表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/65

3-5 屋敷Ⅱ

「ああ、あのクッションは書庫に保管されていたんだ。先代が遺跡から発掘したものらしくて、気分を良くするって資料に書かれていたから、ノーシュ君が元気になればと思って」

 夕食の席である。

 使用人に呼ばれ案内されて来たノーシュは、言われるがまま席に着き、伯爵と喋りながら、振る舞われるままに食べていた。

「遺跡から……」

「おそらく、妖精と人間の仲が良かった頃の遺物だろう。中に入っているのは、妖精が天界から持ってきた植物らしいから」

「それも資料に?」

 ノーシュが聞くと、伯爵はこくりと頷いた。それから、ふと真剣な表情になる。

「ノーシュ君。お前にまた依頼をしたい。この屋敷の護衛を頼みたいんだ。今回は、なるべく殺さずに」

 唐突な言葉に、ノーシュは目を瞬かせた。

「……オレは今、依頼は受け付けてなくて」

「そこをなんとか。王都でも募ったのだが、誰もここには来たがらなくて」

「使用人は一緒に来たんじゃ……」

「だが、彼らは戦えない。この屋敷を守れるのは、ノーシュ君しかいないんだ」

「いったい、誰から?」

「武装して蜂起する村人から。……そういう情報が入ったんだ。いつ来るかは分からないけど」

「それが分かってるのに、この屋敷に来たのか?」

「そういう時期だからな。領地を視察して王に報告する義務がある」

「……」

 ノーシュは難しい顔をして芋を頬張った。

 出された料理が質素なのは、この領地で食糧が不足しているせいだ。伯爵の話では、税の徴収が滞っているらしい。

 日照不足による飢饉が起きているのだ。

「っ……はぁ、はぁ……」

 ノーシュは息を乱し、拳を握りしめた。考えていると気分が悪くなってきたのだ。

 クッションは部屋に置いたままだった。食事と聞いて、匂いのする物を持って行くべきではないと判断したためである。

「ノーシュ君……まだ本調子じゃなかったか」

 伯爵は使用人を呼び、ノーシュを部屋に運ばせた。



『落ち着いたかい、ご主人』

「ああ」

 ノーシュはクッションに顔をのせ、ぼんやりと答えた。

『で、どうするつもりだい?』

「どうって?」

『この屋敷に、武装した人間たちが攻めて来るんだろう?』

「……」

 ベッドにごろんと転がり、ノーシュは欠伸をする。

「知らない。おやすみ」

『えっ……』

 スーロが困惑の声を漏らすのを無視し、ノーシュは寝た。





 翌朝、伯爵はノーシュのいる部屋を訪れた。

 そして、勝手に話し出した。

「ここは、邪神のいる場所に近い。その割に、護衛を雇うための報酬をあまり出せなかったんだ。それでも行きたがる物好きがいてくれれば良かったんだが……残念ながら、いなかった。……私はここの領民から、何の対策もせず税だけ求める悪徳貴族だと思われている。彼らは必ずこの屋敷に討ち入る。私を殺し、屋敷の金品を奪うために」

「……」

「だから、もし……どうしても、依頼を受けられないと言うのなら。早くこの屋敷から逃げるんだ」

 そう言い残し、伯爵は部屋を出た。

 ノーシュは困ってしまった。屋敷を守る気も起きないが、屋敷から出る気も起きない。

「スーロ、どうしよう」

『その匂いを嗅ぐのをやめてみれば? 何か変わるかもしれないよ』

「嫌だ。気分が悪くなるだけだから」

『ご主人なら、きっと大丈夫さ。気分が悪いのにも慣れて、普通に過ごせるようになる』

「えぇ……? そんなの……」

『その方が、今の状態よりはずっと良い』

 断言するスーロ。そのいつになく強い口調は、ノーシュの心に響いた。

「そうか……スーロがそこまで言うなら、試してみる。無理だったら責任とれよ」

 ノーシュはクッションをベッドに置いて、部屋を出た。廊下を散歩し、階段を上ったり下りたりしていると、伯爵とばったり出くわした。

「ノーシュ君……」

「フォルン伯爵。今ちょっと、試してる最中で」

「何を?」

「クッション無しで過ごせるか。だから、依頼についての返事はもうちょっと待ってほしい」

「ああ。待つとも」

 そう言って微笑み、伯爵は書斎へ向かった。



『どうだい、ご主人』

「今の所は何ともないけど……」

 大きな時計を見上げ、ノーシュは溜息を吐く。まだ30分しか経っていない。

 ロビーに立ち、扉を見つめた。鍵をかけ閉ざされた、外へ続く扉。中からなら容易に鍵を開けられる扉。

 外へ出ようかと思うと、めまいがした。

 近くの階段の手すりにもたれ、大きく息を吐き出す。あの匂いを嗅ぎたくなってきた。

「中毒性でもあったのかな……」

『それは無いと思うよ。何しろ天界の植物だ』

「理由になってない」

 もう一度、扉を見る。

「……討ち入ってくるのは、正面からかな。だとすると、あそこから……」

 そう呟くと、急激に気分が悪くなった。

 その場にへたり込みながら、息を整えようとする。

「はぁ、はぁ……変、だな……これじゃ、まるで、戦うのが嫌、みたいじゃ、ないか」

『ご主人?』

「嫌な訳が無いんだ……そうだ、オレは……うぅ……」

 手すりを握る手に力を込め、立ち上がろうとした。腰を浮かすが、そこで力尽きてしまう。

『ご主人!』

「……聞こえてる」

 目を閉じたまま返事をし、ノーシュは嘆息した。

「そうか、あの匂いは……オレの記憶を、曖昧にしてたんだな……」

『ちゃんと思い出せたのかい?』

「いや、まだ少しだけど……オレが変だったのは分かった」

『じゃあ……』

 スーロが何か言いかけた時。

 遮るように、爆音が轟いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