1-2 リュワージュ商会
武器屋として借りている建物は2階建てで、1階は店舗兼倉庫、2階は居住用として使っている。
ジャンが寝泊まりしているというそこは、居住用というにはあまりに殺風景で生活感が無かった。椅子が4脚と小さな丸テーブルがあるだけの部屋だ。
「……何も無いですね」
部屋に入ってすぐレイスが呟いた。ジャンは苦笑する。
「都会での生活ってよく分からなくてな。もともとあった家具だけ使ってて、何も買い足してねーんだ」
「もともとあった家具がこれだけというのも偏りが酷い気がします。せめてベッドとか無かったんですか」
「ってかレイス、まだ仕事モード入ってる訳? 何か怖いからやめてほしいんだけど」
「やめろと言われても……まだ仕事が終わっていないので。標的を殺すまでやめられません」
椅子に座りながら喋る2人。その様子を見ながら、ノーシュはジャンに感謝していた。
自分では止まれなかった。横槍を入れてもらえなければ、レイスを殺すしかなかった。
レイスにしてもそうだろう。今は何も感じなくても、仕事を終えて感情が戻れば辛い思いをするに決まっているのだ。
「で、何でノーシュとレイスが戦ってたんだ?」
「それが……」ノーシュも席に着き、溜息を吐く。「傭兵として受けた依頼が、依頼主の護衛3日間なんだけど……3日以内に現れる刺客の始末ってのも依頼に含まれてて。だから、レイスを殺さなきゃ依頼が達成できないんだ」
「あー、それで一昨日から店休んでんのか。今日が3日目だよな?」
「そうそう。何も起こらず終わるのかと思ったら、まさかレイスが殺し屋で、依頼主を狙う刺客だなんて」
そう言って嘆息したノーシュは、ちらりとレイスを見た。彼女は相変わらず感情のこもらない冷たい瞳をしている。
ジャンもレイスに視線を向けた。
「で、レイスはどうなんだ?」
「わたしは別に、ノーシュさんを殺す必要なんて無いです。標的さえ殺せれば良いので。ノーシュさんが引いてさえくれれば……それが無理だから殺し合うことになったんですけど」
「……おいらは、仲間が殺し合うところなんて見たくねーんだ」
頭を抱えながら、ジャンは呟く。そして、ふと顔を上げた。
「レイスは殺し屋なんだよな。ってことは、レイスに依頼した依頼主がいるんだろ? そいつに依頼を取り下げさせれば解決なんじゃねーか⁉」
「その手があったか!」
ノーシュは勢いよく立ち上がった。弾みで椅子が倒れるが気にしない。
レイスは目を丸くした。
「待ってください、それではノーシュさんの任務は……」
「大丈夫。レイスへの依頼が取り下げられれば、レイスは刺客じゃなくなるから」
「でもわたし、依頼主を知りません。依頼は父が取ってくるので」
レイスは悩まし気に告げたが、すぐに問題無いと思い至る。
「……あ、でも明日、依頼が達成されたか確認するために家に来ます。待ち伏せすれば話せます。わたしは家から出してもらえないので、お願いしても良いですか」
その言葉に、ノーシュとジャンは顔を見合わせ、頷く。そして同時に言った。
「もちろんだ」「任せろ。それで、家はどこだ?」
「リュワージュ商会です」
レイスの答えに、ノーシュはぽかんとする。ジャンは首を傾げた。
「どこだそれ?」
「知らないのかよジャン! リュワージュ商会っていったら王都でめちゃくちゃ有名な商家だぞ!」
「聞いたことねーんだけど」
「……まあ良いや、オレは場所分かるし。あの西区画の大屋敷で合ってるよな?」
「はい、そこです」
レイスは答えながら静かに立ち上がった。
部屋を出て行こうとする彼女の背に、ノーシュは恐る恐る問いかける。
「レイスって、リュワージュ商会のお嬢様?」
「そうです。……けど、気にしないでください」
その声は先ほどまでの淡々としたものではなく、恥ずかしがるような、怯えているような、弱々しい声だった。
馴染みあるその声を聞いたノーシュとジャンは、どこかホッとしたように息を吐いたのだった。
翌朝、武器屋の2人はリュワージュ商会を訪れていた。
といっても、正面からではない。路地裏からこっそり近付き、陰に隠れて様子をうかがっている。
「レイスって、こんなでっかい屋敷に住んでんのかよ……」
ジャンの呆れたような呟きに、ノーシュは苦笑した。
「そうらしいな。オレもびっくりした」
