2-1 街
ノーシュは洞窟を抜け、下りの山道に足を踏み入れた。
昨日の天気とは打って変わった青空を見上げ、朝の空気を吸い込む。心地よい涼しさを感じながら、右手に槍を出現させた。
その槍を、投擲。
「ぎゃっ⁉」
槍の落下地点で声がした。殺気を感じたので牽制してみたのだが、正解だったようだ。
密集した木の陰から、声の主が姿を現す。大柄な男だ。
「いきなり槍を投げてくるやつがあるか!」
怒られた。ノーシュは渋面を浮かべ、
「当ててないだろ」
と反論する。男は眦を吊り上げた。
「そういう問題では無い!」
「えぇー……」
ノーシュは困惑するしかなかった。一方、男は気を取り直し、すらりと剣を抜く。
「まあ良い、勝負だ!」
「何で⁉」
早く遺跡に行きたい。その思いが気を逸らせているので、男の申し出を鬱陶しく感じた。
無視しようにも、男は山道を塞いでしまっている。
(あー、槍なんて投げずに走って逃げてりゃ良かった)
目の前に立っている男は、明らかに強い。まともに戦うと時間がかかるだろう。
後悔していると斬りかかって来た。
「しょうがないなぁ」
呟きながら、また槍を出した。迫る切っ先を躱しざま、男の懐に飛び込む。
「む⁉」
その動作が予想外だったのだろう、男は驚愕の表情を浮かべた。男の首筋には、短剣が当てられている。
「まだやるか?」
短剣を少し動かしながら、ノーシュが問うた。男は呻く。
「槍はカモフラージュか……何も無いところから突然現れたように見えたが、どこから出した?」
「神の加護で自由に生み出せるんだ。オレは邪神討伐隊の一員だからな」
「隊だと? お前一人ではないか」
「追放されたんだ」
渋面を浮かべて言うノーシュに、男は憐れむような視線を向けた。
「それはお前……いきなり槍を投げるような奴だからだろ」
「ちがっ……」
「危ない奴だと思われたんじゃないか?」
「……辻斬りに言われたくない。早くそこを通してくれ」
「辻斬りなんぞではない。勝負がしたかっただけだ」
殺気を出していたのは、強者を釣るために過ぎない。
「まともに勝負を受けてくれなかったのは残念だが、仕方ないな」
男はそう言って、木陰に戻っていった。
「なあ、スーロ。オレは危ない奴なのか?」
山道を下りながら考え込んでいたノーシュは、周りに人がいないことを確認してから尋ねた。スーロは嘆息する。
『人間の常識なんて、僕には分からないよ。少なくとも、僕はご主人が危ない奴だとは思ってないさ。馬鹿なだけだものねぇ』
「……そうだな。こんなことを妖精に聞くなんて、オレは馬鹿だ」
『おっ、珍しく認めたね』
「皮肉で言ったんだ。分かれよ」
『妖精に人間の皮肉を理解せよとはこれ如何に』
そんなことを話しながら、山を下りきり、平坦な道を歩く。「別のルート」に入っていた。このまま道を進めば、目的の遺跡にたどり着く。
しばらく土の道を歩いていると、街道に差し掛かった。この街道に沿って北西に進むのが遺跡へのルートだ。
更に歩くと、小さな街が見えてきた。
「あそこで昼食にするか」
『……ふわーあ。もうそんな時間かい?』
「寝てたのかよ」
『暇だったからねぇ』
退屈さへの抗議を前面に押し出すような声で言うスーロ。ノーシュは盛大に嘆息した。
街に入ったノーシュは、すぐに食堂を見つけて入った。
この先の旅において、「街の食堂」での食事にありつける機会などそうは無いだろう。よって、ここで散財するつもりだった。美味しい高価な料理をたらふく食べるのだ。
床に固定された木製テーブルの上に、注文した料理が並んでいく。
鶏肉のスープ、ベーフュのステーキ、ポオヌの胡椒焼き。他にも色々と。
因みに、ベーフュやポオヌというのは、そういう名前の動物である。ベーフュは柔らかく美味しい肉がとれることで有名だ。一方ポオヌの肉は、調理の仕方が悪いとあまり美味しく仕上がらない、癖の強い食材である。
ノーシュがここでポオヌ料理を頼んだのは、ちょっとした賭けだった。
(……うん、正解だったっぽい!)
