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5-6 広間(廊下側)

 二振りの短剣が、弧を描いて閃いた。

 それを受けるは魔大剣。〝攻撃を受ける〟だけでも相手に裂傷を負わせる、卑劣な力を持つ武器だ。

 しかし——双剣が魔大剣に受けられることはなかった。フィリーは咄嗟に身を捻り、青年の後ろに回り込んだのだ。

 銀色の髪がひと房舞う。

「ちっ、ちょこまかと」

 青年は魔大剣を下段に構え、フィリーを見据えた。

 双剣が躍る。応じるように魔大剣が跳ね上がる。青年の胴に隙ができた。

 わざと作った隙だ。これから繰り出すのは必殺の返し技。次に双剣が閃く時が、彼女の最期だ。さあ来い、すぐ来い、斬りに来い!

 そんな青年の思いとは裏腹に、フィリーは後ろに跳んだ。機を伺うように青年を見つめたまま、じっとしている。

 沈黙。静寂。騒がしい広間の中にあって、この2人のいる場所だけが切り取られたようだった。

 その張り詰めた空気を破るように、フィリーが口を開く。

「返し技」

「っ⁉」

「さっきの構えは、返し技を使うつもりだったでしょ。初見殺しだとは思うけど、私には通じない」

「何故知っている⁉ 弟にでも習ったか⁉」

「違うわ。副村長に、よ」

「父上に……?」

 青年は胡乱げに尋ねた。接点が分からなかったからだ。

 フィリーは、答えるつもりは無いとばかりに床を蹴る。一瞬で青年の横に回り、短剣を振り抜いた。

 青年は咄嗟に避け、歯噛みする。

「父上が、お前に技を教えたと? どんな手を使って取り入ったのか、是非とも教えてほしいものだな」

「鍛練に付き合ってもらっただけよ。想定済みって言ったでしょ」

「……俺と戦うことになると、とっくに予見していたというのか」

 不利だ。真っ当に戦えば負ける。やはり、魔大剣ならではの力と黒雷を使うべきだろう。

 そう判断した青年は、上段から斬りかかってきたフィリーに雷撃を浴びせた。

「くっ」

 フィリーは床を転がり、すぐに立ち上がる。唸り来る魔大剣を後ろに跳んで躱し、瞬時に屈んで距離を詰めた。

 青年の脚から鮮血が飛び散る。

「この……!」

 苛立つ。どうしようもなく感情が荒ぶる。この体の持ち主は、随分と直情的な性格だったらしい。融合した結果、意識の主導権は得たものの、こうした変化に悩まされることが多くなっていた。

 荒ぶる心の赴くままに、青年は思いを叫ぶ。

「少しの間父上と鍛練したくらいで、ここまで技を見切れるものか! お前は何だ、何者だ⁉」

「フィリー。元邪神討伐隊の一員よ」

 刃が交わる。擦れはすれど、まともには当たらない。フィリーの巧みな体裁きは、見事に青年を翻弄していた。

「答えになってない!」

「それより、私からも質問させて。あなた、どうして隊長を……あなたの弟を裏切ったの?」

「裏切った? 違うな。弟が俺のことを何も分かっていなかっただけだ」

「それでも隊長は、」

 言い募ろうとするフィリー。それを遮るように、黒雷が弾ける。

「俺は弟が思うほど、清廉潔白でもなければ尊敬に値する人間でもない! それなのにあいつはいつも俺に絶対的な信頼を寄せ、期待と敬意をめいっぱい込めたような目で見てきた!」感情を叩きつけるように振るわれた魔大剣は、床をひび割れさせた。「それがどれだけ居心地が悪かったことか! お前に分かるか⁉」

 荒れて大振りになった青年の攻撃を、フィリーはふわりと避けていく。

「分からないわよ。あなたがそう見えるように振る舞ってたからじゃないの? 嫌ならカッコつけずに情けないところ見せてれば良かったのよ。私の兄のように!」

 攻撃を横に後ろに躱し続けていたフィリーが、一転、前に出た。

 不意をつかれた青年の動きが一瞬止まる。その首筋に双剣が迫り——

「っ!」

 刃は空を切った。青年が後ろに跳んで双剣から逃れたのだ。それを可能にしたのは、フィリーの動きの遅れだった。

 青年は歪に笑う。

「くくっ、そうか、お前……人を殺すのに慣れてないな」

「いけると思ったんだけど。意外と難しいのね」

「まさか、慣れるどころか初めてか。よくもまあ、そんな有様で俺に挑んだものだ」

「……」

 フィリーは静かに青年を見据えた。

 そう。元邪神討伐隊の中で、フィリーだけが人を殺したことが無い。ノーシュやレイスは言わずもがな、アレアもジャンもヴァヘルも村を守るために盗賊などを殺している。だがフィリーには、そんな機会が無かった。

