3:事情(せってい)とは、気付けば盛られるもの
話すのは「僕」自身のことだ。
「まあ、さっき……見たから分かってると思うけど、僕は女。それはいい」
「学生証とかは?」
「その辺は全部男で作ってあるよ」
学生証をカバンから取り出して見せる。そこにはきっちりと「男」と書かれている。
紫央はそれを確認して。
「つまり、この学校生活を男として終えなきゃいけないってこと?」
なんで。と首を傾げた。
話が早くてホントありがたい。
「ざっくり言うと家の都合」
「家の」
ふぅん? と少し考えるように口元に手を当てる。
「さっき言ってた、アオくんの将来に直結する話なのかな」
「そうそう」
話が早くて助かる。
「率直に言うと、僕は兄にぎゃふんと言わせるためにここに居る」
「ぎゃふんて実際言う人いないよね」
「……っ、うるさいよ」
むす、と膨れると彼はまあまあ、と目の前のマグカップを勧めた。
少しぬるくなったお茶をすすって、僕はひと息つく。
「兄の出した条件なんだ」
「へえ?」
そうなの。と彼はあんまり興味が湧かない声で相槌を打った。
「ちょっと事情があってさ。僕はこの学校を男子として卒業しないといけない。そうしないと、将来座敷牢だ」
「座敷牢」
繰り返された言葉についてきた表情は「マジで」というかちょっと引いてる。
「そりゃあ……大変だね?」
「いや、真に受けないでよ。例えだからね例え」
「なんだ。びっくりさせないでよもう」
今は現代だぞ。というツッコミは飲み込んだ。話が進まなくなる。
「それで?」
紫央は微笑んでそう言った。
「で?」
「いや。その事情だよ。まさか詳しい話が「言えないけど条件がある」で終わるわけないでしょう?」
「う」
こう言うところはちゃっかりしている。だからこそ、情報を集めて暗躍できるんだろう。
「ごまかせると思ったんだけどなあ……」
「まさかあ」
あっはっは、と彼は手を振って笑う。
うん。観念しよう。話せる限り話そう。
「卒業後は家を継ぐ兄の側近として過ごすことになる」
「ははあ、それは大変だ」
「兄のご指名でさ。病弱だから家で療養しながら云々、みたいなね。それだけでも窮屈なのに、あのバカは婚約者を決めてきたんだよ」
「へえ? あ、この間言ってた人探しの人?」
「ん? ああ、うん。そう」
その人のこと、と頷く。
そういえば彼が情報屋めいたことをしていると知って、人探しを依頼したんだった。
あの時は「兄が探している人」とか言って詳細をごまかしてた。
「でもさ。会ったこともない相手だし、顔も知らない。それを「はい将来の伴侶です」って決められるとか我慢ならなくて」
「うんうん」
「文句言ったら「それじゃあこの学校に居るから自分で見極めてきなよ」って言われて」
「……」
「接点は持てるようにしてやるから、3年きっちり過ごして相手を見てこいって。3年経ったらどの人だったか教えてやる、ついでに女だってバレなかったら婚約も解消してやる、卒業後は好きにしていい、って……?」
話していてなんか首が傾いていく。
あれ。これさ。
「ねえアオくん。それ、騙されてない?」
「……なんか、そんな気がしてきた……」
騙されているっていうか、うまくはぐらかされているって言うか。
別に男子として入学する必要なくない?
きっと兄としては「その方が近くで見られる」とか「異性だと見れないところもある」とか「その方がなんか面白そう」とかあったんだろうけど。特に最後。
ぶっちゃけ、いらないよね? 同じクラスにする、くらいでよかったよね?
っていうか、設定盛りすぎなのでは僕。
あまりの盛り具合と僕自身の迂闊さにため息が出た。
「なんか、買わなくていい喧嘩も一緒に買ってしまった気がする」
「うん。俺もそんな気がするな?」
うっかりさんだねえ。と紫央はのほほんと笑ってマグに口をつける。
「あ、ちなみに君の探し人はまだ特定できてないよ」
「うん、できなくてもいいよ」
見つからなかったとしても、見つかった体で「あんなやつ最悪だったよお断りだ!」ってゴネればいい。多分。なんとかなる。うん。きっと。
「と、言うわけでだよ。僕は将来は好きなことしてのんびり暮らしたい。家は兄が継げばいいし、婚約だってお断り。でも、あの家は父とその後継者の言うことはほぼ絶対だからさ」
「せっかくの高校生活なのに、男子として通うのはいいんだ?」
「んー、まあ。これはこれで、なかなかできない体験だからさ。いいよ」
ルームメイトにも恵まれてるようだし、と付け足すと彼はちょっと嬉しそうな顔をした。
「さて」
一通り話してしまったところで、僕は再度交渉に入る。
「僕の勝手な事情に巻き込んで申し訳ないけど、僕の情報はある程度ならあげる。でも、性別については。最低でもそれだけは内緒にしてもらいたい」
「ふむん」
「必要なら君への協力もする。なんなら焼きそばパンとか買ってくる」
「俺、チーズナポリタンコッペがいいな」
「それ、いつも売り切れてるやつじゃん……。おーけー。買ってくるから」
「ん。欲しくなったらよろしくね。まあ……アオくんいつになく必死感あるし、俺にとっては優良顧客だし。んー……情報としてはすごくおいしいんだけど……いいよ。それは黙っててあげる。その方が価値も上がるだろうし」
「やった、なんか不穏な一言聞こえたけどありがとう!」
ばんざい、と両手を上げて謝意を示す。
「じゃ、協力はよろしくね」
「うん」
それじゃあ、と握手の意味を込めて手を差し出す。
紫央は僕の手を見て、一瞬なにか考えたような間の後。
「ん。よろしく、アオくん」
僕の手をそっと握り返してくれた。
これでひとまずは安泰だろう。ちょっとは僕の学校生活が守られたはずだ。
多分。