34話 陸の来訪
2月半ばに陸も都内に引っ越してきた。
陸の住んでいるのは京王井之頭線の永福駅の近く、ワンルームマンションだ。
陸はロードレーサーの自転車を走らせて、玲の家まで遊びに来た。
永福駅を選んだのは下北沢に近く、そして新宿にも渋谷にも出るのが早いという理由らしい。
永福駅から北に自転車で走れば阿佐ヶ谷は遠くないそうだ。
陸の感覚での話だが。
慌てて亜美の荷物をクローゼットに隠して、家のドアを開ける。
陸は玲を見て嬉しそうに笑っている。
「自転車で1時間ほどだ。大きな公園も見つけたしな。走り良い道も見つけた。これからは玲の家に遊びに来れる」
「遊びに来るのはいいが、事前に連絡は必ずくれよ。今日みたいに突然の訪問は困るぞ。俺にだって用事はある」
「そう固いことをいうなよ。同郷で一人暮らし者同士じゃないか」
陸から見ればそう見える。
玲の家にラルスの作った扉がなければ、確かに独り暮らしといえる。
陸はダイニングテーブルの椅子に座ってくつろいでいる。
コーヒーメーカーでコーヒーをいれて、陸と2人でコーヒーを飲む。
陸がキョロキョロと部屋の中を見回している。
「なあ玲……なぜ食器が全て2組なんだ? それも可愛い食器が多いな」
「ああ引っ越しの時に瑠香に手伝ってもらったんだよ」
「瑠香ちゃんか……懐かしいな……小さい頃から可愛かったもんな。もう随分と会ってないな」
陸と玲とは幼少の頃からの幼馴染で、小さい頃は瑠香と3人でよく遊んだものだ。
瑠香が中学に入った頃ぐらいから3人で遊ぶことはなくなったが。
ダイニングの扉が開いて、瑠香が顔を出す。
「あれ陸兄ちゃん、お久しぶり。今日は玲兄ちゃんの所に遊びにきたの? 玲兄ちゃん、今日の夕食はどうするの? 亜美ちゃんと食べる? それとも私達と一緒に食べる?」
「ああ……今は陸が来ているから決められない。後で言いにいくよ」
「わかった……あまり遅くならないでよね。こっちにも準備があるんだから。陸兄ちゃん、ごゆっくり」
そう言って扉を瑠香は扉を閉めた。
陸が口をパクパクさせて、慌てたような顔をしている。
玲も陸の立場なら、同じ顔をしていただろう。
誰も田舎の実家と、一人暮らしの部屋が扉でつながっているとは思わない。
「どうなってるんだ? 今のは瑠香ちゃんか? どうしてこの部屋と田舎の家がつながっているんだ?」
「ああ……陸には話していなかったっけ。竜には魔力があって魔法が使えるんだ。その魔法で田舎と、この部屋が扉でつながってるというわけさ」
「そんなこと聞いてねーし。竜ってネルのことか?」
「いや……ネルの父親でラルスという古竜がいたんだ。そのラルスの魔法だよ」
「この世界で魔法なんて……信じられない。でも見てしまった以上信じるしかない」
魔法についてはあまり深く考えないほうがいいと玲は思っている。
今までも不思議なことがあったのだから、魔法ぐらいあってもいいだろう。
「あまり深く考えるなよ」
「俺はラノベも読むし、漫画も読む。それにファンタジーは大好きだ。しかし、あれは小説や漫画の世界だけのはずだろう。現実にあるはずがない」
陸ならそう言うだろうと思った。
陸は書物は大好きだが、現実主義な人間だ。
普通なら魔法など信じるはずもない。
ダイニングの扉が開いて、次に亜美が顔を出す。
「あれ? お友達が来てたんだ? 今日の夕飯どうしようか? 実家で食べる? それとも私が作る? 友達の分も私が作っていいよ? どうしよう?」
「ああ……後から返事をするよ。今は少しだけ説明が必要だから……」
「わかったわ。私……夜にレッスンがあるの。それまでに決めてね。友達くんもごゆっくり」
そう言って亜美は扉を閉めた。
その瞬間に玲は陸に首を持たれて、つるし上げられる。
「なぜ『スピーカーJacks』の亜美ちゃんがお前と仲良しなんだ? なぜ玲の夕飯を作ってるんだ? きっちりと説明してもらおうか!」