舌鼓を打ちながら、次々と料理を平らげていく。王都で食べた高級料理の数々に引けを取らない美味しさだ。
がつがつと高価な料理ばかり食べているノーシュを、他の客や店員たちは唖然と、或いは面白がって見ていた。
「……あいつ、カネ持ってるのか?」
「金額ヤベえだろ、あれ。大丈夫かよ」
店の心配をしている客たちもいれば、
「よく食うなぁ」
「……まあ、美味しいのは分かる。はぁ……おれなんか、あんなの年に1回食えるかどうかだぞ。若いのに羨ましいなぁ」
ノーシュの食べっぷりに感心したり嫉妬したりする客たちもいた。
そんな中、1人の店員がノーシュの前に立つ。そして、意を決したように口を開いた。
「あの、お客様。お支払いの方は……その、大丈夫でしょうか」
ノーシュは目を瞬かせ、頷く。
「金貨10枚で足りるよな?」
「10枚⁉ そこまでは要りませんが!」
「だよな、良かった。王都より高かったらどうしようかと思った」
ほっとしたように笑って、ノーシュはまた食べ始めた。
その会話を聞いた客たちが、また喋り出す。
「王都だってよ。あんな服装だが、実は良いところの坊ちゃんなのかもな」
「いやあ、違うだろ。よく見ろよ、あの剣はどう見ても安物だぞ。坊ちゃんなら、庶民のフリするにしても剣くらいは良いの持ってるだろ」
ずっと話のネタにされていたノーシュは、料理を全て食べ終えた後、食堂中に響き渡る声で言った。
「オレは、傭兵だ」
客たちが目を丸くしているのを眺めつつ、金貨を10枚テーブルに置く。
「釣りは要らない」
そう言って、食堂を出た。一度言ってみたかったセリフを言えて頬が緩みそうになるのを堪えながら。
客たちは、ぽかんとそれを見送る。
「……傭兵か……分からんもんだな」
「言われてみれば納得だ」
「傭兵ってそんなに儲かるのか……おれも目指してみよっかな」
「やめとけやめとけ。傭兵として稼げる奴なんて一握りだぞ。かくいう俺も昔は傭兵をやっていたんだがな……」
流れに乗じて一人の客が始めた昔話を、店中の人が聞き入ることとなった。
ノーシュはすぐに街を発つつもりだった。
ところが、食堂を出てすぐ、声をかけられてしまう。
「お、丁度良かった。護衛頼むわ」
商人のおじさんである。恰幅が良く、威圧的な人だ。
ノーシュはこの商人が苦手だった。お得意様ではあるのだが、ちょっとしたことですぐ怒ってくる。
最初に依頼を受けたのは半年前。その時は「客に対する言葉遣いがなっとらん!」と徹底的に指導された。
「申し訳ありません。現在、依頼は受け付けていないので……」
言いかけたノーシュを一睨みで黙らせ、商人は告げる。
「ここから南東にある街へ行くんだが、あの辺りは盗賊がよく出る。とっとと来い」
(行き先と逆方向じゃないか……)
ノーシュは溜息を吐きながら、商人の後について馬車に乗り込んだ。何となく逆らえないのだ。
だが、一応言ってみようと意を決する。
「……邪神を倒しに行きたいんですが」
「あー……そういや邪神が出たんだったか。随分前からいるって話だが、全然実感湧かねえな」
「だから急いでいて」
「はあ? 邪神の討伐なんて、急ぐ必要がどこにある。こっちの方が余程急務に決まってんだろ」
(ですよねー)
ノーシュは遠い目をした。
王都とその周辺の街にしか行かないこの商人にとっては、邪神による被害など完全に他人事なのである。
(まあ、オレも実感湧かないけど……)
実際に邪神がどんな被害を及ぼしているのか。噂を聞く限りでは、被害は深刻だが範囲は狭く王都から遠いため、放っておいても国は大丈夫らしい。
邪神を倒しておく必要はあるが、急ぐ必要は無い。それが、王都の人々の認識である。
だが、ノーシュは違う。邪神討伐隊への復讐のために、急がなければならない。
(そんなこと、この人に言えないし)
ノーシュが再び溜息を吐いた時、馬車が動き出した。




