4:僕は全力でこのルートを回避する!
寮だからご飯の時間くらいはある程度決まっているけれど、他の時間に特に縛りはなく、寮生は比較的自由に過ごしている。
とはいえ、他の部屋に行くこともなく、談話室でだらだらするのもなんだか性に合わない僕は、部屋でのんびりと過ごすことが多い。
紫央はどちらかというと社交的だから、夜は居たりいなかったりするんだけど。今日は部屋に居た。
「ん。んー……?」
食堂から戻ってくると、紫央はなんか携帯を見て、天井を見上げ。何かを打ち込んでいた。
とはいえ、僕がここで口を出していいものかは分からないのでおとなしく机に向かう。明日の時間割を確認して、課題が終わってるか確認する。
と。
「……ねえ、アオくん」
部屋の反対側から声がかかった。
「うん?」
「あのさ。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさあ」
「何?」
椅子ごと振り返ると紫央も椅子に背を預けたままこっちを向いていた。
椅子にしっかりと背を預け、足を組んで携帯をいじる姿はなんだか様になっている。
お前ホント攻略対象になってないどころか影も形もなかったのなんで?
そんな僕の疑問は置いといて、彼は携帯画面に視線を落としたままで僕に問う。
「黄ノ川さん、って知ってるよね」
「知ってるけど」
攻略される対象だし、今日の放課後もスイーツ食べに誘ってきた。知らないはずがない。素直に頷く。
「俺の妹が彼女と仲良くて。ってかルームメイトなんだけどさ」
「うん」
知ってる。私、めっちゃお世話になったし。
紫央妹こと、紫央満。
彼女自身の情報は少ない。だってNPCだし。双子だなんて知らなかったよ。
いつもにこにこして、情報をくれたり相談に乗ってくれたりする。自分の青春それでいいのかな、って思うくらい私に良くしてくれる子だ。
協力できるならしてもいい気すらしている。
「で、紫央妹が?」
「君の情報があるなら欲しいって言ってきたんだよね」
早速だけど協力よろしく、と視線を上げないままで彼は言う。
「僕の」
「君の」
ほう? と首を傾ける。
僕の情報なんて、身体が弱くて体育休みがちとか、背が小さいとかしかないと思うんだけど。
「僕の情報って……具体的になに?」
「食べ物とか色の好みとか、得意科目とか。あとはスケジュールとか?」
「多いな!?」
「俺が持っておきたい情報もあるんだけどね。まあ、そういうのを小出しで渡してるんだけど」
聞かれない限り答えないよ。と紫央は携帯をいじりながら答える。
その視線にいつもの軽さが薄いのは、情報屋モード、ってところだろうか。
「あ。あー……なるほどそういう」
そういう。
友人がよく教えてくれるパラメータに関する情報なのだろう。
に、してもプライベートはじめ個人情報筒抜けだな?
散々利用させてもらってた身で言うのもなんだけどさ。
「まあ。常識の範囲内に収まるなら別にいいよ。提供しよう」
「お。それは助かるね」
さんきゅー。と彼はようやく視線だけ上げて笑った。
「なんの情報渡したかは僕にも教えてね」
「了解。とりあえず今日は、君が甘いもの好きなのかどうか、と」
「うん」
「黄ノ川さんのことをどう思ってるか」
「どう思ってるか」
繰り返すと彼も「どう思ってるか」ともう一度繰り返してきた。
「そうだなあ」
「五段階評価でどれくらいとかでもいいよ」
「すげえ具体的だな!?」
「別に△○◎の三段階でもいいけど」
「小学校の通信簿か」
「あはは、アオくんはツッコミがあるから嬉しいねえ」
「喜ぶところなのそれ」
「うん、会話が弾むのはいいことさ。うまくいけば思わぬ情報が手に入る」
「……こっから先黙っててやろうか」
むう、と口を尖らせると彼は「まあまあ」と笑ってなだめてきた。
そうやって笑うと猫みたいだ。人懐っこく感じるこの顔が、彼の人当たりの良さの一部なのだろう。
「で、黄ノ川さんのへ好感度はどのくらいよ」
「どのくらいって言われてもなあ……。普通だよ」
彼女のことよく知らないし、そもそも体調悪いところを助けてもらったくらいしか接点がない。いつかお礼をしなくちゃと思ってるくらいだ。体調いい日に時葉堂のケーキセットでも奢ろう。
「ふむふむ普通」
紫央はぽちぽちと携帯に打ち込んでいる。
「甘いものは?」
「まあ、好きではあるかな。体調次第なところあるからあんまり食べられないときもあるけど……」
ん?
待って。今ちょっと何か引っかかったぞ。
いや、甘いものじゃなくて。その少し前。
この予想はできる限り当たって欲しくないけど。もしかしてさ。
もしかして、さ?
