6話 ネルが付いて来た
すっかり亜美と玲に懐いてしまったネル。玲はネルを膝の上にのせて、洞窟の壁にもたれかかる。
亜美は恥ずかしそうにしながら、玲の隣に座ると、玲の肩に頭を置いて寄り添う。
ネルのことで騒ぎ過ぎたけど、もう仮眠をとる時間だ。
まぶたが重い。
亜美も眠そうに、まぶたを閉じて軽く寝ているようだ。
規則正しい寝息が聞こえてくる。
「キュァ キュァ」
ネルが眠たそうな玲を見て、可愛い声をあげる。
そういえばネルは生まれた時から何も食べていないが大丈夫なのだろうか。
この世界の住人ではない玲には竜の育て方などわからない。
そんなことを考えているうちに、段々とまぶたは閉じていき、玲は眠りの中へと落ちていった。
◇
「キュァ キュァ」
現実世界へ戻ってきたはずなのに、なぜかネルの声が聞こえる。
玲はベッドの中でもぞもぞとしていると、ベッドの上で小さく歩きまわるネルが見える。
「え!」
ネルを見て、慌てて飛び起きた玲は頭を抱えた。
そういえば、亜美もノートと筆箱を異世界へ持ち込んでいたっけ……
玲がネルを抱いて眠れば、逆の現象が起きてもしかたがない。
これは相当にヤバい状況。
早くネルを隠さないと家中がパニックになる。
妹の瑠香が玲を起こしに来る前に、玲は素早くクローゼットの中へ隠そうとするが、ネルがベッドの上をピョンピョン跳ねて捕まらない。
「玲兄ちゃん朝だよ……何? これ、可愛い!」
妹の瑠香が玲を起こしに部屋に入ってきてしまった。
ベッドで跳ねまわるネルを見て、瑠香が喜声をあげる。
竜の赤ちゃんは女子から見て可愛いものなのか……
「玲兄ちゃん、このトカゲ、どこから拾ってきたの? 背中に翼が生えているようだけど……竜じゃないわよね……竜なんて有り得ないし……外国産のトカゲ?」
何と説明すればいいのかわからない……うう……嘘のつきようがない。
「実は誰にも内緒だぞ。この竜は異世界の竜だ。お兄ちゃんについて来ちゃったんだ」
「へえ……異世界の竜ね……お兄ちゃんが寝ている時に一緒に来ちゃったのね」
異世界の竜と聞いても、瑠香は全く動揺せずに玲の話を聞いている。
そのことに違和感を感じるが、今は助かったという気持ちのほうが大きい。
瑠香は嬉しそうにベッドに座って、ネルの頭をなでている。
ネルも瑠香に懐いたようだ。
「超可愛いですけど! このまま家で飼うことはできないのかな!」
「それは無理だよ。父さんと母さんに見つかってみろ。家中がパニックになるぞ」
「そうよね……竜なんてあり得ないもんね……私は見ちゃったけど」
なぜ、ネルのことも、異世界のことも瑠香が動揺せずに信じているのかはわからないが、両親にネルをみせるのだけはマズイ。
「私、ネルちゃんにウインナーを焼いてくるね。食べるかもしれないし……」
そう言って瑠香は玲の部屋を出ていった。
「ネル……妹には見つかっちゃったけど……この部屋から出るなよ」
そう言ってネルをベッドの上に残したまま、玲は顔を洗うためと、朝食を食べにいくために部屋を出る。
玲が顔を洗面所で顔を洗って、髪の毛をセットして、ダイニングへ向かうと、瑠香が弁当袋を2つくれた。
そしてテーブルの上には玲の朝食と、ウインナーだけを盛った皿が載せられている。
「早く朝食を食べちゃって……私、ネルちゃんにウインナーをあげたいの」
瑠香は玲と対面の席に座って、ウキウキとした笑顔を浮かべている。
相当にネルのことを気に入ったらしい。
「早く食べないと私だけでネルちゃんにウインナーを食べさせちゃうけどいいの?」
それは困る。ネルが何を食べるのか玲もしらない。
ウインナーは食べるのだろうか。
瑠香が少し真剣な顔になって、玲の顔を覗きこむ。
「玲兄ちゃんが異世界に行ってるとは思ってなかったよ……寝る時に外着だからおかしいなと思ってたんだけど……まさか異世界なんて……瑠香も一緒に異世界へ行けるの?」
夜中に外着に着替えて、ベッドに潜り込んでいたことがバレてたのか。
ちょっと不注意だったかもな。
「なぜ瑠香が俺が寝ている時に、部屋に入ってきてるんだ?」
「それは……この間、暇でちょっと覗いただけよ……玲兄ちゃんの部屋を毎日覗いたりしてないわよ」
「このことは父さんと母さんには内緒な……頼む」
「わかったけど……今度、理由をきちんと説明してね」
「……うん」
寝ている間に異世界へ行ってしまうようになったことだけ説明すればいいだろう。
瑠香は『スピーカーJacks』の大ファンだ。
亜美のことは絶対に内緒にしよう。
これ以上、騒ぎを大きくしたくない。
玲は早めに朝食をすませて、瑠香がウインナー盛った皿を持って、2人で玲の部屋へ向かう。
「ネルちゃん、ウインナーだよ。食べるよね」
そう言って、瑠香がベッドの上にウインナーを盛った皿を置くと、ネルが跳ねてきて、鋭いくちばしで、ウインナーを挟んで丸のみにする。
そして、ウインナーのことが気に入ったのか、ウインナーを1本1本食べていく。
「キュァ キュァ」
嬉しそうに鳴くと、「ボー」っと口から火炎を吐き出す。
それを見て瑠香が目をまくるして慌てて飛びのく。
「ダメだぞネル。火炎を吐くのは禁止。わかった?」
「キュァ キュァ」
返事だけはいいのだが、本当に会話が成立しているのだろうか。
「今、炎を口から吐いたよ……本物の竜だったんだ……」
妹よ……お前から見てネルはどんな生物に見えていたんだ?
ネルはあっという間にウインナーを食べきって上機嫌で、ベッドの上を跳ねまわっている。
そして瑠香に頭をなでてもらって嬉しそうだ。
「瑠香……制服に着替えなくてもいいのか? お前が遅刻するぞ」
「あ……忘れてた。ネルちゃん、また遊ぼうね……私、着替えてくる」
慌ただしく、玲の部屋を出ていく瑠香。
俺もそろそろ学校に行かないとヤバい。
ネルをどうしたらいいのだろう……家に置いていくのも不安だ。
仕方なく、ネルを学校指定のボストンバッグに入れて、チャックを少しだけ開けておく。
少し開いた隙間からネルが顔をだして、目を輝かせている。
「キュァ キュァ」
もう時間が残り少ない。
玲は自分の部屋からでて、玄関へ急ぐ。
その姿を見た瑠香が驚く。
「玲兄ちゃん……ネルを学校へ持ってくの?」
「仕方がないだろう……家に置いていくのも不安だしさ」
「うん……そうだね。玲兄ちゃんに任せるよ。お弁当2つだけは忘れないでね。1つはネルちゃん用だから」
「ありがとう」
テーブルの上に置いてあった弁当袋を2つ持って、リュックに仕舞う。
そして玄関から外へでて、ママチャリにボストンバッグを入れて、リュックを背負って自転車に乗る。
「キュァ キュァ」
ネルは外の景色が珍しいらしく、目を輝かせて一声鳴いた。