「落ち着け陸。目が怖いから」
陸の目が据わっている。
吊し上げている力も半端ではない。
陸は怒った顔をしながら、玲を床に下した。
「今から説明するけど、陸……怒るなよ」
「さっきは冷静さを欠いて、すまなかった。あまりのことに興奮してしまった」
「夢の世界で交換日誌をしていた女子は『スピーカーJacks』の亜美だったんだ。それから仲良くなってさ……今では付き合ってる」
「はあ?……」
「だから『スピーカーJacks』の亜美と付き合ってると言ったんだ。その扉は亜美の部屋に通じている」
一瞬だけ時間が止まったように陸の動きが止まったまま動かない。
次の瞬間に陸の悲鳴が部屋中にひびきわたる。
「え……『スピーカーJacks』の亜美ちゃんとお前が付き合ってる――! そんなの許せるか――!」
「声が大きい。もう少し静かに話してくれよ。隣に聞こえたら問題になるだろう」
「玲が驚かせるからだろうが――!」
「秘密にしていたことは謝るよ。だから落ち着いてくれ」
陸に話すとこうなるだろうとは思っていた。
だからこそ、今まで秘密にしてきたのだ。
しかし、扉から亜美が顔を出してしまった。
これ以上は隠しきれない。
「じゃあ……2組のお揃いの食器は、亜美ちゃんと玲の2人用というわけか?」
「まあ……そういうことになる」
「そして、あの扉の向こうは亜美ちゃんの部屋というわけか?」
「ああ……そういうことになる」
「どこが一人暮らしなんだ。お前とは絶交だ。裏切られた」
「怒るなよ……お詫びに里緒菜に会わせるからさ。お前……里緒菜の大ファンだろう」
また陸に胸倉をつかまれる。
陸の目が吊り上がっている。
「里緒菜と呼び捨てにするな……里緒菜ちゃんと呼べ」
「すまん……里緒菜とも友達なんだ。今度、紹介するから許してくれよ」
「本当だな! 本当に里緒菜ちゃんに紹介してくれるんだな!」
「ああ……だから吊し上げるのは止めてくれ」
里緒菜……すまない……陸と友達になってくれ。
それでないと大事な幼馴染を失うことになる。
「それで今日はどうする? 夕飯食べていくだろう? 亜美の手料理がいい? それとも瑠香の手料理がいい?」
「亜美ちゃんの手料理に決まってるだろう!」
「わかった……亜美にすぐに伝える」
玲は椅子から立ち上がって、亜美の扉を開ける。
すると亜美がエプロン姿で待っていた。
「やっぱり今日は私だと思った。友達くんも『スピーカーJacks』の亜美の手料理食べたいもんね」
陸は亜美を見て、姿勢を正して、深々と頭をさげる。
「玲の親友で香川陸と言います。よろしくお願いします」
「私は早乙女亜美よ。亜美って呼んでね」
「玲……陸くんが来てるから、今日はカレーでいいよね。沢山食べてね。沢山作っておくから」
「はい! お願いします!」
亜美はキッチンに向かってカレーの準備を進めている。
その姿を陸はマジマジと見入っている。
「あんまり見るなよ……亜美が困るじゃないか」
「だってさ……『スピーカーJacks』の亜美ちゃんなんだぜ……どうしても見ちゃうよ」
あまり自分の彼女をマジマジと見られたくない。
玲は陸の顔を両手で挟み、亜美を見ないようにする。
「今日は俺に会いにきたんだろう。亜美のことは見るな」
「私は見られても平気よ。それに玲の親友と会えて嬉しいわ。今日は来てくれてありがとう」
「恐縮であります」
陸よ……言葉遣いが変だぞ。
里緒菜に会った時はどうなるだろう。
興奮しすぎて失神するかもしれないな。
そして亜美はカレーの準備を終えて、ダイニングテーブルの椅子に座って3人で食事を食べる。
スプーンを握る陸の手が震えている。
そしてカレーを口へ運んだ。
「美味い!」
陸は今までに見せたことのない満面の笑みを浮かべてカレーを食べ続けた。




