5-6 仕返し
◇
ある村に、大剣使いの男がいた。男は弟と共に鍛練を重ねていた。
男は弟に劣等感を抱いていた。弟の方が才能がある。いずれ弟に越されるだろう。そんな思いが、常に男の中にくすぶっていた。
ある日、村に旅人が訪れた。
旅人は、村人の悩みを聞いてまわっていた。男もまた、旅人に悩みを話した。他の者が訪れない、いつも鍛練している森の奥で。
「……という訳だ。どうにか、弟より強く居続ける方法は無いだろうか」
話を聞いた旅人は、にこりと笑った。
「良い方法があるよ。天界に行けば良いんだ」
「天界?」
「教義にはこう書かれている。強者の魂は死した後天界へ至る」
「死した後……」
男は顔をしかめた。
旅人は曇りの無い笑顔で話し続ける。天界の素晴らしさを。天界へと至る具体的な方法を。
いつしか男は、「俺は天界へ至らなければ」と思うようになっていた。
旅人は男に剣を手渡す。
「この剣で自らの胸を貫くんだ。そうすれば、天界へ至りやすくなる」
「それは良い」
男は喜んで剣を受け取り、旅人と別れた。
家に帰った男は、弟に向けて遺書を書く。「天界へ行くために命を絶つ」と。それを持って再び森へ入り、旅人にもらった剣で心臓を刺した。
その剣の柄には、紋様が描かれていた。
悪魔の紋様だった。
◇
ノーシュと男は一緒に行動することにした。
男は半年ほど冥府にいるらしく、色々なことを知っていた。ノーシュは情報を貰う代わりに、魔物を倒して男を守ることになったのだ。
「たまに、まだ生きているのにここに来てしまう者がいるらしい」
男は話す。
「そういった、生者の魂はあそこに集まるそうだ」
あそこ、と言いながら指さされたのは、灰緑色の光を放つ棒だ。かなり遠く離れた位置にある。
「あの光を浴びると、生者は現世に戻される。だが、ごくまれに、それでも現世に戻らない生者の魂も存在する」
黙って話を聞いていたノーシュは、頭がこんがらがってきた。
「待ってくれ、何でそんな変なことが起きるんだ」
「大抵は、生死の境にいる場合らしい。そして……あの光の下へは、魔物が集いやすい。だから、光を浴びても現世に戻らない生者の魂は魔物の餌食になりやすいのだ」
「それって、魔物に喰われなきゃ助かったかもしれないってことだよな……」
話していると、魔物の大群がやってきた。
予定通り戦おうとしたノーシュだが、その動きが突然止まる。
「どうした」
男の問いかけに、
「分からない……けど、何故か動けない。逃げろ!」
と答えたノーシュ。
その姿が、徐々に薄くなっていく。
男は、初めて見る現象に呆然としそうになった自分を叱咤して逃げる。あの数の魔物はさすがに相手に出来ない。
魔物が、動きを止めたノーシュに跳びかかる直前。
ノーシュの姿が、冥府から消えた。
(何がどうなってるんだ⁉)
ノーシュは混乱した。
魔物が目の前まで来て、動けなくて。「ヤバい」と思った直後、視界が真っ暗になった。今も真っ暗だ。
(魔物にやられた訳じゃないよな。てか、何で動けなかったんだ?)
腕を動かすと、何か硬いものに当たった。というか、思い切りぶつけた。痛い。
声を出そうとした時、急に光が視界を覆った。眩しさに目を細める。
徐々に目が慣れてくると、その光が木漏れ日だったのだと分かった。
(森……?)
怪訝に思いながら身を起こし、混乱したままの頭で視線を下に巡らせる。
(……これ、棺? 何で……いや、死んだから当たり前か……あれ? あー、駄目だ訳が分からない)
頭を抱えた。全く理解が追いつかず、混乱が収まらない。
人の気配が複数あるが、そちらに目を向ける気になれなかった。
ゆっくりと時間が流れる。しばらくの間、誰も、何も、言葉を発しなかった。聞こえるのは穏やかな風に揺れる木の音だけ。
いつまでもそうしている訳にはいかず、顔を上げた。
目が合う。
復讐した相手……邪神討伐隊の皆と。
彼らは、示し合わせたように全く同じタイミングで口を開いた。
「ざまぁみろ!」
4人揃った声の余韻が、風に流されていく。レイスは口パクであった。
「…………何が?」
ノーシュは、それだけ言うのが精一杯だった。フィリーが不敵な笑みを浮かべ、口を開く。
「生き返らせてやったわ! 言い逃げなんて許さないんだから!」
ジャンはノーシュの前に立ち、
「この抜け駆け野郎め! 抜け駆けで力を独占した挙句、邪神の討伐まで抜け駆けしやがって! 追放された腹いせなんだろうが、許せねーから仕返ししてやった!」
と言った。ノーシュが言った「ざまぁみろ」の意図をしっかり分かっていることを示すように。
「仕返しって……」
戸惑いの声を上げるノーシュ。それに対し、アレアが答える。
「邪神討伐隊に戻ってもらう。拒否権は無いよ。邪神を倒したのはノーシュじゃなくて、邪神討伐隊だ」
「な……」
ノーシュは、「何を勝手な」と言おうとした。だがその前に、隊長が口を挟む。
「ノーシュ、本当にすまなかった。俺が……俺たちが、間違っていた。どうか、邪神討伐隊として、俺たちと一緒に教会へ帰還報告に行ってほしい」
「……」
ノーシュは唖然とした。
よく考えれば、死人に口無し。そのまま邪神討伐隊の手柄になるところだった。6人分の報奨金を、5人で分けることだって出来た。
それを、わざわざ生き返らせたという。復讐に対する仕返しとして、邪神討伐隊に戻すために。
(どこが仕返しだよ……)
全く嫌な気がしなかった。
思えば、追放された後も、「オレは邪神討伐隊だ」などと言っていた。心のどこかで、戻りたいと思っていたのかもしれない。
「……もっと嫌がってくれるかと思ったんだけど、そうでもないようね。残念だわ」
フィリーが不満そうに言った。ジャンも頷きながら、
「ノーシュほど手酷い復讐は思い付かねーよな」
などと呟く。冗談めかした口調だった。
ノーシュは溜息を吐く。
「復讐に仕返しとかキリがないだろ。この仕返しに対してオレが何かやり返したらどうするんだ」
「出来るものならやってみな」
アレアは笑って言った。隊長は頭を下げる。
「勘弁してほしい。責任は、隊長の俺にある。何かやり返す代わりに、俺を煮るなり焼くなり……」
「ごめん」
さすがに居たたまれなくなって、ノーシュは目を逸らしながら謝った。
「ってか、隊長以外は謝ってくれないんだな」
「復讐されなければ、謝ろうと思ってたわよ」
フィリーが肩を竦めて言った。アレアは苦笑する。
「どっちもどっちな気がするけどね。あーしは、ノーシュが謝るまで謝らないよ」
「それよりノーシュ、一緒に武器屋やろう」
会話の流れをぶった切ったジャン。フィリーは呆れたような顔をする。
「お話し中すみません。そろそろ、森を出て頂きたいのですが」
木陰から現れてそう言ったエフェルレメリアに、ノーシュは「誰?」と問いたげな顔をした。それを無視して、邪神討伐隊の5人は祭壇に背を向けて歩き始める。
「ほら、ノーシュも早く」
アレアに言われ、ノーシュは戸惑いながらも棺から出て歩いた。




