3.魔法使いは、憂鬱
こんなに憂鬱な朝は久しぶりだ。海は青く、空は白い大きな夏雲。
拾うには適している天気なのに。
「いたいた」
明るい声に、仕方なく顔を上げた。
「これ、だろ?」
近づきたくないけどしょうがない。重い足取りで彼の元に行き、数歩の距離を残し止まった。
「はい」
彼はいとも簡単に、私の引いた線を超えた。
「大事なんだよね? 拾ってよかったよ」
私の右手を掴むと広げ、その上にチャームを置いた。
「…怖くないの?」
「は? 何で?」
置いたサーフボードを再び拾うと不思議そうな顔をしていた。
「だって、普通、怖いとか気持ち悪いとか」
「んーないね。興味はあるけど」
──気持ち悪くない? 怖くない?
「すぐいてくれてよかったよ。持って海は入れないしさ。アンタ、海、好きなの? いやアンタは不味いか」
思考が定まらない私に立て続けに言葉が降ってくる。
「俺、かい。海っていう字、アンタは?」
「…空」
「空?空と海って、なんか面白いな」
日に焼けた彼は、夏の空に似合うような顔で笑った。
* * *
「はよっ」
「…オハヨウゴザイマス」
「相変わらずかったいね」
うるさい。
慣れないんだよ。
「さて、いいの来るかなぁ」
人の気も知らないで海は、挨拶も早々に海へと入っていく。
「……変な人」
彼は、この浜に二日に1度くらいのペースで来ていた。魔法を見られてから約一週間が経過したけど拍子抜けするほど変化がない。いや、あるといえば、あるのかな。
「私も拾おう」
陽射しが強くなる前に撤収するのがマイルールだ。暑いのが苦手なのと人に遭遇したくないからだ。
「うまっ」
波にのり満足した海と同じく拾い疲れた私は、持参した朝食を食べている。というか、五月さんに毎回作ってもらうのもなと最近は自分で作っているんだけど。
「それ、中身何?」
「え、鮭だけど」
「おおっ、いいね〜」
何故か彼の分まで作るはめになっていた。何でこうなったんだっけ? ああ、物欲しそうにサンドイッチをみられて分けてあげた時からだった気がする。
「いやー本日もご馳走様でした!」
まだおにぎりの一個目を食べている私の横では、おにぎり3個とウインナー、卵焼きまで平らげた人が満足そうにお茶をすする。お茶も、私のなんだけど…。
「どうでもいいんですけど、目のやり場に困るんですが」
「ああ、コレ? だって気持ち悪いんだよ。このほうが楽だし」
海から出た彼はは、いつもウエットスースの上半身だけを脱いだ状態なのだ。なんでそんな中途半端なんだろう。
「イヤらしい〜」
「なっ!」
感じ悪っ!
「うそうそ冗談だって。空は何ひろった? つうか、いつもどんなの拾ってんの?」
海は、私の扱いがうますぎる。切り替えの早い彼に敵いそうにないな。
「これ。ナミマガシワと石英かな。あと少しだけ流木も」
「触っていい?」
「うん」
彼はまずナミマガシワを慎重に摘み眺め始めた。
「なんかうっすい。しかし派手だな」
「そうだね。穴を空けてモビールにしたいなって考えてる」
「ふーん」
赤や黄色などカラフルだから楽しい。海は、暫く裏返したりして観察したら、今度は石英を見ている。
「石英って言うんだっけ。これ、拾ってどうすんの?」
また答えづらい事を。
「まだ、決めてない。でも、ほら、日にあてるときれいでしょ?」
石英は、白い縞模様ができる。光にあてると透明な部分と縞の白くなっているのがとても綺麗で。この良さを伝えたくて。
「へぇ、透けてる。面白いな」
「でしょ。削れかたなのか模様みたくなっ…」
手と手が触れ合うだけじゃなくて、互いの顔まで近くて…思わずパッと手を離してしまったら。
「おっ、ほら」
海が砂の上に落ちる寸前、石を掴んでくれて私の手のひらに置いた。
「…ありがと」
なんか、いたたまれない空気になってる? どうしよう。
「わ、私、そろそろ帰ろ…」
「あ、かいー!」
突然、女の子の声がした。見れば少し離れた岩の上に二人の男女が見えて。
「あれ? 隣はどちら様ー?」
いっきに帰りたくなった。