2-3 目的
「ぃよっし!」
ノーシュは声を上げて立ち上がった。
朝である。遺跡の中では太陽の位置が分からないが、感覚としては朝のはずだ。
何だか気分が良い。遺跡を進むのを渋っていたのが嘘のようだ。足取りも軽く、冴えている。
落とし穴から出て、遺跡の最奥に達するまで、全く罠にかからなかった。事前に気付いて解除できたのだ。
「やっぱ気分は大事だな」
分霊を前にして、呑気にそんなことを言う。
どうやら分霊の姿は、どの遺跡でも同じらしい。目の前の分霊は、邪神討伐隊の皆と戦った分霊と全く同じ姿をしている。
『ご主人、大丈夫かい? 前は苦戦していただろう?』
この場所は前の遺跡より邪神に近い。つまりこの分霊は、前に戦ったものより強いはずだ。
だが、ノーシュは余裕の笑みを浮かべる。
「大丈夫に決まってるだろ。洞窟で話したことをもう忘れたのか?」
言うや否や、両手に小斧を出す。そして、分霊に向かってぶん投げた。
分霊は対処しようと触手を伸ばす。その時には既に、ノーシュは分霊の背後に回っていた。
右手に槍、左手に剣。体を回転させ、勢いのままに斬りつける。
分霊が攻撃する隙を与えず、使った武器はすぐ捨てて、新たな武器で攻撃を加え続けた。
猛攻の果て、分霊が消滅。
「はい終わりー!」
得意気に言って、ノーシュは奥へ駆ける。
あまりにあっさり勝ったので、スーロはぽかんとした。
『……え、こんなの有りなのかい?』
「こんなのって?」
『いや何、思ったよりご主人が強かったんで、驚いたのさ』
「……よく分かった。オレの言ったこと、全然信じてくれてなかったんだな」
言いながら、ノーシュは石板に触れた。今回はぶつからなかった。
石板に表示された文字は、「1名に付与済:高跳躍」というものだ。
『どんな力だい?』
「高く跳べるらしい。ほら」
ノーシュはその場で跳んで見せる。考え無しに、高く跳ぼうとした。
その結果、身長の倍はある高さの天井に頭を勢いよくぶつけ、気絶してしまった。
『本当に、ご主人は馬鹿だねぇ』
目を覚ましたノーシュの耳に、呆れたような声が届いた。
「スーロがそそのかしたせいだろ……」
『外に出てから跳べば良かっただけじゃないか』
「うー……」
まだ頭が痛い。ノーシュは呻きながら立ち上がり、遺跡を出るべく歩いた。
『あんなぶつけ方をして、よく無事でいられるもんだ』
「あの程度が無事で済まないようなヤワな奴、邪神討伐隊に選ばれる訳が無いだろ」
『それもそうだね』
外に出ると、太陽の光が目を刺した。真昼の明るさが、遺跡の薄暗さに慣れた目に容赦なく入ったのだ。
「……しばらく目を閉じて歩こうかな」
『好きにすればいいさ』
何故かスーロは拗ねたような声を出した。ノーシュは怪訝そうな顔で剣を見る。
「どした、スーロ」
『別に。ご主人が馬鹿なことばかり言うから、呆れ果てただけ』
「ふうん?」
そんな話をしているうちに、明るさに目が慣れた。
川を渡り、草原を突っ切り、森へ入った頃に日が暮れた。
ノーシュは木の枝とたいまつで焚火を作り、森の中にいた小動物を狩って肉を焼く。
揺れる炎を見つめていると、邪神討伐隊の皆で過ごした夜を思い出した。
◇
邪神討伐隊結成初日。
遺跡に向かう6人は、草原で夜を越すことになった。
皆で焚火を囲み、干し肉を食べながら喋る。話題は自然と「邪神討伐隊に入った理由」になった。
断る権利もあったのに、戦いに行く理由。最初に話し出したのはアレアだ。
「うちは農家でね。不作で困ってる人の気持ちはよく分かるんだ。だから、邪神を倒したい。折角選ばれたんだから、他の誰かに任せるよりも、自分で倒したいのさ」
