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5-7 広間(奥側)

 悪魔から、膨大な力が迸った。

 その場に立つ人間を丸ごと飲み込まんとする、でたらめな黒雷の奔流。避ける場所も無く、弾きようもない。

 ここに〈悪魔狩り〉がいなければ、一瞬で全滅していただろう。

「——集めろ、神槍!」

 声に呼応し輝く槍が、のたうつ黒雷を吸い込んだ。

 危険な技だ。少しでも手元が狂えば、集めた悪魔の力が全て自分に降りかかり、命を落とすは必至である。しかしジャンは、寸分の狂いもなく型通りに神槍を操り、危なげなく集めた黒雷を散らしていく。

 使い手に技術と度胸があってこそ、神槍は真価を発揮するのだ。

 こうなることを、悪魔は分かっていたのだろう。黒雷を、身の丈ほどの棒と成し、隙だらけのジャンに向かって跳んだ。

「させるか!」

 ヴァヘルが割り込み雷棒を受ける。悪魔は苦笑しながら棒を回した。

「ボクが解放してやった力に止められることになるとはね。ただの大剣なら、さっきので真っ二つになってだろうに」

「く……」

 縦横無尽に繰り出される雷棒を、ヴァヘルは受けるので精一杯だった。押されていく。このままでは、神槍の間合いに入ってしまう。

 その時、悪魔の後ろから矢が飛んできた。ノーシュが射った矢が。

 悪魔は矢を手で弾こうとして——手に刺さった。

「あれ?」

 不思議そうに矢を眺め、合点がいったように溜息を吐く。

「そういえば、そういう加護だったね。〝悪魔に効く矢〟でも生み出したかな」

 呑気に呟きながらも、雷棒は止まらない。元が武神と言うだけあって、雷撃に頼らずとも強い。

 そんな悪魔は、棒を操る手を止めずに考える。今のまま雷撃を浴びせても神槍に妨害されるから、〈悪魔狩り〉を優先して倒そうとしていたが、一番厄介なのは神の加護で生み出された武器かもしれない。なら、最優先は——

「傭兵くん、かな」

 思考の最後を声に出し、トッと下がって棒を振るった。視線はヴァヘルに向けたまま。

「っ⁉」

 再び矢を番え悪魔を狙っていたノーシュは、突然迫った雷棒に目を見開いた。咄嗟に弓で棒を受けるが、容易く砕かれてしまう。

「ノーシュ!」

 ヴァヘルが叫びながら悪魔へ斬りかかった。悪魔は笑みを浮かべながら棒で刃をいなし、ついでのようにノーシュへ蹴りを見舞う。

「ぐっ……」

 ノーシュは大きく吹き飛ばされて、広間の壁にぶつかった。悪魔は目を細め、呟く。

「自分で跳んだか。やるね」

 まともに食らえば内臓が破裂するような蹴りだったが、あれではほとんど衝撃を受けていないだろう。とはいえ、すぐには立ち上がれまい。

 悪魔はそう考えながら、くるりと棒を回した。迫っていた魔大剣が弾かれる。

「胴ががら空きだよ」

 しまった、とヴァヘルが思うよりも早く、悪魔が棒を突き出してきた。躱せない。

「がら空きはテメーだ!」

 後ろからの声に、悪魔は棒の動きを止めた。

「ちっ」

 転がって躱す。集めた力を散らしきった神槍が背へ奔ろうとしていたのだ。あのまま攻撃を続けていれば、神槍に喰われていただろう。

 ジャンがわざわざ声を上げたのは、ヴァヘルを守るために違いなかった。

「〈悪魔狩り〉がそんなことしてて良いの?」

 雷棒を突き上げる。神槍とぶつかり合って、動きが止まる。

 黒雷が弾けた。神槍が止められている今、人間たちが雷撃から逃れる術は無い。

 その、はずだった。

「……⁉」

 風が唸って黒雷を消していく。ごう、ごう、と音を立て、黒雷だけを喰っていく。

「妖精か」

「そうだよ」スーロは得意気に緑色の光をまき散らす。「僕は、壊すのが得意なんだ。でね、『なら、雷撃も壊せるんじゃないか』ってご主人が言うんだよ。馬鹿みたいでしょ。でも出来ちゃったんだなぁ、これが」

