2-1 北東の村
これは酷い、とノーシュは思った。
かなり大きな遺跡だったであろうそれは、瓦礫の山と化している。この手の遺跡は地下部分も広いはずなので、瓦礫を除けるより先に地下に入って捜索した方が良いと思ったが、どこから入れば良いのかも分からない。
依頼を受けて武器屋を出てから3日が経っていた。あの後借家に帰ったノーシュは荷物を準備し、商店街で水と食糧を持ち運べる限界まで買い、馬車を利用できるところは利用しつつ、道中の自分の水や食糧は街や村に立ち寄って調達し、ここまで来たのだ。
王都の北東に位置するこの村は、農地が多い。平家がまばらに建っており、教会は無い。その中で高くそびえていた遺跡はきっと、格別な異彩を放っていただろう。
村の東端にある遺跡の前で立ち尽くしていると、村人であろう男が話しかけてきた。
「そこには近寄るべきじゃない」
「いや、オレはこの遺跡に入ろうと思ってるんだ。どこか入れそうな場所を」
知っていたら教えてくれ、と言おうとしたところで。
「入るな」
村人が口を挟んだ。恐ろしい形相で、ノーシュを睨みつけて。
ノーシュは思わず後ずさった。
「そう言われても、オレは……」
「入るな。入るな、入るな、入るな!」
「えぇ……」
「入れば村に災いが起こる! 実際、調査員が遺跡に入ってから、遺跡は崩れ落ち、アレアが行方不明になった!」
「え⁉」
アレア、と聞いてノーシュの頭をよぎったのは、邪神討伐隊の一員だったアレアだ。しかし同一人物とは限らないと思い直し、
「アレアというのは?」
と尋ねてみる。
村人は深く息を吐き、ノーシュを見据えた。
「この村の英雄だ」
「そうじゃなくて見た目の特徴とか」
「そんなの聞いてどうするんだ。捜してくれるとでも言うのか?」
「……機会があれば」
「赤い髪。背が高い。……って言っても分からないか」
確かにそれだけでは断定できない。ノーシュは思い切って
「元邪神討伐隊?」
と尋ねた。
村人は目を丸くする。
「何故それを」
「やっぱりか……ここってアレアの住んでる村だったんだな……。あ、オレも元邪神討伐隊だから」
「そうなのか! なら頼む、アレアを捜してくれ!」
「いや、今はこの遺跡に関する任務の途中だから……それが終わったら」
「遺跡には入るなと言ってるだろう!」
「よく分からないけど手遅れじゃないか? 既に災いが起こってるんだから、これ以上入る人が増えても変わらないと思う」
適当なことを言いながら、ノーシュは遺跡の裏に向かって歩いて行った。村人がまだ何か喚いていたが、無視だ。
村人から充分に離れたところで、スーロが話しかけてくる。
『どこ行くんだい、ご主人』
「どこかに潜り込めそうな所無いかなって思って」
注意深く瓦礫を見て、時々除けてみながら、地下へ行けそうな場所を探す。
『そんな端ばかり見てても駄目だと思うよ』
「分かってる。でも、今はこれくらいしか方法が思い付かない」
ノーシュがそう言いながら瓦礫に触れた時。
瓦礫がカッと光った。
「お」
次の瞬間には、洞窟のような場所に立っていた。どうやら転移罠の魔法陣に触れてしまったらしい。
「中に入れたのは良かったけど……これじゃ、オレも出られないな」
『また馬鹿なことしたねぇ』
「とりあえずリュドさん捜そう。後のことは後で考える」
迷いの無い足取りで、ノーシュは進む。あちこちに害獣の残骸が散らばっているのを見ながら。
「あれ?」
しばらく歩いたところで、行き止まりになってしまった。
「おかしいな。オレの勘ではこっちで合ってるはずなんだけど」
『ご主人の勘なんてあてになるのかい?』