「へー、立派だな。おいらは報奨金目当てだ」
ジャンは楽しそうに話す。
「邪神を倒したら多額の報奨金が貰えるだろ? それを元手に一旗あげるんだ。神の加護ってのも役立つんじゃないかって期待してる」
それを聞いたフィリーが、
「私も」
と声を上げた。
「私も、報奨金が目当てよ。親友がお金に困ってるの。力になってあげたくて」
そこで会話が途切れる。ジャンが
「隊長はどうなんだ?」
と話を振った。隊長は目を瞬かせる。
「俺か……俺はただ、邪神を放っておく訳にはいかないと思ってな。アレアと似たようなものだと思う。恋人には止められたのだが……」
「恋人⁉」
驚きの声を上げたのは、ノーシュとジャンだ。フィリーも目を丸くし、アレアは呆気にとられている。
「恋人いるんだ⁉」
「おいおい、マジかよ」
「駄目じゃない、彼女に止められたなら尚更」
「こういうのは独り身が行くものさ」
4人の反応を受け、隊長は困惑した。
「大げさではないか。邪神討伐を終えたら結婚する予定なのだから、浮気などしようとは思っていない」
的外れな言葉に、フィリーとジャンが
「その心配じゃないわ!」
「やべー。こういう戦いは恋人いる奴や家庭を持ってる奴から死ぬものだって聞いたことあるぞ。頑張って隊長を守らねーと」
と口々に言った。隊長は心外そうに口を開く。
「俺を守る必要は無い。腕には自信があるし、覚悟の上だ」
「そういう話じゃねーっての」
ジャンは呆れたように笑った後、ノーシュに目を向けた。
「お前は?」
「ん?」
「邪神討伐隊に入った理由。ずっとその話だったろ」
「あー……」
ノーシュは返事に困ってしまった。
報奨金目当てではない。貴族の屋敷の護衛任務を受けてたんまり稼いだので、お金には困っていないのだ。一旗あげようという夢も無いし、得た力でどうこうなどと考えたことも無かった。世のため人のために邪神を倒そうと思うほど志が高い訳でもない。
「何となく?」
そう答えるしかなかった。アレアが怪訝そうな顔をする。
「何となくで命を懸けるのかい?」
「まあ、そういうことになる」
正確には、「選ばれたから」だ。選ばれたからには、邪神を倒しに行こう……その時はそう思い、「参加する」と答えた、はずだ。
どうして邪神討伐隊に入ったのか、ノーシュ自身にもよく分からなくなっていた。
◇
(皆には邪神を倒す目的があったのに、オレには無かった。あの時は、何も)
今は違う。
今はある。
復讐。抜け駆けして、皆に「ざまぁみろ」と言う。それが目的だ。
翌朝。
ノーシュは目を閉じたまま気配を探った。起きたら人に囲まれていたのである。
木にもたれて眠っていたため、起き上がる必要は無い。
気配はだんだん距離を詰めてくる。盗賊だろう。8人。
ダガーナイフを8本同時に出して、全員の足元に投げた。盗賊たちは驚いたように後ずさる。
ノーシュはゆっくり目を開けて、
「オレは邪神討伐隊の一員だ! それでもかかってくるなら殺す!」
と言い放った。
「えっ⁉」
「そ、そうとは知らず! すんませんっした!」
「勘弁を!」
盗賊たちは口々に言いながら逃げていく。
中には納得していない者や疑っている者もいたが、「アホ! あんな訳分からん能力、神の加護に決まっとろうが!」というリーダー格の男の一喝が響いた。これには納得せざるを得なかったようで、結局全員逃げた。
ノーシュは呆れたような目でそれを見送り、立ち上がった。
次の遺跡に向かうために。




