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シンデレラになりたい私の話  作者: 毬谷 朝一
序章
7/35

第7話

 




「痛い…痛い、お母さん、やめて」



 その部屋は古く狭く乱雑に物が散らかり、壁には虫が這っていて、脇にはゴミ袋が高く積まれていた。

 暗く日当たりの悪い部屋でろくに掃除もされていないのか、埃がたまりどこかカビ臭かった。



 汚く小さな部屋の隅には小さな女の子が頭を手で庇い、震えながら蹲っている。微かに声を発する少女は痩せていて、満足に食事や水を取っていないのか、薄く弱々しい声をしていた。

 少女の前には、薄汚いノースリーブの下着を付けた女が立っていた。その女は、蹲る少女の手の甲に火のついたタバコを押し付け、ドスの効いた声で少女を怒鳴りつける。



「あんたなんか、産まなきゃよかった!あんたがいなければ、今頃あの人は私のそばにいたはずなのに!」



 女はヒステリックに叫びながら少女を蹴りつけ、タバコをグリグリと強く押し付けた。

 少女は小さな悲鳴をあげ、さらに体を縮こまらせる。



「あんたのせいで、あんたのせいで、あんたのせいで……!!あたしが今こんな生活をしているのも全部あんたのせいよ……全部あんたが悪いのよ……!!」




 少女の体は醜い傷跡で覆われていた。


 美しく整っていた顔は重点的に殴られ、腹や胸の見えない部分は打撲で黒く腫れている。背中や腕はタバコの火を押し付けられたあとが無数につき、肩には熱湯をかけられた火傷のあとがまだ痛々しく残っていた。



 少女は毎日死にたくて死にたくてたまらなかった。




 少女はある日、街の小さな図書館に行った。


 母の機嫌を損ねないために部屋を出なければいかなかったが、ほかの場所だと詮索され、それに怒った母にもっとひどいことをされる。少女の生活圏内でいちばん安全な場所は、その小さな図書館だった。



