9.魔法使いは、押しに弱い
「そんな警戒しなくて大丈夫だよ? ああ、これでどうかな?」
部長と呼ばれた人物は、長い前髪を机にころがっていた、輪ゴムで結ぶと黒縁眼鏡をかけた。
シルエットに覚えがある。何処で見た? いつ遭遇した? 私の脳は加速する。
「…朝の海?」
以前、男女二人組が浜で海に話しかけてきた。あの時の高校生。
「当たり〜」
でも、力を使っていなかったはずなのに。この目の前の男は、私が魔法使いだと確信している。
「俺、色んな分野のツテがあってね。どうこうするつもりはないから安心して?」
安心なんてできるわけがない。
「部長は、空を知っているんですか? 空にはとりあえず部長に会ってもらって本格的に勧誘しようかと思って。でも知り合いならよかった! 部長は変わってる人だけど、悪い人じゃないよ」
「花ちゃん、それ本人の目の前で言っちゃ駄目でしょ」
どっちも変わってるよと思ったけど言ってはいけない場面だしなにより。
──私の方が異質だ。
この場所で。
この国で。
この世界で。
「貝が好き?」
いつの間にか目の前に来ていた部長という男は、私の顔を覗き込むと聞いてきた。
「…はい」
「海は好き?」
「はい」
「この町は好き?」
海といい花といい何で、こんなに目を合わせて話かけてくるの。
「…わかりません」
嘘が通用しない人ばかり。
「合格ね」
何が?
「苛めたわけじゃないよ? 言い方が悪かったかな」
頭をポンッと手が掠めていった。
「ウチの子に決定ね」
「部長〜。空は犬や猫じゃないんですからね!」
花が怒っているなとぼんやりしていたら
「「ようこそ! ビーチコーミング部へ!」」
いまだ名字の知らない部長と花はぴっり息のあった声で、私に入部申し込み書と鉛筆を手に握らせてきた。
* * *
「…出来た」
土台となる部分は、流木を麻紐で縛り吊るしたのは、波間柏だ。ずっと作ってみたかったモビール。
シャラン
開け放った窓からぬるい風が入り貝どうしが当たり軽い音を鳴らす。外は夕暮れだ。
モビールを作るには、思っていたより数が必要で海から貰った貝も使い仕上げた。
机の上にはもう一つ。
「渡すの面倒くさい」
随分前に作り終えた足につける紐。陶片の柄や大きさにこだわり上手くできたと自分では思う。今日は土曜日。
「…明日、行くか」
* * *
少し出るのが遅かったからか、海辺に着いた時には、海にいる海がいた。
波を待っている彼は、少し高い波が来た瞬間、ボードの上に上つ。
波を捕まえて、乗る。ボードにというより波に乗っているみたい。
この辺りは波が穏やかだから物足りないだろうなと眺めていたら海の視線が動いた。
「か…」
「やっほー」
「さくら、珍しいな」
「息抜きに来ちゃった」
二人は、楽しそうに話をしながら再び波を待ちはじめた。
「…気づかれなくてよかった」
今、私がいるのがバレたら、なんか惨めだ。
「私は、何してんだろう」
気配を消して彼等から見えない位置まで下がってから家まで走った。なまりきっているからか身体が重い。
「はぁ、はぁ」
「あら、お帰りなさい。早いわね? 空ちゃん?」
「あんまり貝なさそうだったから。今日はランチ前からお手伝い入りますね」
「え、それは助かるけど…」
一気に言って階段を上がり自室の部屋に入ると、持っていた物を机に投げた。強く握りしめていたから、ラッピングもしわくちゃだ。
「なんで、こんな苦しいんだろう?」
最近、自分の口からでるのは、何でという言葉ばっかりだ。
「もう、嫌だ」