4-4 フィリー
目を開けると、遺跡の中ではなかった。どうやらベッドの上らしい。
フィリーは目を瞬かせ、恐る恐る左腕を見る。
(……良かった、ちゃんとある)
片腕では戦えない。戦えないと生きていけない。
起き上がろうとしたが、動けなかった。体に力が入らない。
急に不安になった。皆はどこだろう。まさか、置いて行かれたのでは。
部屋の扉に視線を移すと、その扉が開き、アレアが入って来た。
「調子はどうだい?」
「平気よ。それより……」
状況説明を求めようとすると、アレアは分かっていると言うように頷いた。
「その腕は、落ちてたのを拾って当てたらくっついた。まったく、とんでもない力だよ。もし1人で得ていたら、ほぼ不死身になっていたかもしれない」
「今回は、どんな加護? ……私は気を失ってたから、得られてないんだろうけど」
「いいや、ちゃんとフィリーも得てるよ。石板まで運んで、一緒に手をつかせたからね」
「それはありがとう」
「大したことじゃない。……得られた加護も、大したものじゃない。冷却という力さ」
「何、それ」
「試してみたけどね。どうやら水を凍らせるくらいの力しか無い」
そう言って、アレアは肩を竦めた。
「今日はゆっくり休んで、明朝に出発ってことになってる。動けるようになったら食堂においで」
「分かったわ」
作戦会議でもするのかもしれない。そう思っているうちに、アレアは部屋を出て行った。
フィリーは大きく溜息を吐いた。
(そうよ、皆が……邪神討伐隊の皆が、黙って仲間を置いて行くだなんて、そんなことしないわ)
不安になったのは、先ほどまで見ていた夢のせいだ。
家族に置いて行かれて、泣きながら追いかけて、街の人たちに嘲笑われた記憶。
占い師の多い街で、一家全員が占い師の男爵家に生まれたのに、占い師になれない落ちこぼれ。それがフィリーの評判だった。
親も兄弟もフィリーの存在を恥じた。家族で出かける時、いつもフィリーを置いて行った。
(……邪神を倒したところで、認めてはもらえないんだろうけど)
家族の中で兄だけは、既に認めてくれている。遺跡の調査中に会い、害獣に襲われそうになっていた兄を助けたのがきっかけだ。
だが、両親や弟は、未だに落ちこぼれ扱いしてくるのだ。
◇
フィリーは魔法を研究する機関に所属している。
落ちこぼれで家の恥たるフィリーでも、身分は男爵令嬢。機関に入りたいと言えばすんなり入れてもらえた。平民なら、様々な審査を受けねば入れないところである。
機関員には役割が振られる。魔法陣の研究担当者や、妖精探し担当者などだ。フィリーは遺跡探索担当者を希望した。
腕には自信があった。小さい頃から、双剣使いの師匠に教えを受けていたのだ。
家に居場所が無かったフィリーは、頻繁に屋敷を抜け出しては鍛練していた。師匠と共に遺跡に潜り、害獣退治の実践訓練もした。
だから、遺跡探索で成果を出して家族を見返すつもりだった。そのために機関に入ったのだ。
機関に所属せずに魔法陣の研究や遺跡調査をする者もいるが、最も研究が進んでいるのはやはり機関である。
かくして、機関員として遺跡探索に行くようになったフィリー。いつも1人で行って無傷で帰ってくることから、実はサボっているのではないかと噂されていた。
そう簡単に成果が出るものではない。フィリーは、噂を気にせず日々を過ごしていた。陰口を叩かれるのは慣れていると、自分に言い聞かせながら。
この日も、フィリーは1人で遺跡に行った。探索対象として新たに発見された遺跡である。
中に入ったフィリーは、害獣の多さに顔をしかめた。倒さなければ、調査どころではない。
(他にも探索担当が入ってるって聞いてたけど……)
根も葉もない噂だったのだろうか。それとも、害獣を無視して奥へ行ったのだろうか。
飛び回る害獣たちを斬り裂きながら、ゆっくりと進んでいく。
その頃、先に遺跡に入っていた探索担当者たる男は、壁を背に座り込んでいた。
落とし穴に落ち、その中に大量の害獣がいたのだ。剣を抜き応戦したが、数が多すぎた。脚に噛みつかれ、振り払うも、立てなくなってしまった。
害獣たちは目をぎらつかせ、襲うタイミングを計っている。
(ああ、僕はここで死ぬのか)
まだ握って構えていた剣が、手から滑り落ちた。カランと呆れたような音を立て、剣が地を打つ。
瞬間、一斉に害獣が押し寄せた。高い波のようなそれを、躱す術も無く。
呆然と見ていることしか出来なかった。喰い尽くされるのだと思った。
その時。
目の前に、薄桃色が広がった。
(っ⁉)
薄桃色の髪をした美しい少女が、踊るように短剣を2本振るっている。有り得ない速さで害獣が斬り倒され、少女の服が返り血で汚れていく。
呆気に取られているうちに、その場の害獣が全て倒された。
ゆっくりと、こちらを振り向く少女。それが、今まで直視してこなかった妹だと分かるまで、少し時間がかかった。
「……お兄様」
フィリーは気まずそうに声をかけた。
「こんな所で会うとは思いませんでした」
「あ、ああ……僕もだ」
兄は間抜けな顔をして、座り込んだままフィリーを見上げている。
「立ってください、お兄様」
「だが、脚が」
「そのくらいなら、立てるでしょう?」
平然と言ってのけるフィリーに、兄は目を瞬かせる。
「かなり深く抉れているのだが……」
「痛くて立てないと? 情けないですね」
「お前、兄に向かってその言い草は」
「お兄様は情けないです。だって、諦めた。戦うのをやめた。ただ、痛いというだけで」
「お前に何が……」
言いかけた兄は、口をつぐんだ。ようやく見えたのだ。返り血にまぎれて気付かなかったが、フィリーの肩や腕に大きく裂傷が走っている。そんな状態にも関わらず、戦い続けていた。剣を振るい続けていた。
今も、痛いという顔ひとつせず、淡々と話している。
「……僕のせいか」
「え?」
「その傷は、僕を庇ったせいで負ったのか」
「ええ。私一人なら、無傷で切り抜けていたところです」
フィリーは少し見栄を張った。さすがにあの数相手では、無傷とはいかなかっただろう。
兄は、壁を支えに立ち上がり、大きく嘆息した。
「フィリー、どうか僕を許してくれ」
「……お兄様は、どうしてここに?」
「ん? ……親と喧嘩して、屋敷を飛び出したは良いが当てもなく……剣術を活かすならこれが良いかと。つい最近だ」
「遺跡探索は初めてですか」
「そうだ」
「……私を、ちゃんと家族だと……落ちこぼれじゃないと言ってください。そうすれば、許してあげます」
緊張した面持ちで、フィリーは告げた。兄は目を丸くし、「そんなことか」と言うように微笑む。
「今まですまなかった、フィリー。お前は僕の、自慢の妹だ。さっきの戦いを見て心底思ったよ。僕たち家族も、街の人たちも、見る目が無かった」
◇