「斬り殺されてた害獣、いっぱいいただろ。あれ見て何となく、進行方向はこっちだと思ったんだ」
この辺りは随分と暗い。夜目が効くのを良いことに明かりも持たずに歩いてきたが、小さな魔法陣くらいは見落としているかもしれない。そう考えたノーシュは、たいまつを出して岩の壁を照らした。
「……やっぱ何も無いな。通った後に崩落が起きて道が塞がれたって感じでもないし……」
『逆だったんじゃない?』
「ちょっと引き返してみるか」
踵を返し、歩く。害獣の死骸を改めて見たノーシュは眉をひそめた。
「何か、違和感がある」
『どうしたんだい?』
「リュドさんがこの害獣を斬ったんだと思い込んでたけど……違うかも」
『他の調査員が斬ったのかな?』
「そういえば、調査員が何人なのか聞いてなかったな。勝手にリュドさんだけだと思ってた」
『やっぱり馬鹿だねぇ』
「……調査員っていうか、機関の遺跡探索担当者か。でも調査員の方が言いやすいな」
『良いんじゃないかい、調査員で。一般的な呼び方はそっちでしょ』
来た道を通って、最初の場所まで来て、そのまま歩き続けて……害獣の死骸の数が、だんだんと増えてきた。
「余裕が無くなってきてる感じがする」
『……害獣を始末した調査員の?』
「そう。向こう側のはあっさりバラバラに出来たって感じだったけど、この辺のは、結構頑張らないと倒せなかったって感じ……な気がする」
『ふぅん。こっちに来るほど害獣が強かったのかな』
「どうだろう。数の多さに手こずったか……崩落から何日も経って体力に限界が来たか」
『後者だったらマズいよね。急いだ方が良いんじゃない?』
スーロがそう言った時には、ノーシュは既に走り出していた。
分かれ道は無く、罠の魔法陣は全て無効化されている。行く手を阻む物は何も無い。
所々で、まだ生きている害獣がいた。傷つき動けないでいるが、トドメは刺されていない。
「数、めちゃくちゃ増えてきたな」
『そうだねぇ』
「調査員、生きてると思う?」
『分かる訳がないだろう』
いくつ目か分からない曲がり角を曲がった時。
ノーシュは思わず立ち止まった。目に飛び込んできた光景に、絶句した。
少し開けたその場所は、害獣の死骸と動けない害獣で埋め尽くされている。地面が全く見えない。
その途方もない数の害獣の上に、倒れ伏している少女がいた。垂れた薄桃色の髪が、下の害獣に咥えられて引っ張られている。
『ご主人?』
スーロの声で我に返ったノーシュは、慌てて彼女に駆け寄った。
「フィリー!」
害獣を斬り殺し、フィリーを抱え起こす。
「フィリー、しっかりしろ!」
所々に傷はあるが、深くはなく出血も少ない。しかし彼女はぐったりとして、全く動かない。
ノーシュは水を取り出して、フィリーの口元にもっていった。
ごくり、と彼女の喉が動く。
「良かった、飲んでくれた」
『他の調査員はいないね』
「そうだな。調査員は一緒に行動してるものだと思ってたのに……」
『ここも行き止まりみたいだし、手詰まりじゃない?』
「まあ、フィリーが目覚めたら何か分かるだろ。オレより遺跡慣れしてるし」
のんびりと言いながら、手元の水を全てフィリーに飲ませる。それからノーシュは別の水を取り出して飲み始めた。
『そういえば、ちょっと高い水買ってたね。普通の水と何か違うのかい?』
「味」
『ふぅん』
「っていうのは冗談で。何か、栄養分とか、体力が回復するような成分とか、そういうのが入ってるらしい。詳しくは知らないけど。……まあ、オレの分は普通の水でも良かったんだけど、いっぱいカネ貰ったから」
『別に、味って答えでも納得したけどね』
「……実際、こっちの方が味も良い」