「そう来たか。でも、それが限界だよね? さっさと天界に戻ってしまえ」

 気に留める必要も無いと思っていた妖精に、予想外の妨害を受けた。その事実が、悪魔を不機嫌にする。雷撃の威力がいや増して、魔法で壊しきれなくなっていく。

「~~~っ!」

 必死に耐えるスーロ。その背にノーシュが声をかける。

「充分だ! 天界で力を回復してこい!」

「分かった!」

 ぱっと魔法がかき消えた。その時にはもう、ジャンが悪魔から距離を取って神槍を操っている。

 魔大剣と長剣の挟撃が悪魔を襲った。

 悪魔は両方同時に棒で受け止め、ニィと口の端を吊り上げる。

 小さな黒雷の玉が出現。それは神槍に吸い込まれずに、ノーシュへ向かって飛んだ。

「うわっ」

 間一髪、ノーシュは剣から手を離して跳び退る。

 その様子を見たジャンは烈しい声で問う。

「何しやがった⁉」

「ボクは元雷神だよ? 小規模の雷なら、神槍に集まっていかないよう調整できる。こんな風に、ね!」

 再び雷撃がノーシュへ向かう。掠っただけでも死ぬようなそれを、ノーシュは避けも弾きもせずに、腕に受けながら悪魔へ斬りかかった。

「何⁉」

 さすがに予想外だったのか、悪魔は斬撃を食らう。だが浅い。

 ノーシュは、腰に佩いていた剣を抜いた。

「対策してないとでも?」

 その剣は、リュドに渡したものと同じ。雷に対抗する力を持つ、魔法陣が刻まれた剣。おかげで先ほど受けた雷撃には、矢が軽く刺さった程度の傷しかつけられていない。

「舐めるなよ、人間が!」

 雷棒と剣が激しくぶつかる。雷を斬り得るはずの剣はしかし、きっちり雷棒に受け止められてしまっていた。

 ノーシュは後ろに跳びながら剣を鞘に戻す。唸る雷棒が前髪を掠めた。

 悪魔は最小限の動きで、後ろから迫る魔大剣を受け流し、ノーシュの動きも牽制する。先ほど受けた傷は浅かったとはいえ、力が削がれて動きづらくなった。〝悪魔の力を削ぐ剣〟だったのだろう。

「さて、どう攻めようかな?」

 この期に及んで悪魔はまだ余裕ある笑みを浮かべている。

 ジャンは悪魔と距離を詰められずにいた。悪魔の瞳が、「〈悪魔狩り〉に隙ができれば即座に雷撃で押し切る」という意思を湛えてギラギラと光っている。今下手に前へ出れば、全滅する。

 逆にノーシュは悪魔と距離を取れずにいた。後ろに跳べば追いすがられ、上に跳んでもついてくる。

 ヴァヘルはノーシュと挟撃するように悪魔に斬りかかり続けているが、全て雷棒で受け流されてしまう。振り向きもせず容易にそれをやってのける悪魔の動きは、後ろに目が付いているのかと思うほど鮮やかだった。ならヴァヘルの攻撃は無意味かというと、違う。この掩護があるからこそ、ノーシュは悪魔からの攻撃を凌ぎ続けられていた。

 拮抗している。だがそれは、いつまでも続くものではない。

 何十回目かの雷棒の攻撃をノーシュが剣で受けた時。

「っ……」

 ガクンと膝が落ちた。

 悪魔は、これを待っていたとばかりに雷棒を突き立てる。ノーシュはかろうじで転がって躱し、槍を生み出し構えて立った。

「あれ、まだ立てるんだ。限界来たかと思ったんだけど」

 悪魔は首を傾げつつそう言って、再びノーシュへ雷棒を繰り出す。

 ノーシュは完全に息が上がっていた。跳ぶこともままならず、ひたすら槍で棒を受けるしかない。

 悪魔は、お預けを食らったかのような苛立ちを覚え、ノーシュへの攻撃に意識を傾けすぎてしまった。そこへ、横から神槍が喰らいつく。

「このっ……」

 慌てて雷撃を放とうとする悪魔だったが、ジャンが即座に距離を取ったのを見て断念。代わりのように雷棒を突き出した。

 ノーシュが左手で持つ槍が、回る。受けた棒を絡め取るように。後ろに跳ぶ素振りを見せたが、一転、前に踏み込んだ。右手に短剣が出現。

「っ⁉」

 悪魔の動きが一瞬止まる。ずっと距離を取ろうとしていたノーシュが何の前触れもなく踏み込んできたのだ、さすがに反応しきれない。

 刹那の隙を突く一閃が、悪魔の胸を斬り裂いた。

「……え、ナニコレ?」

 悪魔は呆然と自分の胸元を見る。力が——悪魔として存在するために必要な力が、溶けだしていく傷口を。

「ありえない……ボクが負けるなんて、ありえない!」

 黒雷が荒れ狂う。全て神槍に吸収されていく。それに伴うように、悪魔の姿が薄くなっていく。

 そして——バチバチと雷をまき散らしながら、消えた。

 悪魔の消滅に伴い、神槍に集まった黒雷も霧散した。ジャンは大きく息を吐く。

「やった、な……」

「ああ……」

 ヴァヘルは疲労を帯びた声で答えた。

 そして2人は、最大の功労者たるノーシュへ視線を向ける。

 ノーシュは、笑みを浮かべて頷いて。ランプの油が切れたように、ふっと意識を失い倒れた。

 ヴァヘルは慌てて受け止め、ジャンは目を見開いて駆け寄る。

「ノーシュ! おい、ノーシュ!」

 動揺しきったジャンの声が、広間に虚しく響いていく。


「落ち着きな。気を失ってるだけさ」


 広間の扉を開けたアレアが、どこか柔らかな声で言った。

 それを聞いたジャンとヴァヘルは深々と安堵の息を吐き、ノーシュを床に横たえる。

 アレアの後ろでは、フィリーが不思議そうな顔をしていた。

「……この距離で分かるの?」

「ああ、ちょっとした特技でね。視界に入るだけで何となく安否が分かるんだ。外したことは無いよ」

「それ多分、占いの力ね」

「言われてみれば」

 和やかに笑い合いながら、フィリーとアレアは広間の奥へ進む。その後ろをレイスが静かに歩いていた。

 彼女たちはきっちり雷翼会のメンバーを始末してここに来た。それが叶ったのは、雷翼会のメンバーが悪魔の消滅に動揺し、黒雷が乱れたからだ。

「そっちも無事みてーだな」

 ジャンが朗らかに言いながら、少し歩を進める。その足取りはふらふらで、3歩にも満たず転びかけた。

「っと、大丈夫かい?」

 アレアが支えると、ジャンは渋面を浮かべた。

「……なんか視界がぐらぐらする……」

「ちょっと休んでから移動しようか」

 苦笑しながらアレアが言うと、ジャンだけでなくヴァヘルも大きく頷いたのだった。




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