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1-1 選ばれし者たち

 金褐色の髪を揺らし、少年は走った。目的地である教会を前にして、居ても立っても居られなくなったのだ。

 16歳になったばかりのその少年の名は、ノーシュ。歳の割に落ち着きが無く、今もこうして教会に勢いよく駆け込んで、止まり切れずに長椅子の背もたれにぶつかった。

「痛ってえ……」

 ノーシュは呟きながら、天井を見上げた。

 遥か高い位置に、天界の様子が描かれた丸い絵が飾られている。そこからぶら下がるシャンデリアは繊細なガラス細工で装飾されており、光を受けて虹色に輝いていた。

 そそっかしいノーシュを苦笑しながら見守るような、温かい輝きだ。

 壁には色鮮やかなステンドグラスの窓がある。神話の主要な場面が抽象的に描かれたものだが、ノーシュはそれらが何を表しているのか知らなかった。

 祭壇の前に、20人は座れそうな長椅子が10列並んでいる。ノーシュがぶつかったのは、その最後列だ。

 座っている人は、最前列に1人だけ。

 肩までかかる緑髪の、ノーシュと同年代の少女である。

「君も邪神討伐隊に選ばれた人?」

 ノーシュのよく響く声に、少女はびくりと振り返った。そして頷く。どこか恐々と。

「オレはノーシュ。君は?」

「わ、わたしは、レイスです……」

「……そんなに怯えなくても」

 ノーシュは少し傷つきながらも、レイスに近付いていく。

 レイスは慌てて

「違うんです!」

 小さな声で主張した。

「わたし、人見知りで……3人以上を相手に喋れないほどで……」

 その時、また1人教会に入って来た者がいた。


「よっす! おいらはジャン! よろしくな!」


 朗らかな青年だ。身の丈ほどもある槍を背に負っている。

 ノーシュは名乗り、ついでにレイスも紹介した。ジャンは2人の様子を眺め、首を傾げる。

「2人は知り合いか?」

「いや、さっき会ったばかりだ」

 答えるノーシュの後ろで、レイスは長椅子の陰に隠れようとしている。

「……2人相手なら喋れるんじゃないのか?」

 ノーシュが声をかけると、レイスは小声で

「一応は……」

 と言った。

 ジャンは呆れたような顔をする。

「おいおい、そんなんで務まるのかよ」

「ひっ……す、すみません……」

「まあ良いや。選ばれたってことは戦えるんだろうし。武器は?」

「……鞭です」

「うわ、似合わねー」

 そう言って、ジャンはケラケラ笑った。馬鹿にしている訳ではないのだが、そう取られてもおかしくない様子で。

 レイスはますます縮こまり、ノーシュは苦笑した。

「デリカシー無いな」

「っと、悪い。よく言われるんだ。ごめんよ、レイス」

「いえ……自分でも、似合わないとは思ってるんで……」


 そんなレイスを見ながら、ノーシュは考えた。逆に、レイスに似合う武器は何だろう、と。

(……駄目だ、全然ピンとこない)

