた。


「リーブ、お前も騎士団の行進を見に行くか?昼くらいに着くって酒場のミッキーが言ってたから、一緒に見物することにしたんだ。着いてくるなら連れてってやるよ」


 面倒見の良い兄だ。


 おれ達の家は、この北西の村ノーディストの、さらにその北西に広がる「不入(はいらず)の森」の森番だ。「入らず」とは言え、奥の奥の泉の向こうに行くと恐ろしい魔物がいるから深入りするな、程度の「入らず」という意味だ。「不深入(ふかいらず)の森」に改名した方が良いのでは、とたまに思う。


 その広い森の一画にいるおれにわざわざ声をかけに来たようだ。


「耳が早いね。でもおれはまだ薪拾い終わってないし、気が向いたら行くよ」


「ああ、リーブ、俺の愛する弟イリーベルトよ。なんだってお前はそう、9才にして老人みたいな枯れ具合なのか。まだお前の手の中の落枝の方が芽も出そうなもんだ」


 やれやれと肩をすくめる兄は、声こそかけたがおれの回答も予想済みであるらしい。言うだけ言ったその息に踵を返し、手頃な山葡萄を摘み取りながら去っていく。

 おれも倣って色づいた山葡萄を取り、去る背中に礼だけ投げておく。あっという間に兄さんの姿は森の木々に、落ち葉に隠されてもう見えない。


 おれ達森番のイヴィラル家は、森の恵みで生きている。


 兄さんは仕掛けた罠にかかった獲物を収穫してまた罠をかける役目を、おれは薪を拾う役目を負っている。別に決まってこの分担にしている訳ではないが、とにかく兄さんは太陽も高くない内に村まで獲物を卸し終えているようだ。


 森番の家はその森の恵みを対価に、村の営みの恵みを受け取り、領主様にも恵みを納めて保護と権利を授けられている。


 まだ熟しきってない山葡萄は少し渋みもあるが、とても甘い。


 森で生きている我が家は、割と人様の家とは様式が違う。幼い頃から森に馴れ親しむ生活を望まれていたから、食事や寝床を異にしても「森で勝手にやってるだろう」と放置されることもある。腹ごなしに山の恵みを食べ歩くから、食卓を囲んでも日ごと人ごと具合が違うのだ。

 だから普段は簡単な料理しか家で食べないし、森で済ますことの方が多い。


 しかも5個上の兄さんなんかは小洒落た生き方が気に入ってるので、村で食べてくることも多い。

 おれも馴染の家で美味い料理を食べさせてもらうことがある。


 そんな家庭事情だが、むしろ結束して家族仲だけは良い。気を遣い合うわけではないが、極論を言えば森で野垂れ死ぬ前に見つけてくれるのは家族だけなのだ。


 例えば現に、手の中の山葡萄には微量の毒がある。慣れてないと腹を崩す、軽い毒。家族がいる前でなら万が一にも安心して食べられる。

 もっとも、森番の家の人間は大抵その食糧事情から、一般的な毒の類は徐々に効かなくなってくるのだが。倒れて運ばれた数は二十を超えたあたりから数えていない。


 毒がある食べ物は大抵、普通より旨い。森を歩くのは五感に頭に体力に、何でも酷使する。特に甘みは重要な栄養だ。


「うん、うまい」


 しかし兄さんにはああ言ったものの、日頃から真面目にやってるので薪を集めるノルマはないに等しい。

 足りていないのは先で楽するための自分の目標分だ。


 酒場のミッキーはお調子者でおしゃべりだから、きっと村の皆が知っていて、騎士団を出迎えるのだろう。

 兄さんに話を聞いてしまったし、知らないと言えば嘘になる。

 出迎えのその時におれがいなかったら、後でうるさそうなのがいた。


「ちょっとだけ、見に行くか」


 気が重いが、手土産にたくさんの山葡萄を持って、森を出る。

対戦宜しくお願いします。

完結目標で週一投稿は目指します。

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