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1-4 洞窟

 走って遺跡を出たノーシュは、そのまま山へ入った。

 まだ昼間のはずなのに、暗い。

 どんより曇った空の下、ノーシュは記憶を頼りに歩く。

 目指しているのは「別のルート」だ。そのためには、この山を越えなければならない。

 しとしと降る雨は、「まあ落ち着け」と言わんばかりにノーシュを濡らす。ノーシュの足音は、「落ち着いていられるか」とばかりにベチャベチャと鳴った。

 やがて洞窟が見えてきた。洞窟を抜ければ「別のルート」に乗れる。

 だが、このまま洞窟を抜ける気力は湧かなかった。

 一晩休もう。そう思い、背負っていた荷物を下ろして一息つく。

 すると、雨に濡れて湿気ていた怒りが、再び燃え上がった。その感情に任せて叫ぶ。

「……誰が抜け駆け野郎だ! 好き放題言いやがって! そんなに言うなら、邪神の討伐も抜け駆けしてやる! オレが一人で倒して、ざまぁみろって言ってやる! これまでの旅が徒労で終わって悔しがるがいい!」


『ご主人は馬鹿だねぇ』


 幼い少年のような声が、ノーシュの腰のあたり——剣の中から聞こえた。

『帰るのかと思ったら山に入るものだから、意味が分からなかったけれど、なるほど、一人で邪神を倒しに行くつもりだったのか。いくら何でも無謀が過ぎるよ』

 呆れたように言う彼は、スーロという名の妖精だ。1年ほど前、力を失い天界から落ちた後、ノーシュに拾われた。その時からずっと剣の中にいる。何の役にも立たないが、ノーシュの良き話し相手だ。存在を知られるのを嫌がり、他人がいる時には喋らないが。

『とりあえず謝ってから、事情を話せばよかったのに』

「嫌だ。オレが悪いことしたみたいじゃないか」

『結果として、加護の一つを独占しちまったのは事実だろう?』

「そこなんだよなぁ。謝ったところで聞く耳を持ってくれたと思うか? 思わないだろ?」

『……さあね。人間の考えることはよく分からないよ』

「都合の良いやつめ」

 ノーシュは苦笑しながら干し肉を取り出し、齧った。

「とにかく、このまま帰るなんて論外だ。ああ、ムカつく! あいつらに目にもの見せてやる! スーロがどう言おうと、オレは邪神を倒しに行くぞ!」

 そのために、別のルートを目指しているのだ。このままで倒せるとは思っていない。他の遺跡でも神の加護を得る必要がある。

 スーロは嘆息した。

『いくら力が手に入るからって……邪神を一人で倒せるなんて自信はどこから来るのかねぇ』

「スーロも知ってるだろ、オレの本来の戦い方。うっかり独り占めした加護と、めちゃくちゃ相性が良いんだ」

 多種多様な武器を自在に操る。それがノーシュの戦い方だ。幼い頃から両親に仕込まれ、複数の武器を同時に使うのが当たり前になっていた。

 ただ、様々な武器を持つのは旅の邪魔になる。長旅だと尚更だ。だから、邪神討伐隊に加わるにあたっては、チャクラムと、スーロの宿った剣だけを持ってきた。

『武器を自在に生み出す力、だっけ? やって見せとくれよ』

 スーロの求めに応じ、ノーシュは左手に短剣を生み出す。くるりと回して斜め上に投げると、ぼとっと何かが落ちてきた。

 短剣の刺さったコウモリだ。

『……その武器、消えないんだね?』

「ああ。しかも、切れ味とか変えて出せるし、大きさも自由自在」

『分かるんだ?』

「何となく」

『凄いや。流石は神の加護だねぇ。独り占めしたくなるのも分かるよ』

「だから、わざとじゃないって」

 ノーシュは顔をしかめながら、壁に体を預けた。干し肉は食べ終わっている。

『そんな状態で寝るつもりかい?』

「何か問題?」

『びしょ濡れのままじゃないか』

「……今思い付いたんだけど、たいまつって武器だよな?」

『え、いきなり何だい? たいまつは武器じゃ……』

 スーロの困惑した声を無視し、ノーシュは両手を掲げた。その手の中に、たいまつが現れる。煌々と火の灯った、たいまつが。

「オレが武器だと思えば武器だ」

『そんな無茶苦茶な』

「これで楽に火をつけられるぞ。ついでにこの火で乾かす」

『あー、なるほど、火のつけ方が思い付かなくて濡れたまま寝ようとしてた訳か。やっぱりご主人は馬鹿だねぇ』

「だってここ、凄く湿ってるしさ。薪を調達しようにも、雨降ってるし」

『僕に力があれば、火くらい簡単につけられるのにな』

「はいはい、凄い凄い」

 全く信じていない様子で、ノーシュは笑った。

 その表情が、不意に曇る。

「……分かってるんだ。オレも悪かったって。けど……何も、あんな目で見ることないだろ」

『あんな目?』

「悪人を見るような。汚物を見るような。……そういう目だ」

『ふーん』

「追放しなくても、やりようはあったはずなんだ。残りの加護はオレ以外の5人で得るようにするとか、一人一つずつ加護を得るって方針に変えるとか。なのに追放しやがった。絶対に復讐を成し遂げて、後悔させてやる」

 噛みしめるように言うノーシュ。その瞳に映る火は、まるで心を映し出しているようだった。



 しばらく経って、大体乾いたと判断したノーシュは、たいまつの火を消して眠りにつく。その様子を、スーロは剣の中から認識し、溜息を吐いた。

(僕がいなければ、今日中に洞窟を抜けられたんだろうな)

 間接的にノーシュの気力を奪っているのは自分だ。だが、その事実は話せない。

 話せば、きっと捨てられる。

 力を取り戻すためには、そばに置いてくれる人間が必要だ。たとえ、その人間に不利益を被らせることになっても。

(そういえば、あのフィリーとかいう娘、僕に気付きかけてたな。ご主人が追放されて良かった)

 こんなこと、本人には絶対に言えない。ノーシュにとって、邪神討伐隊を追放されたことは、大きなショックだったに違いないのだ。






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