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5-1 妖精の底力

『ご主人! ご主人!』

 スーロは剣の中から何度も呼びかけた。しかしノーシュは目覚めない。

『生きてるよね⁉ あの程度じゃ死なないよね⁉』

 ほんの少し遅かったのだ。どうにかこうにか〈瞬間移動できる竜巻〉を発生させることに成功して、その魔法をノーシュの所へ持って行った時、あの黒雷が彼に当たった。成功するのがあと一瞬でも早ければ、ノーシュは無傷で逃げおおせていたはずなのだ。

 今スーロは、力の使い過ぎで地上にとどまれない状態だ。剣から出れば天界へ直行である。だから、ノーシュに触れることも出来ない。

『起きてよ、ご主人!』

『騒がしいにゃ、同族よ』

 声に驚きそちらを見れば、猫がいる。よく手入れされた焦げ茶色の毛が風になびき、長い尻尾がふわりと揺れた。

 その猫は、とてとてとノーシュの傍へ寄り、髭をぴくつかせる。

『まだ生きてはいるにゃ。心臓止まってるけど』

 可愛らしい声でそう言う猫に、スーロは懇願する。

『ご主人を助けて! 僕にはどうにも出来ないんだ! 頼むよ』

『ふむ……まあ、吾輩ならある程度まで回復させられるにゃ。意識が戻るかは保証できないけど』

『それでも良いから! いや、良くはないけど! お願い!』

『分かったから騒がしくするな、にゃ』

 猫が金色に光った。その光の欠片がノーシュへ吸い込まれていく。

『……外傷はほとんど無いのに内臓がズタズタにゃ。どんな攻撃を食らえばこんなことになるのにゃ』

 呆れたように呟く猫に、スーロは苦い声音で答える。

『悪魔にやられたんだ。といっても、ほんのちょっと掠っただけだよ』

『それは、むしろこの程度で済んで凄いにゃ』

『……それより君、何でわざわざそんな語尾にしてるんだい?』

『色んな動物を体として使うからにゃ。今は何の動物か忘れないようにするため、語尾を変えてるのにゃ』

『動物を体として使うことなんて、出来たっけ?』

『吾輩の力をもってすれば、可能なのにゃ。もちろん生きてる動物を使うのは無理だけど、死体を上手く修復すればこの通り』

『えっ、それ死体なの』

『そうにゃ。分からないだろう?』

『うん……凄いや、改めて見ても生きてるようにしか見えないよ』

『喋りさえしなければ、妖精だとバレることもない。下界で過ごすには便利なのにゃ』

『ところで、ここはどこだい?』

 その質問に、猫は嘆息した。

『分からずに転移してきたのか。お前さんの来た方向から察するに、異国の森といったところにゃ』

『異国、かぁ……何でそうなっちまったんだろう……』

『お前さんの、ご主人を助けたいという思いが、お前さんたちを吾輩のもとへ導いたのだろうにゃ』

『君のことなんて知らなかったのに?』

『自覚が無いだけにゃ。お前さんは自らの力でもって、この広い下界の中から吾輩を探し当てたのよ』

『力……そうだ、天界で力を回復しないと、ご主人を武器屋に連れて帰れないや』

『この人間は看ていてやるから、早う回復してこい』

『分かったよ』

 スーロは剣から出た。緑の光が一瞬で天へ昇っていく。

 それを見届けた猫は、溜息を吐いた。

『安心しきりおって……かなり厳しい状態なんだけどにゃ……』

 呟きながら尻尾を揺らす。

『期待に応えぬ訳にはいくまいにゃ』

 改めて、力を使う。金色の光が舞い踊り、辺りを包み込んだ。





 2日後、スーロは天界から戻って来た。

「ご主人!」

 その声に、ノーシュの瞼がぴくりと動く。

「……ん……」

「ご主人、起きて!」

『無理に起こさなくても良かろう』

 猫が苦笑気味に言った時、ノーシュはゆるりと目を開けた。ぼんやりと辺りを見回し、深々と息を吐く。それから身を起こそうとする彼に、猫は待ったをかけた。

『まだ安静にしていろ。完全に治してやりたかったが、吾輩の力が限界にゃ』

「……そうか、君が助けてくれたのか。ありがとう」

 ノーシュは素直にそう言ってから、視線をスーロに向ける。

