1-3 ジャンの帰郷
◇
「たっだいまー!」
故郷の村に入って早々、ジャンは大声を出した。
王都で邪神討伐隊が解散してから3日後のことである。峻険な山に囲まれた、秘境と呼ばれてもおかしくないような土地にぽつりと存在するその村に、彼の声が響いていく。吹き抜ける爽やかな風が、彼の帰郷を歓迎するように草木をざわめかせた。
声に気付いた村長が、驚いたように教会から出てくる。
「誰かと思えばジャンではないか! お役目は無事に果たせたのか?」
「邪神は消えたぜ! ……まあ、おいらは戦ってねーんだけど」
「む? それはどういう……」
「色々あったんだ。それより、前から言ってた通り、おいらは王都で一旗あげるから。戦士団は抜けるぜ」
本当は、邪神討伐隊に選ばれた時に戦士団を抜けようとした。生きて帰れるかも分からないし、無事に邪神討伐を果たせたならば帰郷せず王都で暮らすつもりだったからだ。
しかし、村長と団長に引き止められ、とりあえず保留ということになっていた。
「待て、それは早計だ」
「何がだよ。もうここには年一くらいしか戻って来ねーし……」
「戦士団には、村の外で活動する役職があるのだ。お前にはそれに就いてもらいたい」
そんな役職があるのは初耳で、ジャンは目を丸くした。
「何でそんなのあるんだ? 自警団なのに」
「戦士団には村の自警団としての役割以外に、悪魔に対抗する組織としての側面があるのを知っているだろう」
「昔の話だろ?」
戦士団の成立は、神話の時代までさかのぼる。
天界の最高神は、素行の悪い神々を天界から追い出した。下界で反省し、人間に恩恵をもたらすことを期待したのだ。しかし、追い出された神々は別の異界を創出して魔界と名付け、自ら体を作り変えて悪魔と名乗り、天界の神々と対立した。
こうして起こった神と悪魔の戦争は、人間も巻き込んだ。神は人間に神槍を与えて悪魔と戦わせたのだ。悪魔もそれに対抗すべく、神を殺せる武器を人間に与えた。だが、悪魔の目論見はうまくいかず、戦争は神の勝利に終わり、悪魔は魔界に封じられた。悪魔は封じられる間際に天界へ向けて呪いを飛ばし、その呪いのせいで神々は〝下界に干渉しすぎると邪神に堕ちる〟ようになってしまった。
この戦争で神槍を与えられた人間たちの一部が集って作ったのが戦士団である。彼らは戦争が終わった後も、悪魔から武器を与えられた人間を見つけては狩っていた。いつしかその必要はなくなり、身の振り方を考えた戦士団は、天界に最も近いとされる村を守ることにしたのだった。
「ジャン、お前の槍……戦士団の皆が使っている槍は、神槍を模して作られたものだ。色も形も、長さも、重さまでも、神槍そっくりに作られたものだ」
「知ってるけど……」
「何故だか分かるか?」
村長の問いに、ジャンは首を傾げた。
「……見栄?」
「違う。神槍を使うためだ」
「は?」ジャンは顔をしかめる。「神槍なんて、もうどこにもねーんだろ? 前に、あんたにそう聞いたけど?」
「実はあるのだ。もう数本しか残っていないが……」
「戦士団の誰もが、自分の槍を神槍と持ち替えても、全く変わらず使いこなせる……そういう状態にするために、神槍そっくりな槍を支給されてたってことか?」
「そうだ。戦士団に代々伝わる技を、その型を、寸分の狂いなく繰り出すには、槍の長さや重さが少しでも変わると難しいだろう」
「ああ。……何でこんな話をおいらにするんだ?」
「お前に神槍を授けるつもりだからだ」
さらりと告げられたその言葉に、ジャンは口をあんぐりと開けた。
「…………いやいや、荷が重いぜ。おいらはこの槍で充分だ」
「お前に就いてもらおうと思っている役職——〈悪魔狩り〉というのだが、これに就く者は神槍を携えることになっている」
「そもそも、何でおいらが」
「本来は戦士団ナンバー1を3年以上務めた者がなれる役職だが、今のナンバー1はもう10年以上続けていて、村を出る意思が無い。一方で今の〈悪魔狩り〉はもう何年も帰ってきていないため、どこかで命を落とした可能性が高い。そこで、ナンバー2とはいえ邪神討伐隊に選ばれるほど腕が立ち、村を出ようとしているお前に、〈悪魔狩り〉に就いてもらおうという訳だ」
「……どんなことすれば良いんだ、〈悪魔狩り〉になったら。悪魔を捜して倒すのか?」
「悪魔に与する者を葬るのが役目だ。まさか悪魔が魔界から出てきているはずはないからな」
ジャンは少し考え、頷く。
「分かった。〈悪魔狩り〉になる」
「よし。ついてこい」
村長はゆっくりと歩き出す。向かう先は、民家からも教会からも遠く離れた、天然の岩壁だ。
その岩壁には、魔法陣が描かれていた。
邪神討伐隊として旅する中で魔法陣の知識を得ていたジャンは、岩壁を見て目を丸くする。
「これ、魔法陣か!」
「よく知っているな。この魔法陣は、資格ある者しか使えないように細工されている」
そう言いながら、村長は魔法陣に手を触れた。
魔法陣が光を放つ。それを中心に、人1人通れる大きさの扉が現れた。ただの岩壁だった場所に。
村長は迷わず扉を押し開けて、中に入り、すぐに出てくる。その手には神槍が握られていた。
「ほれ」
貴重な武器を渡すにしてはあまりに軽い態度だった。ジャンは手渡された槍をまじまじと見て、呟く。
「本当に、これが神槍……?」
「そのままではただの槍だ。神槍としての力を引き出すには、魔力を流し込む必要がある」
そうしている間に扉は消えて、魔法陣の刻まれた岩壁が残った。
ジャンは顔をしかめる。
「魔力を流し込むって、どうやるんだ?」
「安心せい。魔力操作の稽古をつけてやる」
◇