「次は仕留める」

「次など無い」

 心の鎮まりを感じながら、青年は笑った。先ほどまでは感情に振り回されていたが、ようやく本領を発揮できそうだ。厄介な生者と融合してしまったと苦々しく思っていたが、思いを吐き出すだけ吐き出せば落ち着くのなら悪くない。

「さっさとお前を始末して、部下を手伝いに行くとしよう」

「行かせない」

 フィリーは毅然と告げた。

 最低でも隊長の兄を引き付けておくのが自分の役目だ。出来れば倒したかったが、出来ないなら仕方がない。

 そう割り切っているからこそ、フィリーには隙が無かった。


 広間の隅をちらりと見て、アレアは呟く。

「早くフィリーに加勢したいところだね」

「そうですね」

 レイスは鞭を振るいながら同意した。その攻撃は黒雷の壁に押し返される。

 最初の頃こそ一方的に雷翼会のメンバーを蹂躙していたアレアとレイスだが、残り10人となったところで勢いが落ちていた。残った雷翼会のメンバーが、他と違って黒雷を巧く使いこなしていたのだ。

 10人でアレアとレイスを取り囲み、黒雷の壁で防御。そこから雷弾を撃って牽制。あわよくば当たって死んでくれないかな、という魂胆が見え隠れしているその雷弾は、炎を纏ったアレアの斧で容易く打ち砕かれ続けていた。

 膠着状態だった。

 レイスは鞭を握りしめ、唇を噛む。今の状況は、彼女にとって不利だった。気配を消して戦うことに長けた暗殺術を使いようが無いからだ。囲んでいる誰かが飛び込んできてくれればまだ良いが、10人ともその場から全く動かない。

「レイス」アレアが小声で話しかける。「その鞭、ランプに届かないかい?」

 その言葉に、レイスはハッと顔を上げた。俯きがちだったから見えていなかったが、天井付近に壁から突き出たランプがある。鞭が届くなら絡めてぶら下がれそうな作りだ。

「……届くかもしれません。いえ、届かせます」

 アレアにだけ聞こえる声で告げ、レイスは鞭の柄を振りかざした。

 しゅるっと鞭が上に伸び、ランプへ向かって更に伸びる。信じられない長さに、雷翼会のメンバーは虚を突かれたような顔をしていたが、鞭がランプに届いた時には我に返ったように雷弾を鞭へ放ち始めた。

「させないよ!」

 斧を振り下ろし、横に薙ぎ、片っ端から雷弾を消していく。そんなアレアの働きによって、レイスは鞭をランプに巻き付けることに成功した。

「行ってきます」

 小声で言って、レイスは鞭を縮めていく。両手で柄を握りしめ、ランプの方へと引き寄せられていく。

 雷翼会のメンバーの囲みを抜けた辺りでランプから鞭を外し、ストッと着地した。雷翼会のメンバーたちとはかなりの距離が開いてしまった。

 即座に視線を巡らせて、近い距離に銀髪の青年を認めた。彼はフィリーを捉えるべく集中しており、こちらの様子にまったく気付いていない。

 そう判断したレイスは、音も殺気も無く、黒雷を帯びた鞭を走らせた。青年の首に後ろから絡みついて、一瞬で絞め殺す。

 突然の出来事にフィリーは動きを止め、目を瞬かせた。しかしすぐに状況を察し、微笑む。

「助かったわ。あとは……」

 フィリーとレイスの視線の先では、雷翼会のメンバーが散開しようとしていた。壁にしていた黒雷で体を覆おうとして——

「隙あり!」

 一人が、薄くなった黒雷ごと炎の打擲に砕かれた。隙があったのはその一人だけで、他の9人はまんべんなく分厚い黒雷を体に巻き付けている。防御に徹した彼らは散開し、うち一人は奥への扉の前に陣取った。

「これじゃ加勢に行けないね」

 アレアは嘆息しつつ呟き、フィリーとレイスのもとへと歩く。

 フィリーは困った顔をした。

「そうね。ああも分厚いと、この双剣でも斬れない」

 彼らは大方、悪魔が更なる力を与えてくれるのを待っているのだろう。時間稼ぎに乗せられるのは癪だが、彼らは黒雷の扱いに長けた手練れだ。焦れて隙を見せれば黒雷の餌食にされる。

 先に動いた方が負ける——この広間にいる全員が、そう思って攻撃できずにいた。





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