 少女はいつものようにテーブルに座って本を読んでいた。



 少女は本を読む度に広い世界を感じ、知識が広がることに感動した。

 少女の小さな箱庭では知ることのなかった世界で、少女はこの世界の知識をどんどん知っていった。少女は本が、勉強が大好きだった。



 そして少女はある日、ひとつの絵本に出会った。


 題名は「シンデレラ」。



 家族に虐められる可哀想な女の子が、やさしい王子様に見初められ幸せになる優しい物語。



「……いつか、私にも王子様が来てくれるかなぁ」



 少女はその日から王子様を探していた。



 自分だけの優しい王子様が助けてくれることをずっと待っていた。




 ある時、図書館から帰った少女はいつもと母の様子が違うことに気づいた。

 できるだけ刺激しないように、そうっとドアを閉めたつもりだったが、パタン、と小さな音が鳴った。



 薄暗く静かな部屋で立っている少女の母は、背をぐるりとまわし、少女の方を見た。

 少女にゆっくりと近づいていく女の手には、大きな包丁が握られていた。



 少女の腹に今まで感じたことの無い激痛が走り、少女は意識を手放した。





 気がつくと、少女は知らない場所にいた。


 白い壁に白いベッド、見慣れない服、激痛が走る腹に白い包帯が巻かれているのを見て、少女はそこが『病院』というところであることを知った。



 少女の母とは、二度と会うことは無かった。




 その後少女は遠い親戚の家に引き取られた。


 そこでは暴力こそ受けなかったが、まるでそこに居ない、空気のような扱いを受けた。



 必要最低限のお金しか用意されず、少女は自分が生活するために家事を、少しでも学費の浮く特待生を目指し勉強を、美しかった少女は身を守るために鍛錬をしていた。


 少女は毎日、生きるために必死だった。



 優秀だった少女には友達がいなかったが、それを気にする暇もないほど忙しかったので、別段気にしていなかった。




 そして冬の寒い日、学校から帰る途中で不審者に襲われて死んだ。一度目に刺された時の記憶は、彼女の体を縛り付けていた。



 王子様は、少女を助けてくれなかった。





 ────────────────────



 私はゆっくりと目を覚ました。



 何だか夢を見ていた気がする。



 意識が覚醒すると、途端に体中に激痛が走った。

 痛みを堪えながら目を開くと、いつもの部屋と違う白い壁が目に入る。


 私の体はふわふわの布団にくるまれている。よく見ると全身丁寧に包帯も巻かれているようで、傷の手当がされているようだった。



 状況がいまいち把握できずに戸惑っていると、私のいるベッドの横に人が座っていることに気づいた。



 金髪に緑目の優しい雰囲気を纏った若い少年と、茶髪に薄紅色の目の凛とした雰囲気の女性が私の方をじっと心配そうに見つめている。

 2人に共通することは、どちらもシンプルだが質の良さそうな服を着ていること、そして……目の隈と顔色が凄いことになっているということ…少し…いや、とても怖い。



 私が起きたのに気づくと、2人はあわあわと立ち上がり、バタバタと外に出てなにか騒ぎはじめた。



 ……いや、騒ぎすぎではないだろうか。


 あっ、転んだ。






 その後、たっぷりと髭を蓄えたおじさまに体の傷をみてもらった。喋っていいのかわからなくてずっと黙っていたが、ほとんどおじさまと茶髪の女性が話を進めていた。



 おじさまが部屋を出ていくと、部屋の中には私と、金髪の少年と、茶髪の女性のさんにんだけになってしまった。先程までたくさんの人の出入りがあったのに、目の前に座るふたりが全員追い払ってしまった。とても気まずい。沈黙が流れ続ける。



 しばらく3人とも黙っていたが、ようやく茶髪の女性が口を開いた。



「……さて……まずはあなたの知らない場所に連れてきたことを……謝ります。あなたが……賊に襲われたことは覚えていますか」



 茶髪の女性は一つ一つ選ぶように言葉を紡ぐ。



 水を飲んでいないかさかさの喉が張り付いていて上手く声が出せなかったが、聞かれたことに答えないわけにはいかない。



 はい、とカサカサにひび割れた声で答えると、上手く喋れないことに気づいたのか、少年が慌てて水を差し出してきた。


 ゆっくりと水を飲みながら女性の話を聞いていると、私はどうやらあの男たちを全員倒したらしかった。朦朧としていたのであまり覚えていないが、刺されながらも必死で戦っていたのは覚えている。



 何が目的だったのかは話されなかったが、別に興味もなかった。それより私は、あの紅い剣がどこに行ったのかが気になっていた。




「……その剣なら……」



 尋ねると、少年は怪訝そうに女性と顔を見合わせると、私のバングルを指さした。



「そのバングルに吸い込まれていったから、ああそういう仕様なのかと思っていた」




 ……サラから何も聞いてないんだよなぁ。

 魔法がかかっているらしいけど、後で検証が必要ですね。



 金髪の少年は、私の方をじっと見つめると、ためらいながらゆっくりと口を開く。



「私達は……君に謝らなければならない。」



 悲痛な表情で何を言うかと思えば、この人達は私に何を謝るというのだろう。


 怪訝そうに見つめると、少年と女性は居住まいを正した。



「私の名は……マリア。この国、キタルファ王国の王妃で、あなたの母親、ソフィア様とこの国を治めていました。」



「……ソレイユです。君にとっては異母兄になる。私達のことを見るのは、……今日が初めてだね。」




 そう言えばそうだ。いくら迫害されていようと、話を人づてに聞くことくらいはあるだろうに、私は1回も兄や王妃のことを聞いたことがない。もちろん見るのも初めてだ。



「これから話すことは全部真実だと約束します。……全て聞いて、私たちを許さなくても構わない。」



 マリアと名乗った茶髪の女性は、私に手のひらを上に向けるように言った。

 素直に手のひらを上に向けると、マリアとソレイユはそこに手を重ねた。



「……誓約。ソレイユ、マリア両名はライラに全て真実を語ると誓う。そこに嘘が混じらぬことを誓う。誓約を違えた場合、ソレイユ、マリア両名の小指を切り落とす。」



 小指を切り落とす?



 物騒な言葉にぎょっとするも、マリアは気にした様子もなく言葉を続けた。



『誓は日向 罰は日陰 オオデマリの根に血を スミレのもとに火を 』



 マリアの発する言葉は歌のようで、違う言語で唱えているようにも聞こえた。

 マリアが唱えていると、その手に複雑な紋様が刻まれていく。



 唱え終わると、マリアの手には花のような鎖のような紋様が刻まれていた。



 何が起こったのかわからないまま目を白黒させていると、彼女は苦笑して言った。



「これは〝誓約〟の祝福です。少し痛いですが2、3日で治りますから心配はいりませんよ、お得な祝福です。私達が嘘を言うと小指が落ちるだけですから。」




 そう言うと、彼女はゆっくりと話し始めた。



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