7話 ネルと学校へ
正門前に生徒が集まって登校している姿が見える。
「キュァ キュァ」
「鳴くなよ。鳴いたらダメだからな」
そう言って玲はボストンバッグのチャックを全て閉めて、ネルを隠す。
そして自転車置き場に自分の自転車を置いて、ボストンバッグを手にもって教室へ向かう。
自分の席に座り、自分の足の下にボストンバッグを隠す。
どうしてもネルのことが気になって、自分の荷物置き場にボストンバッグをおくことができない。
陸が登校してきて、自分の鞄を机の上に放り投げると、玲の対面の席に座る。
「今日はボストンバッグなんて持ってきて珍しいな」
「……うん、家でちょっとね……」
「あれからも夢の中で異世界に行ってるのか? ……可愛い女子とイチャついてるのか?」
「彼女とは毎晩のように会ってるけど……別にイチャイチャはしてないぞ」
「お前の夢の中の妄想も広がり続けているようだな……何と言っていいやら」
陸は呆れたような顔をして玲のことを見つめる。
別におかしくなったわけじゃない。
今日はボストンバッグの中に証拠が入っている。
「今日は昼休憩、校舎裏で食べていいか?」
「あんな人のこない所で弁当を食うのか? 俺はかまわないけど……なんか変じゃねーか?」
「陸にあるモノを見せたいんだ。だけど人目につきたくない。陸だけにみせたいんだ」
「俺に見せたいもの? ……わかった付き合ってやるよ」
そう陸は玲と約束して、自分の席に戻っていった。
幸いにも、授業中でもネルが鳴いたり、騒ぐことはなかった。
ボストンバッグの中で眠っているようだ。
◇
昼休憩を知らせるチャイムがなり、生徒達はそれぞれに移動を始める。
玲もリュックを背負って、ボストンバッグを持って、陸と一緒に校舎裏へと向かう。
校舎裏には何もなく、ただの更地となっている。
玲と陸は適当に座れる場所を選んで、弁当の包みを開ける。
そして玲は自分が食べる弁当とは別に、ウインナーだけが入っている弁当を開ける。
「玲……今日は良く食べるんだな。お前ってそんなにウインナーが好きだったけ?」
「俺が食べるんじゃない。ネルが食べるんだ」
そう言ってボストンバッグのチャックを開いて、眠っているネルをボストンバッグから出す。
ボストンバッグから出てきたネルを見て、陸が大きく口を開けたまま、驚きで声が出なくなっている。
「キュァ キュァ」
ネルは大きなパッチリとした目を開き、ピョンピョンと跳ねまわって、ウインナーの弁当から1本のウイ
ンナーをくちばしで取り上げて、一気に丸のみする。
そして翼を広げてて喜んでいる。
「キュァ キュァ」
「これは異世界の竜なんだ。名前はネル。俺に付いて来ちゃってさ。……それで陸にも見せようと思って校舎裏に来たんだ」
「ドラゴン……ドラゴンが目の前にいる……あり得ん……俺も夢をみているのか?」
「これは現実だっつーの。俺も陸も寝てねーし……陸は正気だよ」
陸はまだ目を丸くして信じられないモノを見るようにネルのことを、ジーっと見続けている。
まだドラゴンだということに疑問をもっているようだ。
「キュァ キュァ」
ネルがウインナーを食べて、機嫌が良いのか「ボーー」っと口から炎を吐いた。
「わー火を吐いたじゃん……マジか。マジでドラゴンなのか。俺、ドラゴンって初めて見たぜ」
やっと陸が元に戻って、ネルを見て焦っている。
俺も陸の立場だと、信じられないところだろう。
ネルが炎を吹いたことで、やっと実感がわいたに違いない。
「ネル……炎を吐くのはダメだよ」
「キュァ キュァ」
「ネルと玲は会話しているようだが、通じているのか?」
「……それは俺にもさっぱりとわからない。授業中、静かにいてくれて良かったよ」
「玲も後先を考えずに学校によく連れてきたな」
陸は呆れ顔で玲を見る。
仕方がないじゃないか……家には誰もいないしさ。
ネルの面倒をみる者もいないんだから。
