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3-1 対峙

 王都の南東、海沿いの村に来たジャンは、改めて地図を見た。印が付けられているのは、山裾だ。

「山……あれか」

 村の中心部から大きく東に外れた位置に、ひとつだけ小さめの山がある。旅人の話が真実ならば、そこに雷翼会絡みの何かがあるはずだ。

 ここが国の南端か、などと思いながら海を眺めつつ、山へ向かう。海岸に寄ってみたいとも思ったが、後回しだ。

 果たして、山裾には一人の男がいた。大剣を持つ彼を見て、ジャンは大きく目を見開く。

「隊長……?」

「……何故、ジャンがここに……」

 驚いているのは隊長も同じだった。いや、ジャン以上に動揺していた。

 ジャンはそれに気付かずに、明るく話しかける。

「そんな所で何してんだ? そういや、もう結婚したのか?」

「あ、ああ……」

「じゃあ名前教えてくれよ」

「ヴァヘル」

「ば、ばふぇ……?」

「ヴァヘル」

「ぶぁふぇ……バヘル……ああくそ言えねー! やっぱ隊長って呼ぶ」

「そんなに言い辛いのか…………いや、こんなことを話している場合ではない」

 隊長は頭を振って、ジャンを見据える。

「神槍の使い手がここに来ると聞いた。お前か?」

「……おいらも隊長に聞きたいことが」

「先に俺の質問に答えろ」

 その声は、どこか否定を望んでいるようだった。しかしジャンは、それを叶えることが出来ない。

「ああ、おいらは神槍の使い手だ」

「そう、か……」

 隊長は辛そうに目を逸らした。ジャンは嫌な予感がしつつも尋ねる。

「あんた、雷翼会に絡んでねーよな? 無関係だって言ってくれ」

「関係者どころか幹部だ。入会したのは最近だが」

「何で入った⁉」

「色々あって」


 ◇


 邪神討伐隊解散後、隊長ことヴァヘルは村へ帰ってすぐ結婚した。そういう予定だったからだ。

 しかし彼には気がかりなことがあった。故に、不本意ながら妻を放ったらかして、寝る間も惜しんで数日間、兄の墓を掘り返していた。

 そんな奇行を村人たちが見逃してくれるはずもなく、色々言われたり邪魔をされたり家に閉じ込められたりした。

 そうして1か月ほど中断したものの、ヴァヘルは諦めなかった。人目を盗んで掘り続け、ようやく掘り出したのは、兄の胸に刺さっていた剣。その柄を見て、ヴァヘルは呟く。

「……やはり、この紋様」

 教会のステンドグラスで見た、悪魔の紋様だ。それが柄にしっかりと刻まれ、紫色の淡い光を放っている。

(どうして兄者が、こんなものを)

 最初に見た時は、悪魔の紋様など知らなかったから、気に留めていなかった。だが知ってしまった今、疑問が膨らんで止まらない。不気味さに身震いが止まらない。

(そういえば、旅人が来ていると言っていたな。俺は会わなかったが……もしや、兄者は……)

 ヴァヘルがそこまで考えた時。

「ありゃ、もう気付かれちゃったか」

 後ろから声をかけられた。

 ヴァヘルは咄嗟に距離を取り、背から大剣を抜き構える。声の主はローブを着た男だった。

「誰だ」

「えーっとね。雷翼会の幹部って名乗っておこうかな」

 にっこり笑って答えるローブの男。ヴァヘルは眉間にしわを寄せる。

「雷翼会?」

「悪魔を信奉する組織とでも思ってくれれば良いよ」

「そんな奴が俺に何の用だ」

「悪魔は嫌い?」

「当然だ」

「そう言うな、ヴァヘル」

 突然横から割り込んだ声に、ヴァヘルは息を呑む。二度と聞くこと叶わないはずの、兄の声だったからだ。

「兄者……」

 やや呆然と左を向けば、少し透けた兄がいる。どういうことかと目で問うと、兄は

「このお方の説明を聞くと良い」

 とローブの男に丸投げした。

 ヴァヘルが顔を正面に戻すと、ローブの男が苦笑する。

「まあ良いや。それじゃ、説明するよ。キミのお兄さんは、その紋様付きの剣のおかげで冥府からこの世に戻って来れたんだ」

「意味が分からない」

「分かる気が無いからだよ。というか、こんな話はどうでも良い。ボクはキミに、もっと大事な話をしに来たんだからね」

「……兄に免じて聞くだけ聞こう」

 不信感を隠しもせずに言うヴァヘルに、ローブの男は肩を竦めた。

「キミは悪魔について勘違いをしている。いや、キミだけじゃなくて、ほとんどの人間がそうかな」

「何……?」

「神が邪神になるのは悪魔の呪いのせいだなんて、酷いデマだよ。聖職者が自分たちの権威付けのために作った神話なんて信じちゃ駄目だ」

「……そんな馬鹿な」

 有り得ない、と思いつつも、完全に否定することは出来なかった。聖職者が非道な行いをしていることを、ジャンから聞いていたからだ。

 難しい顔をするヴァヘルに、ローブの男は語り続ける。

「雷翼会の最終目標は、この世と魔界を繋ぐことだ。神によって出入り不能になった魔界を開放することだ。そうすれば、この世はもっと豊かになる。傲慢で役立たずな天界の神々よりも、悪魔の方が人に寄り添って繁栄をもたらせる。悪魔だって元は神なんだからね」

