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2-6 脱出

 黒雷が弾けた。

「うわ、何だこの虫」

 ノーシュは思わず一歩下がり、顔をしかめる。

 毛虫のような形の害獣が、黒い電雷を纏っていた。バチバチと音を立て、威嚇するように波打っている。

 そこから伝播するように、周りの害獣たちも黒雷を纏っていく。

「ってか、どこから出てきた?」

「多分、もともとこの辺りにいた害獣を、あの旅人が隠し持ってたのよ。方法は分からないけど」

 フィリーはそう答えつつ、双剣を構える。そして、苦い表情で付け足した。

「あの旅人、悪魔の力を得てたようね」

「悪魔⁉」

 ぎょっとして聞き返すノーシュ。フィリーは頷き、以前アレア達から聞いた、悪魔の力を得た聖職者について説明した。

 2人は話をしながらも体を動かしている。閃く短剣が黒雷の隙間から害獣を斬りつけ、飛び回るチャクラムが遠方の害獣を切断していった。

「……って訳で、あの黒い雷は悪魔の力に違いないわ」

 フィリーが話を締めくくる頃には、害獣は数を半分に減らしていた。

 そこへ、邪魔にならないよう下がっていたリュドが上ずった声を出す。

「害獣、後ろからも来た! 大きい!」

 ハッと振り向く2人の瞳に、通路から部屋へ迫る害獣が映った。様々な姿形だが、大きさは一律、通路の半分を占めるくらいだ。今相手にしているものより2周りは大きい。

 リュドは意を決したように言う。

「小さい方の残りは僕に任せろ。お前たちはあっちを頼む」

「え」

 任せて大丈夫なのだろうか。ノーシュは不安に思い、フィリーを見る。

 彼女はしかと頷いた。

「分かりました、お兄様」

 そして、大きい害獣の方へ向かっていく。

 ノーシュはそれに追従し、話しかけた。

「リュドさんって強いのか?」

「もちろん。私たち程じゃないけどね。強くなければ遺跡探索の担当なんてなれないから」

「なるほど。……ってか、兄妹だったんだな。隠さなくても良かったのに」

「貴族って知られたくなかったの。貴族と知るなり態度を変える人、多いから」

「あー……」

「でも、あなたには関係無かったようね。安心したわ」

 2人は呑気に喋りながら、真剣に戦っていた。通路の右半分をノーシュが、左半分をフィリーが捌いていく。カバーしようとは考えない。互いに、邪魔にならないようにだけ気を付けて、武器を振るっていった。


 大部屋の中で、リュドは剣を抜いて正眼に構えた。

 黒雷に覆われた地面は、夜の海のようだ。足を踏み入れれば呑まれそうな不気味さと、確かな危険性をはらんでいる。

 しかし、元邪神討伐隊の2人は、事も無げにあれと戦っていたのだ。今より倍の数がいたのに、余裕を持って戦っていたのだ。

「張り合うつもりはないけど……」

 小さく呟き、前に出る。

 ライラック男爵家の跡取りとして教育を受けてきて、中でも剣術が得意だった。どうやら才能があったらしく、よく褒められたものだ。それなのに、機関の遺跡探索担当者になったばかりの頃はあまりうまく戦えなかった。