「で、ここどこ?」

「異国だってさ」

 隣町だと言うくらいの軽さで答えが返ってきた。ノーシュは呻くように尋ねる。

「帰れるのか……?」

「もちろん」

 スーロは即座に〈瞬間移動できる竜巻〉を発生させた。一度コツを掴めばどうということはない、簡単なものだ。

「武器屋だよね?」

「……いや、一旦借家に。そこから歩いて武器屋に行く」

『安静にしていろと言ったばかりだにゃ』

 呆れと心配が混ざりあったような声に、ノーシュは苦笑した。

「そうだったな。まあ、後のことは後で考えるから、とりあえず借家のベッドの上に転移させて」

「まったく、ご主人は妖精使いが荒いなぁ」

「お前が自主的に力使ってるんだろ」

「そんなこと言ってると何もしてあげないよ?」

「はいはい」

 言い合っている間にも、〈瞬間移動できる竜巻〉はゆっくりとノーシュへ向けて動いている。猫はふわりと尻尾を揺らし、スーロへ別れを告げた。

『幼き同族よ、達者でにゃ』

「うん、ありがとね」

 その言葉が終わった直後、ノーシュとスーロは王都の借家に転移した。

「さて」

 ノーシュはゆるりと起き上がる。胸が軋むように痛み冷や汗が噴き出たが、これくらいなら死なないことを経験上知っていた。だから、何ともないように歩き出す。

『無理して歩かなくたって、連れて行ってあげるのに』

 いつの間にか剣に入っていたスーロが、不思議そうな声を上げた。ノーシュは借家を出ながら話す。

「今どのくらい動けるか、確認しておいた方が良いだろ」

『何で?』

「何でって……そうしないと落ち着かないから?」

『ご主人が疑問形でどうするのさ』

「あー……ヤバいかも。武器屋までもつかな……」

 ノーシュは息を切らせながら呟いた。



 結果として、武器屋には無事着いた。

 店に入るなりふらりと倒れかかるノーシュを、アレアとリュドが慌てて支える。

「ちょっ、大丈夫かい⁉」

「ノーシュ、何があったんだ⁉」

 2人の声を、ノーシュは朦朧としながら認識し、息をするのに忙しい口からどうにか声を捻り出す。

「大丈夫……旅人は倒せてないけど……って、伝えに、寄ったんだ……。今から、隊長の家に、行ってくる……って訳で、スーロ、転移頼む……」

 彼の体から力が抜け、アレアとリュドへ重みがのしかかった。2人は困惑したように顔を見合わせる。

「何が何だかって感じだね」

「……何はともあれ生きていて良かった」

 そこへスーロが声をかけた。

「ご主人から離れて」

「うん? ああ、転移に巻き込んじまうからかい」

 アレアは呟きながら、ノーシュを床に横たえて一歩下がった。リュドも同様に下がる。

 それを確認したスーロは〈瞬間移動できる竜巻〉を発生させた。

 バシュン、と武器屋からノーシュとスーロが消える。

「……リュド、あんたはどうするんだい」

「そうだな……」

 リュドは思案した。遺跡管理統括官は殺し屋レイスが始末してくれたらしいが、あのローブの男——以前は旅人と名乗っていたが、地下での口ぶりから察するに人間ではないだろう——に姿を見られたからには、雷翼会の敵と認識された可能性があり危険だ。とはいえ、機関の建物には行きたい。上層部の人員を数多く欠いた機関は混乱し、貴族たるリュドの手を借りたいと言ってきているからだ。

「ノーシュに頼る訳にはいかないし……レイスが護衛してくれれば良かったんだが……」

 因みにレイスは今、この武器屋の2階に身を隠している。勝手な行動をしたので家に帰りとみないらしい。護衛を頼んではみたのだが、「わたしは殺し屋であって、傭兵ではないので……護衛は専門外です……」と断られてしまった。

「……もうしばらくここにいさせてくれ。今は危険を冒せない」

 その判断を、アレアは支持した。

「もちろん……といっても、あーしの店じゃないけどね。旅人に来られちゃ多分どうしようもないけど、他に襲ってくるやつがいれば、あーしとレイスで返り討ちにしてやるさ」





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