3話 交換日誌での約束
◆瑠香side
深夜2時を回った。
いつもなら玲兄ちゃんが勉強机で寝落ちする時間だ。
自分の部屋のドアをそっと開けて、玲兄ちゃんの部屋へ向かう。
そして……音をさせずにドアを開けると、案の定、玲兄ちゃんが勉強机に突っ伏して眠っている。
また、ベッドで寝てないんだから……もう……
最近の玲兄ちゃんの体はおかしい……
起きている時は実体があるのに、寝落ちしている時には体が半透明に透けている。
衣服には触れられるのに体に触れることができない。
はじめは気色悪かったが、朝起きてくるといつもの玲兄ちゃんなので……このことは私だけの秘密
にしている。
玲兄ちゃんと秘密を共有しているようで少し嬉しい。
病気でもないし……玲兄ちゃんになにが起こっているのだろう。
「全く、世話の焼ける玲兄ちゃんね」
そう言って玲兄ちゃんの体に毛布を掛ける。
「夜も寒くなってきたし……今の時期に風邪をひかれても困るし」
瑠香には玲に対して感謝の念を持っていた。
そのことは誰にも言っていない。
玲兄ちゃんが10歳、瑠香が8歳の時に、遊戯禁止と書かれた溜池で2人で遊んでいた。
そして瑠香は足を滑らせて、溜池に落ちてしまった。
それを救ったのが玲兄ちゃんだった。
玲兄ちゃんの左腕には、今でも大きな痣が残っている。
その痣を見る度に、助けてくれたことを思い出す。
だから、いつも玲兄ちゃんが好きなことをしてあげたいと思っている。
しかし、現実に玲兄ちゃんが起きてくると、上手く表現できなくて、イラついてツンツンしてしまう。
瑠香は自分の悪い癖だと反省しているが、思春期に入ってから直らない。
普段は冴えない玲兄ちゃんだけど、助けてほしい時は、必ず助けてくれる。
瑠香は玲のことをそう信じている。
玲兄ちゃんの体に触れることはできないが衣服に触れることはできる。
だから毛布をかけてあげることもできる。
瑠香はベッドから毛布を持ってくると、机に突っ伏したままの玲の体に毛布をかける。
玲兄ちゃんは気持ちよさそうに机に顔を横向けて眠っている。
「時々、にやけた笑いをしているのはなぜだろう……良い夢でもみているのかな?」
今の所、朝になれば、玲兄ちゃんの体に変調はない。
毎日、私も夜中に様子を見に来ているし、何かあれば父さんと母さんに相談しよう。
「早く寝ないと、朝のお弁当が作れなくなっちゃう」
そう呟いて、瑠香は玲の部屋から、音を立てずに出ていき、自分の部屋へ戻った。
◆玲side
洞窟の壁にもたれてノートに書かれている亜美の文章を読む。
亜美は高校に通っている他にダンス教室と歌のレッスンにも通っているという。
それでいて、大学受験までしようというのだから、亜美は相当な行動派なようだ。
「普通の女子だったら諦めてるぞ」
思わず交換日誌を読みながら呟きがもれてしまう。
『ダンスのレッスンが辛いの! 歌ももっと上手くならなといけないし……落ち込むことが多い!』
なんとか元気づけてあげないな。
日誌を読み終わった後に、励ましの言葉を書き入れよう。
「亜美だったらできるよ。亜美は行動力もある努力家だから。ダンスも歌もきっと上手になれるよ」
思わず亜美ならできると呟いてしまう。
交換日誌を読んでいくと、亜美もこの洞窟での出来事を夢と思えなくなってきていると書いてある。
『絶対に変よ。いつも同じ洞窟に来て、玲と交換日誌までしてるんだよ。こんなの夢じゃあり得ない』
それは玲も思っている所だ。
これは一体、なんと表現すればいいのだろうか。
玲は交換日誌の続きを読む。
『この前、玲が言っていた異世界転移に、本当に巻き込まれてるんじゃないかな? 玲の友達は否定していたみたいだけど……そうとしか考えられないよ』
確かに亜美が言いたいことは理解できる。
しかし、異世界転移はファンタジー小説の物語だしな。
その点について玲は答えを持っていない。
『だから、試したいことがあるの。玲と私が一緒の時間に、現実世界で寝るの。もし異世界転移なら、同じ時間に異世界に転移されるはずでしょう。夢だったら会えないだしね』
なるほど実験か……実に面白い。
やってみようじゃないか。
亜美が書いた日誌を読み進める。
「玲なら絶対に実験にOKをくれると思ってる。だから計画を説明するね。明日の夜の0時に寝ること。寝る時は、必ず外着で寝ること。もし、初めて会うとしたら、寝間着姿って恥ずかしいし……」
なるほど……確かに初めて会うのに、お互いに寝間着でいるのは変だ。
自分はスウェットの上下だから、あまり恥ずかしくないが。
女子としては問題が多いだろう。
そこまで気が回らなかったな。
さすがは亜美も女子だけのことはある。
『やっと玲に会えるのかもしれないんだね。私、少しだけドキドキしてる。どんな男の子なんだろうって、いつも思っていたから』
それは玲も同じことが言える。
学校の授業中も亜美の姿を空想していたぐらいだ。
会える可能性があると知って、今から胸がドキドキする。
交換日誌に今の気持ちを書いていく。
『俺は普通の高校生の男子だと自分で思ってる。あまりオシャレには自信はないな。今から会えるかもと思うと、俺も胸がドキドキする。1度は亜美に会ってみたいと思ってたし』
会えるのは明日の夜か。
会えたなら、どんな感情になるのだろうか。
どんな服で会えばいいのか考える必要がある。
少しはオシャレを意識したほうがいいかな。
亜美が『スピーカーJacks』の亜美だったりして……
アイドルのなるような美少女は希少だ、そんなことあるはずないよな。
すぐに玲は自分の考えを放り投げた。
しかし、玲はあまりオシャレな服は持っていない。
いつも瑠香にセンスがないと言われているし……
今、考えても仕方がないことだ。
明日、学校で授業中にでも考えよう。
明日の夜の0時が楽しみだ。