 武器自体が、レイスに似合いそうにないのだ。怯えて隠れている様子からは、とても戦えそうには見えない。


「ノーシュは? って、見れば分かるか。剣だな?」

 ジャンに言われ、ノーシュは我に返った。

 腰に剣を佩いているから、そう思われたのだろう。確かに剣も使うのだが、他の武器――具体的にはチャクラムも持ってきていた。

「いや、オレは……」

 否定しかけた時。


「おー、皆早いね」

「やっほー。私はフィリー、こっちはアレアよ」


 大きな鞄を提げた女と、腰の両側に短剣を差した少女が教会に入って来た。

 アレアは赤い短髪で、背が高く豪胆な印象。この中では一番歳が上に見えるが、20歳にはなっていないだろう。

 フィリーの髪は薄桃色のセミロングで、ゆるくウェーブがかかっている。アレアの隣にいるせいで、実際よりも小柄に見えた。

 ノーシュとジャンは名乗ったが、レイスは無言で縮こまっている。本当に話せないらしい。

 ジャンはそれぞれの得物にばかり興味を示すようで、

「へえ、フィリーは双剣かー。アレアは? その鞄の中?」

 などと言っている。

 アレアは肩をすくめて鞄を開けた。中から取り出したのは、斧だ。


「2人は一緒に来たのか?」

 ノーシュがフィリーに尋ねると、

「そうよ」

 と答えが返ってきた。

「途中で会って、私の方が王都に詳しいから案内してきたの」

「フィリーは王都在住?」

「違うわ。私は近くの街に住んでて……占い師をよく輩出してる街よ」

「ああ、それで」

 ノーシュは納得した。

 フィリーの言う街と王都は太い街道で繋がっており、馬車がよく行き来している。距離もあまり離れていないため、買い物や娯楽のために街から王都へ出向く人も多い。

「ノーシュは?」

「一応、住んでることになるかな。借家暮らしで傭兵やってるんだ」

 この国や周辺諸国では、日雇いの護衛や暗殺者などもまとめて「傭兵」と呼ばれる。貴族や学者に雇われて遺跡の調査に赴く者も「傭兵」だ。


「……む。俺が最後か」


 言いながら教会の扉を後ろ手で閉めたのは、大剣を背負った、アレアと同じくらいの歳の男だ。

 邪神討伐隊の人数は6人、と事前に知らされていたため、最後の1人だと分かったのだろう。

 彼らのもとへ教会からの使者が訪れたのは2週間ほど前だ。使者は、邪神討伐隊について説明し、参加を求めた。断られれば補欠の者に声をかける予定だったが、6人とも快諾したのである。

 邪神とは、「天界に住まう神々は、人間の住む下界に干渉しすぎてはならない」というルールを破った神だ。このルールを破るだけで邪神に堕ちるので、他の神が下界にとどまる邪神を倒すことは出来ない。

 邪神がただ存在しているだけでも、不作、疫病、災害が頻発するようになる。その範囲は、最初はとても小さいが、徐々に広がっていく。だから被害が拡大しないうちに倒すべきだ。しかし、今回の邪神が現れてから——この国の神々のうち一柱が邪神に堕ちてから、もう何年も経っている。教会の把握が遅れたせいだ。


 ノーシュとフィリーが名乗り、他3人も紹介すると、男は気まずそうな顔で口を開いた。

「すまない、覚えきれなかった。どうも人の名前を覚えるのが苦手でな」

「そのうち覚えられるわよ。それで、あなたの名前は?」

 フィリーが言うと、男はますます気まずそうな顔になる。

「……名乗れない。村のしきたりで」

「どんなしきたりか聞いてもいいか?」

 ノーシュが尋ねる。男は頷き、

「結婚するまで、家族以外の人に名乗ってはならない……というしきたりだ」

 と言った。フィリーは首を傾げる。

「じゃあ、何て呼ばれてたの? 誰それの息子、とか?」

「ああ、そんな感じだ。だが、その呼び方を村の外で口外してはならない、というしきたりもあって……」

 男は心底困った顔をした。


「じゃあさ、隊長で良くね?」


 アレアとの話を切り上げて、ジャンが言った。

「どっちみち、リーダー決めなきゃだろ? 隊長になれば隊長って呼べるから、名乗れなくても大丈夫って寸法。どうよ」

 名案だろう、と自慢げに言うジャン。アレアは隣で

「異議なし! 呼び方を考えるのも面倒だしね」

 と笑っている。

「私も別に良いわよ」

「オレも。レイスは?」

 フィリーとノーシュが言った。レイスは自分の殻に閉じこもっているのか、全く反応しない。

「隊長か……俺に務まるだろうか」

 男は不安そうに呟いたが、ジャンは

「全会一致で決定だな! 今からあんたが隊長だ」

 と言った。

「……よろしく頼む」

 隊長となった男は不安げな顔のまま頭を下げた。


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