「そうなのか?」

「そうだよ。あまり神話を知らないキミにはピンと来ないかもしれないけど。天界の神と違って善い神が自らの意思で悪魔になったと思ってくれれば良いよ」

「……つまり、天界の神は実は悪神で、悪魔は善神……?」

「そう!」

「じゃあ、邪神は」

「天界の神が元々もってる邪悪さが、下界の影響で表出しただけだよ。逆に、元が善神たる悪魔なら、邪神にならずに下界に干渉できるんだ。だから、是非ともこの世と魔界を繋ぐべきなんだけど……問題があってね。雷翼会の方法だと、大量の生贄が必要なんだ。それに雷翼会には、私利私欲のために悪魔の力を得ようとする輩もいるしね。だから、ボクと一緒に雷翼会を内側から変えようよ。キミにはその力があるから。キミが協力してくれれば、犠牲を出さずにこの世と魔界を繋げられるから」

「俺に、そんな力が?」

「怪訝に思うのも無理はないね。見せてあげるよ」

 晴れやかな笑顔でそう言ったローブの男は、ゆっくりと手を掲げた。すると、ヴァヘルの持つ大剣が異様な力を放出し始める。

 ヴァヘルは目を丸くした。

「これは……⁉」

「その剣は、ただの大剣じゃない。神話の時代の戦争で使われた、魔大剣だ」

「そんなはずがないだろう。これは家の倉にあっただけの……」

「普通の大剣だと思って使ってたんでしょ? キミのお兄さんもそうだったらしいね。まあ、力を封じられてたから本当に普通の大剣と変わりなかったんだけど……ボクが力を解放した今なら、それは立派な魔大剣だよ」

「……そんな代物が、倉に?」

「キミの祖先はその魔大剣を使って、悪魔のために戦ってたんだよ。残念ながら負けちゃったけど、もし勝ってたら世界はもっと良くなってただろうね」

 ローブの男の言葉に続けて、兄が

「俺たちは祖先に倣い、悪魔のために戦うべきだ」

 ときっぱり告げた。

 それだけで、ヴァヘルの中に渦巻いていた疑念や不信感が消え去ってしまう。

「そうか……なら俺も祖先に倣い、悪魔のために戦おう」

「そうこなくちゃ。じゃあとりあえず、雷翼会に入ってくれる? 幹部にはボクが任命してあげるから」

「ああ」

「じゃあ、あの山のふもとで待ってて。あそこなら魔大剣の力を最大限引き出せるんだ」

「そこで誰かと戦うということか?」

「ああ、神槍の使い手だよ。ボクの計画にはどうしても神槍の使い手が邪魔だから、殺してほしいんだ。ちゃんとおびき寄せるから安心して待ってて」

「分かった」


 ◇


「とにかく、雷翼会なんかすぐ抜けろ! 情報も教えてくれると助かるけど、この際そこまでは望まねーから!」

 ジャンは言い募るが、ヴァヘルは静かに首を振る。

「俺は悪魔のために戦うと決めた」

「悪魔に与する者は殺す! それが戦士団〈悪魔狩り〉の……おいらの使命だ!」

 だから考えを改めてくれ——そんなジャンの思いは、ヴァヘルに届かず溶け消える。

「残念ながら、俺にも使命がある。神槍の使い手を殺すという使命が」

「……⁉」

 ジャンは愕然とした。ヴァヘルは辛そうな顔で言葉を続ける。

「お前が神槍を手放してくれるなら……〈悪魔狩り〉の任を降りてくれるなら、殺し合わずに済むのだが」

「無理に決まってんだろ! あんたこそ、そんな使命を捨てちまえ!」

「不可能だ。ジャン、お前は多分、騙されている。だから……」

「騙されてるのはあんただ!」

 誰かに騙されているに違いない。そうでなければ、自分の前に立ち塞がるはずがない。そんなことを、2人とも思っていた。

 睨み合う。

 互いに、相手が引くのを待っていた。そんなことは起こり得ないと知りながら、それでも僅かな希望に縋っていた。自分が引く気はさらさら無いくせに。

 無為な時間が流れていく。遠く聞こえる波の音が、徐々に心を押し流していく。

 どちらからともなく武器を構えた。

 もう迷いは無い。互いの瞳に、使命に殉ずる覚悟を見てしまったから。


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