僕が首を傾げたことに気付いた紫央の指が止まり、首も少し傾いた。
「どしたの?」
「いや……ちょっとした確認なんだけど、さ。黄ノ川さんが欲しがってる好感度、ってのは僕だけ?」
「いや、他の人のも聞かれてるけど、他の情報も併せると……一番量が多いのはアオくんだね」
「どうして……?」
「さあ。ミチルは情報が欲しいってしかなかったし……。俺の予想で言うならば」
僕を見る紫央の目が、楽しいことを見つけたかのように細くなる。
「彼女は。黄ノ川さんはアオくんと仲良くなりたいんじゃない?」
「……」
「具体的には恋愛的な駆け引き?」
「あー……うん……」
ですよねー……。
思わず僕は天井を仰ぐ。
この学園、いやこのゲームでそういう情報を手に入れる理由ってそんなに多くない。
むしろ、ほぼほぼひとつしかない。
今はどのルートが一番好感度高いかとか、仲良くなるために必要な情報とか。色々あるけれど。
早い話が、キャラ攻略のための情報収集。
「いやいやいや……まって、無理……」
「アオくん? どうしたの頭抱えて」
語彙消えてるよ? と、携帯をポケットにしまいながら、紫央が不思議そうな顔をする。
「いや、これが頭抱えないでいられるかって話しだよ!?」
「……あ。あー。そういう?」
「気付いてくれたようで僕は嬉しいよ?」
「ちっとも嬉しくなさそうな声だけど」
「キミが気付いてくれたのが嬉しいだけで僕が置かれたであろう状況はまったく歓迎したくないからね」
全く誰だよこんな設定考えたやつ。と心の中で毒づく。
だってこれ、乙女ゲームだったよね? 攻略対象に男装女子がいるとか、どういうことなの。
一瞬、元々はそんなことなくて、私の夢だから、って可能性も考えたけど。私にこのゲームをお勧めしてくれた後輩は「青ヶ崎くんは最後に攻略することをオススメします★」っていってた。
彼女、絶対、知ってて勧めた。間違いない。
「くそぅ……まさかの百合ルートかよぅ」
ただでさえ婚約者の話もお断りなのだ。
僕の高校生活、ちょっと変わってるけどそれなりに謳歌して、バレずに3年を終えて、のんびり好き勝手大学生活に突入したいんだ。
なのに、まさかの攻略対象。まさかの女子。
放課後の時にちょっと見なかったことにした現実が見事にすっ飛んできてクリーンヒット。
実に頭が痛い。
これ、エンディングは高校を卒業して終わるはずだ。それから先の後日譚もあるっぽいけど僕は知らない。
でも、卒業後があるってことは、僕の秘密は何処かのタイミングで黄ノ川さんにバレるはずだ。
……やだ。そっとしといて。
もっと他のさ。幼馴染とか入学の目的だった憧れの王子様とかさ。そっちの方と青春謳歌して。
「……よし、決めた」
「うん?」
なにを? という顔の紫央につかつかと近寄る。
彼の首元を指で引っ掛けて、ぐっと引き寄せる。
「あ、アオくん?」
「協力して」
「きょう、りょく」
繰り返された単語に、僕は頷く。
「僕、絶対に黄ノ川さんと恋愛関係にはならない」
「え、それだと俺、商売上がったりなんだけど」
「いや、情報を渡すなってことは言わない。さっきも言った通り、僕は君に協力は惜しまない」
ただ、と付け足すと彼の深い緑が戸惑ったように揺れた。
「僕は彼女とくっつかないように、秘密がバレないように、全力で逃げるから、その協力を、お願いしたい」
「……なるほど?」
ふうん、と彼の目が笑った。
首元に引っ掛けられた僕の指が、すくい上げるように外される。
背もたれに背中を沈めた紫央の目が、僕の目を射る。
紫央。お前悪役も似合うんじゃないか?
いや、影で情報握ってんだから侮れないやつだってのは分かってるんだけど。
攻略対象どころかNPCの一覧にもいないのが実に悔やまれる。
置いといて。
「アオくんは、黄ノ川さんが君を好きになろうが、そのために努力しようが絶対に落ちない。ってことだね」
「うん。僕は何があってもこのルートだけは回避する」
僕は、彼女が選んだこのルートを全力で回避する。
3年間騙し切って、知らない顔で卒業する。
「性別のことは知られちゃいけない。キミだけが唯一の例外。……本当は黄ノ川さんが他の人を選んでくれると嬉しいんだけど」
「ま、その誘導くらいなら手伝ってもいいよ」
「うん、ありがとう」
かくして。
僕はこのルートだけは回避するべく奔走する日々が始まるわけだけど。
これが夢じゃないって改めて思い知るのは、明日の朝の話。
運動会とか遊園地ダブルデート作戦とか色々ネタはあるので、また思い付いたら書きます。
月刊このイベントがやべえ。みたいになったらいいなと思います。