38話 ストーカー
しばらくして『スピーカーJacks』亜美の卒業が正式にマスコミに発表された。
各マスコミはソロデビューかと問いかけたが、亜美は「引退です。普通の大学生に戻ります」と答えていた。
そして『スピーカーJacks』には亜美の補充として4人のメンバーが加わり10人のユニットとなることが正式に発表された。
亜美の引退コンサートが3月の末日と発表され、チケット販売1時間後にはソールドアウトになった。
スクープを狙っていたマスコミや記者のカメラマン達は、徐々に姿を消していき、玲の近くに張り込んでいた人数も徐々に減っていった。
そして張り込んでいる人達は誰もいなくなった。
今の亜美は忙しく、引退コンサートに向けて歌とダンスのレッスンに集中している。
しかし、芸能プロダクションの寮に戻ってくると、里緒菜と一緒の部屋には居らず、玲の家で過ごしている時間のほうが多い。
玲の部屋のほうが今では落ち着いて、リラックスすることができるのだそうだ。
里緒菜は亜美がいなくなったのを寂しがっていると思っていたが、1人部屋になったと喜んでいるそうだ。
『スピーカーJacks』の他のメンバーは亜美の引退で人気が急落することを恐れていたが、補充要員も増えて、また人気も高まりそうな気配に皆が喜んでいるという。
窓を開けて、夜風を入れる。
まだ肌寒いが田舎にいる時よりも温かい。
夜空には満天の星が輝いているが、都内は常に雲かかかっていて星空がきれいに見えない。
ふと道路を見ると、柱の陰に1人の男性が隠れた。
まだマスコミ関係者がいるのかもしれない。
玲はあまり気にもかけず窓を閉じる。
その日からポストに変な郵便物が届くようになった。
郵便物の封筒を開けると手紙が入っており、『俺の亜美に手をだすな。亜美を汚すな』と書かれていた。
次の日も『亜美は俺の彼女だ。お前はただのファンだ』などと謎の手紙が届くようになった。
亜美が昼間に洗濯物を干して、郵便物を取りにいくと、やはり封筒が置いてあり、『あんな奴の洗濯などするな。亜美は僕の洗濯をすればいい』と書かれていた。
1日経つごとに封筒の数が増えていく。
封筒をポストに入れている人物は、毎日、玲の部屋を監視しているようだ。
どうもマスコミ関係者ではないようだ。
どこからから玲の家の情報を入手したストーカーだろう。
日が経つにつれて封筒に書かかれている内容が過激になっていく。
段々と常軌を逸した内容の文章になってきた。
玲はラルスが来た時にストーカーについて相談する。
するとラルスは静かに目を閉じて、耳を澄ましている。
「うむ……1人、電柱の裏に隠れている男性がいるな……」
「ストーカーか。厄介な奴に家を知られてしまったよ」
「案ずることはない。意識変更の魔法をかけてやれば、ストーカーなどいなくなる」
どうやって捕まえるかが問題だ。
電柱に隠れているからといってストーカーを決めつけるのは早計な気がする。
「まずは会ってみて確かめることだ。危なそうになれば助けてやる」
そう言ってラルスは玲の肩の上に手を置く。
すると電柱に隠れている人影の前に玲とラルスは立っていた。
ラルスが転移魔法を使ったのだ。
人影は慌てて逃げようとする。
しかし、急に体が動かなくなり、汗を流して立っている。
その前にラルスが仁王立ちになる。
すると男性の目が虚ろになり、意識がもうろうとしているようだ。
「お主が封筒の送り主か?」
「はい……そうです……」
「なぜ、あのようなことをした?」
「亜美は僕の彼女だからです。彼女を僕に返してほしい」
やはり電柱に隠れていた人影の男性がストーカーだったようだ。
ラルスの目が虹色に光り輝く。
「亜美はお主の彼女ではない。お主は亜美のことなど知らぬ」
「はい……僕は亜美のことを知りません。亜美は僕の彼女ではありません」
「お主は誤解していただけじゃ。早く帰って全てを忘れて眠れ」
「はい……わかりました……家に帰って忘れて寝ます」
そう言って、男性はヨロヨロと阿佐ヶ谷の駅へ向かって歩いていった。
ラルスの認識操作の魔法が上手く効いたようだ。
「これでもう安心であろう。これからも亜美にはストーカーがつくかもしれん。その時は我を呼べ。我は亜美のマネージャーでもある。ストーカーを排除するのも我の仕事じゃ」
「ありがとう、ラルス……助かったよ。今は妙に警察沙汰にしたくないしね」
「うむ……2人で亜美を守っていけばよい」
亜美はこれからも、この阿佐ヶ谷のマンションを利用する。
スーパーにも買い物に行く。
スーパーには玲も一緒に付き添っていくが、ストーカーがいつ現れるかわからない。
これからも用心しておいたほうがいいだろう。
「今は引退コンサートに向けて、亜美も必死でレッスンしている。引退コンサートは必ず成功させる必要がある」
「ああ……そのためには亜美の心労は取り除いておかないとな」
「亜美を守るのは玲の役目だ。しっかりと役目を果たせ」
そういうとマンションの前に停車していた黒のセルシオの運転席にラルスが乗り込む。
「ラルス……以前にも言ったと思うが、自動車を運転するには運転免許証が必要なんだぞ」
「ワハハハ……もうすでに運転免許は取得してあるのだ。このセルシオは自分の車だ。心配するな安全運転している。運転とは人間の娯楽の中でも楽しいものだな」
そう言い残して、ラルスはセルシオに乗って、玲のマンションを後にした。
段々……人慣れしてきたのはいいが、竜の本能を忘れかけているような気がする。
ラルス……一体、どこまで人の世界に馴染んでいくのだろうか。