「にしても今日は暑いな」
「ああ、昨日は割と涼しかったのにな」
呑気に話しながらも、注意は欠かさない。
季節は秋になったばかり。今日は風がほとんど吹かず、照りつける強い日差しが2人を汗ばませる。
そうして時が経ち、昼になろうという頃、一人の男が屋敷の門を叩いた。
「あれだ」
ノーシュは確信を込めて呟く。
これまでも来客はあったが、どれも単に「リュワージュ商会に用がある」人物だと感じた。だが、彼は違う。どこにでもいそうな壮年の男だが、だからこそリュワージュ商会の客としては異質だった。
ジャンはすぐさま陰から飛び出し、男の腕を掴んで引っ張る。男は目を白黒させていたが、ノーシュの前まで連れて来られた時には冷静さを取り戻していた。
「君たちは何だ?」
怪訝そうな男に、ノーシュは告げる。
「殺しの依頼を取り下げてほしいんだ」
「……⁉ まさか、奴の仲間か⁉」
男は顔を引きつらせ、ノーシュとジャンを交互に見る。
ノーシュは慌てて首を横に振った。
「仲間って訳じゃない。ただ、諸事情で……そもそも、何で殺しを依頼したんだ?」
「言うと思うか⁉」
どうにか逃げようと視線をせわしなく動かす彼は、要求を呑む気も質問に答える気も無いようだった。ジャンは嘆息し、男の胸倉を掴み上げる。
「言えよ。理由次第じゃおいらが無償で殺してやる。まあ、殺しの依頼を取り下げてさえくれれば言わなくても良いけど……嫌だってんなら、あんたには死んでもらうぜ」
ただの脅しだったが、それを聞いた男はぴたりと動きを止めた。それから、ゆっくりと口を開く。
「分かった、話す。依頼した理由を話すから勘弁してくれ」
「よし」
ジャンが手を離すと、男は語り出した。
「あの男に騙されて、娘を奪われたんだ。だから、復讐のために殺しを依頼した」
「奪われた……?」いまいち状況が見えず、ノーシュは尋ねた。「どういうことだ?」
「……生贄として連れて行かれたんだ。あの男は雷翼会の者だった。……と言っても伝わらんか。雷翼会というのは、王都で暗躍する秘密結社で、悪魔を信奉している」
「悪魔だと⁉」ジャンは思わず口を挟んだ。「なら、おいらの倒すべき敵だ!」
男は目を丸くする。
「君は何者なんだ? この話をしても、大抵は鼻で笑われるのに……」
「そんなことはどうでも良い。どこだ、その雷翼会の拠点は。乗り込んでぶっ潰してくる」
「そこまでは知らない。王都のどこかにあるとは聞いたが……」
「そっか、ならしょうがねーな。とりあえず、あんたは殺しの依頼を取り下げてきてくれ。その雷翼会の奴は、絶対においらが殺すから」
ジャンがあまりにもきっぱり言い切るので、男はそれを信じた。
「なら君に頼もう」
そう言い残し、屋敷の門へと歩いて行く。
彼を見送ったジャンは、同じ方を見ていたノーシュに声をかけた。
「お前、受ける依頼は選べよ。悪魔に与してる奴なんて護衛するな」
「知らなかったんだからしょうがないだろ。……ってか、悪魔を信奉してる組織なんてあるんだな。何が良いんだろ」
「さあな。とにかく、悪魔に与する奴はおいらの敵だ。お前はそんなことするなよ。殺さねーといけなくなるから」
その声音は真剣なもので。冗談めかした様子は欠片も無くて。それでもノーシュはその言葉をすんなり受け入れることが出来なかった。
「何言ってるんだ、ジャン。仲間同士が殺し合うのは嫌なんだろ?」
「ああ、嫌だ。それでも…………おいまさか、お前既に悪魔と関わってんじゃねーだろうな」
「いやいや、違う違う。悪魔との関わりなんて一切無い。ただ……」
ノーシュは言葉を濁した。何と聞けばいいのか分からなかった。
悪魔がほとんどの人間にとって敵なのは間違いない。悪魔が神にかけた呪いのせいで、人間は神の恩恵を充分に受けられず、邪神の被害にあったりもする。
だが、ジャンの反応は過剰だ。そもそも悪魔は魔界に封じられているため、関わりを持つこと自体が不可能なはずだし、仮に何らかの方法で可能になったのだとしても雷翼会が本当に悪魔と関わっているかは怪しい。悪魔信仰を掲げているだけの、単なる犯罪者集団と考えた方がしっくりくるくらいだ。
「あー、そっか。説明不足だったな」
ジャンはノーシュの怪訝そうな顔に気付き、武器屋を開く前の出来事を話し始めた。




