36話 芸能プロダクションからの圧力
玲は『スピーカーJacks』の所属している芸能プロダクションへ呼ばれた。
そして、上司の方と面談することになった。
このことは亜美は知らない。
芸能プロダクションが亜美に黙って行動してきたことだ。
恵比寿にある事務所へラルスと一緒に赴く。
受付で名前を言うと、会議室へと通された。
そこには1人の男性が座っていた。
「やあ、君が亜美の彼氏かな? 名前は早乙女玲くんでいいのかな? 私の名前は司馬幸太郎だ。この会社のプロデューサーの1人だ。役職は課長をしている。よろしく」
そう言って1枚の名刺を玲に渡す。
「亜美にも困ったものだ……テレビで暴走されては、止められなかった。君も困っているだろう。そこで相談なんだが亜美と別れてくれないか?」
「嫌です。お断りします」
「……そういうだろうね……若いって羨ましいね……椅子にかけたまえ」
玲とラルスは幸太郎に言われるがままに椅子に座る。
幸太郎の顔は常に微笑んでいるが、目の奥が笑っていない。
この笑顔は他人を緩和させるための笑顔だとわかる。
「君のことは調べさせてもらった。亜美と同じ大学へ進学するそうじゃないか。おめでとう」
「……」
「亜美には『スピーカーJacks』で頑張ってもらいたいと思っている。20歳を超えた頃にはソロに転向も考えている。彼女の将来は有望なんだよ。その将来を潰してもいいのかな?」
その言葉は何よりも玲にとって重い言葉だ。
玲と一緒になったからといって亜美が幸せになる保障など、どこにもない。
「将来のことなどわかりません。俺は亜美の思い通りに生きてほしいだけです」
「……甘い甘い……世の中、お金がないと苦しい生活が待っているんだよ。このままアイドルを続けていれば亜美は金持ちでいられる。優雅な生活もできる。しかし君と一緒になったらどうだろうね?」
玲には特技らしい特技なんてない。
一般社員になれれば良いほうだろう。
まだ就職活動もしていないので、どこの会社に就職するのかも決まっていない。
「そういう意味では金持ちになれない俺と一緒になるのは亜美にとってマイナスかもしれません。でもそれを決めるのは亜美であって俺達じゃない。こうやって話していること自体が間違っている」
「人の気持ちは状況の変化によって、すぐにでも変わる。亜美も資金繰りで苦しくなった時に気持ちが変わるだろう。しかし、その時には手遅れだ。私は手遅れにならないために君を呼んだ」
確かに恋は長続きしないという。
愛は状況に応じて変化するとも聞いている。
幸太郎の言っていることも正しい面がある。
しかし、それは金しか信じていない人の発言だ。
「今なら君に手切れ金を渡してもいいと考えている。もちろん契約書は交わしてもらうことになる。しかし、悪い条件ではないはずだ。すこし考えてくれたまえ」
「お断りします。亜美との付き合いを止めるつもりはありません」
「では、亜美が『スピーカーJacks』を脱退した時の損害金を玲くんが支払ってくれるのかね。できるはずないよね。できないのなら大人の言うことを聞いておこうよ」
「俺は亜美と付き合いますが、『スピーカーJacks』の脱退とは関係ありません。混同させるような誘導は止めてもらえますか。大人の陰湿な一面ですね」
「大人しいと思っていたが、思っていたよりも手強いじゃないか」
まるで幸太郎は楽しんでいるようだ。
玲のことを弄ぶつもりなのだろう。
そこでラルスが椅子に座っていた足を組み替える。
「玲も亜美と別れるつもりはない。亜美も玲と別れるつもりはない。それで良いではないか。盛大に引退コンサートを催せば、盛り上がるであろう」
「誰だね……君は玲くんの友人だと思っていたのだが」
「我の名はラルス。我がこの問題を解決してやろう。そしてお前の会社で『スピーカーJacks』の専属マネージャーを勤めてやろうではないか。これですべては解決する」
幸太郎ははじめラルスを見て怪訝な顔をしていたが、段々とにこやかな笑顔に変わっていく。
ラルスが認識変更の魔法を使っているのだろう。
「そうだ……ラルスくんがいてくれた。全ての問題はラルスくんが解決してくれる。私が悩む必要もなかった。これからもマネージャーとして頑張ってくれたまえ。玲くんは帰ってもいいぞ」
何も解決していないのに幸太郎は安心しきった顔で椅子に座っている。
「後のことは任せておけ。全て我が采配しよう」
ラルスは玲の耳元で呟く。
「ラルスありがとう。亜美と里緒菜のことを頼む。俺では何もできないから……よろしくお願いする」
「うむ……わかっておる。この会社のマネージャーをするのも楽しそうだ。十分に楽しむとしよう」
それから後、幸太郎とラルスの2人が話し合い、亜美は大学進学のため『スピーカーJacks』を引退する路線で決まった。そして引退コンサートが開かれることとなった。