 今ではもう十全に戦える。害獣を前にすると腰が引けている、と妹が指摘してくれて改善できたおかげだ。

 それでもフィリーの方が遥かに強いから、一緒にいるとつい害獣退治を任せきりにしてしまう。

 それでは駄目だ。いつまでも情けない兄でいる訳にはいかないのだ。

「はぁっ!」

 一閃。数匹の害獣が、まとめて裂かれて絶命した。

 知能無き害獣は、黒雷をまったく使いこなせていない。これでは静電気を纏っているのと変わらない。そう気付いたリュドは、勢いよく踏み込む。

 ズボンが焦げた。どうやら静電気よりは威力があるらしいが、気にせず害獣たちに剣閃を浴びせていった。

 害獣もただやられる訳ではない。お返しとばかりにリュドへ跳びかかり、噛みつこうとする。しかしあっさり躱されて、着地する頃には斬り裂かれている。


 こうして、旅人に強化された害獣たちは、人間たちを傷つけることも出来ずに全滅した。


「問題は、どうやって脱出するかね」

 そう言って、フィリーはリュドをちらりと見た。

 リュドは頭を振る。

「駄目だ、分からない。占いでも見えないんだ」

 その言葉にノーシュが反応する。

「リュドさんの占いって、何が分かるんですか?」

「端的に言うと、行くべき場所、かな。その人にとって今からどこへ行くのが良いかが分かる。自分のことは占えないんだけどね」

「それが見えないってことは……」

「どこへ行こうと脱出できない……ってことになるのかな。単に見えないだけという可能性もあるけど」

「なるほど。じゃあ、オレがどうにかします」

 あっさりと告げたノーシュに、男爵家の兄妹は目を丸くした。

 ノーシュは、腰に佩いた剣に向かって話しかける。

「って訳でスーロ、出番だ」

『出番って何さ』

「ここから上に魔法使って穴開けて」

『……本気かい?』

「嫌そうだな」

『そりゃあ嫌だよ。僕は力の調整が下手くそなんだ。力使い過ぎて消えかけたらどうしてくれる』

「穴開ける程度で使い果たすほど、力少ないのか?」

 どこか煽るように言うノーシュ。スーロは、むっとしたように剣から飛び出て、真上に力をぶっ放した。

 3人が、その力の奔流を視認する間も無く。

 大部屋の真上に、そこと同じだけの広さを持つ穴が開いた。部屋の上に存在していたはずの通路も壁も瓦礫も一瞬で消失した。

 スーロは得意気に舞ってから、

「まだ余裕だけど、一応天界で力を回復してくるね」

 と言って飛び去っていく。

 その様子を、リュドは目を丸くして見ていた。一方、フィリーは首を傾げる。

「で、どうやって上がるの?」

「オレが得た加護に、高跳躍ってのがあって」

「加護って、邪神討伐隊の時の?」

「そう。それで上がれると思う」

「私たちは?」

「オレが担ぐ。……って訳で、リュドさんも失礼します」

 フィリーをひょいと左肩に担いだノーシュは、まだ呆気に取られて空を見ているリュドを右肩に担いで、跳んだ。

 さすがに一気に地上へは行けない。途中で穴の端——断絶された通路や一部を消し飛ばされた岩などを蹴って、上がっていく。

 そうして遺跡からの脱出を果たし、ノーシュは大きく息を吐いた。

「よいしょっと」

 担いでいた2人を下ろし、地面に座る。

 簡単そうにやってのけたノーシュだが、実際はかなりきつかった。フィリーはともかくリュドは自分より背が高く重い。間違ってもどこかにぶつけてはならないという緊張感もあって、二度とやりたくないと思うほどだった。

 不意に、リュドが視線をノーシュに向ける。

「ここから真っ直ぐ南に行くと、村がある。そこへ行った方が良い」

「えーっと……占いですか」

「頼んでないと言われても困るぞ。見ようとしてなくても見えてしまうことがあって、さっきのはそれだからな。それと、フィリーもだ。ノーシュと一緒に行くと良いだろう」

「お兄様はどうするんですか?」

「家に帰って無事を伝えてから、機関へ報告に行く」

「分かりました」

 フィリーは兄に頷いてから、ノーシュに手を差し伸べた。

「疲れてるところ悪いけど、すぐ一緒に来てくれる? お兄様がああいう言い方する時は、急いだ方が良いの」

「それは依頼?」

「違うわ。元邪神討伐隊の仲間として、お願いよ」

「だよな、了解」

 ノーシュは彼女の手を取って立ち上がり、苦笑した。

「フィリーの方が疲れてるだろ。背負って走ろうか?」

「急ぐとは言っても、普通に歩くわよ。何日もかかる距離だし、現地で何か起こってるなら体力を温存しておかなくちゃ」

「そっか」






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