玲は自分の弁当をネルに取られそうになったので、慌てて弁当に箸をつけた。
陸も驚きが収まったのか、自分の弁当を食べている。
ネルは玲と陸の間を機嫌は良さそうだ。
「これは確かにドラゴンだ……本当に寝ている間に異世界に行ってたんだな」
「これで信用したか?」
「……おう」
弁当を食べ終わり、リュックの中へと片付ける。
するとネルが玲の脚の上に載って、頭をなでてほしそうにしている。
玲もネルの頭を優しくなでてやると、気持ちよさそうに目をつむっている。
「お……俺も触っていいか?」
「いいぞ。人懐っこいから、すぐに慣れるよ」
陸は弁当を仕舞って、玲の隣に座り直して、ネルの頭をなでる。
「ドラゴンだ……やっぱりドラゴンだ……すげー!」
「もうこれで俺の言っていることが妄想でも夢でもないと信じてくれたか」
「ドラゴンを見せられると納得するしかないな……異世界ってあるんだな……妄想じゃなかったんだ」
文芸部で小説を書いているのに、現実主義の陸のほうが変わっていると玲は思う。
「ファンタジー小説って、いつも頭の中でのイメージだからさ。実際に出会うと実感するな。これで俺も実感の出るファンタジー小説が書けそうだ」
陸は嬉しそうに笑みを浮かべてネルの頭をなで続ける。
ネルも陸に安心したのか、玲の膝から陸の膝に飛び移る。
あっという間に昼休憩が終わるチャイムが鳴り響く。
玲はボストンバッグの中へネルを入れて、チャックを閉める。
「ネル……鳴いたらダメだよ。炎もダメだからね。良い子で寝てるんだよ」
ボストンバッグの中から鳴き声が止まった。
わかってくれたようだ。
ネルは本当に頭が良いのかもしれない。
陸と2人で大急ぎで自分達の教室へ戻った。
◇
放課後のHRが終わり、クラスメイト達もそれぞれ帰っていく。
陸は文芸部へ行くそうだ。
玲は美術部に入っているから、部活にも行きたいが、今日はネルを連れているので断念する。
ボストン鞄を自転車のカゴに入れて、リュックを背負って家路へ向かう。
家に帰ると瑠香のほうが先に学校から帰ってきていた。
テーブルの上にはウインナーが皿に山盛り焼かれている。
玲は椅子の上にボストンバッグを置いて、チャックを開けると元気よくネルが飛び出してきた。
そして、テーブルの上のウインナーを見て嬉しそうに鳴く
「キュァ キュァ」
「赤ちゃんはすぐにお腹減るもんね、いっぱいウインナー食べていいからね」
瑠香はそう言って優しい目をしてネルの頭をなでる。
ネルも気持ちよさそうにしている。
すっかり瑠香はネルのことが気に入ってしまったようだ。
竜といっても翼がついているだけのトカゲだぞ……どうして扱いが違うのだろうか。
「今日の夜にはネルは元の洞窟へ連れて戻るからな……現実世界で飼うことはできないぞ」
それに現実世界でネルを飼うと、亜美が異世界で悲しむことになる。
それだけは避けたい。
亜美もネルのことをすごく大事に思ってそうだから。
「そういえば、お兄ちゃん……どうやって異世界へ行ってるの?」
「それが俺にもわからないんだ。寝るとすぐに異世界の洞窟に立ってるんだよ。元の世界へ戻る時は洞窟の中で眠ればいいだけ……」
「私も異世界へ行ってみたいけど……無理そうだね……」
「異世界と言っても洞窟の中で、ネルの他には誰もいないぞ」
本当は亜美がいるけど……瑠香には内緒だ。
どういう反応をされても困ったことになるに違いない。
「それじゃあ、夜にネルを抱いて寝るの?」
「そういうことになるな。瑠香のことは抱っこしないぞ」
「別に私も玲兄ちゃんに抱っこされながら寝たくないわよ」
女子として健全な答えが戻ってきてよかった。
一緒に寝ると言われても対処に困る。
「それじゃあ、夜中にネルを洞窟へ返すまで、私と遊んでてもいい?」
「あまり部屋の中でも騒ぐなよ。父さんと母さんに見つかると大騒ぎになるに決まってるから」
それを聞いた瑠香は、嬉しそうに満面の笑みを深めた。