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2:秘密とは、誰かにバレるためにある

「さて」

 ノートが入った袋をぶら下げて部屋に戻ってきた僕は、玄関に揃えてあったスリッパに視線を落とした。

 仲良く並んだスリッパふたつ。なるほど二人部屋か。まあそうだよね寮だもんね、と靴を脱ぐ。

 ぱたぱたと廊下を通って間取りをちょっと確認する。


 廊下にトイレとシャワールーム。簡易キッチン。この辺までは共用スペースらしい。その先が部屋になる。広い部屋には左右対称に家具が設置されていた。両壁際にロフトベッドと机。椅子は背もたれが大きくてキャスターが付いている。それからクローゼットと本棚。真ん中に小さなテーブルがひとつ。うんうん、記憶通り。これなら細かいところまで確認しなくても良さそうだ。

 よかったよかった、と自分の机に荷物を置く。

「さて。まずは……」

 課題よりも何よりも先にやるべきは、僕とか私とかの情報整理だ。


 けど。

 ベッドの上に畳んである部屋着が目に入った。

 丈が長いシャツにズボン。ちょっとシンプルに見えたけど地味ではないそれをベッドの上に広げてみる。

「制服シワにしちゃいけないね」

 そもそも私は家に帰ったら部屋着で過ごしたいタイプだ。よしよし、とりあえず着替えてからだ。とジャケットとベストを脱いで。ネクタイを外し、シャツのボタンを開け。


「……?」


 違和感。

 そっとシャツの前を合わせて、天井を見る。

 はて。今なんか見えた。

 もう一度シャツを開いて胸元を覗く。インナーに指をひっかけて引っ張ってみる。


 私知ってる。

 これはキャミソールというやつだ。しかもあれ。カップ付きインナーってやつ。


「んーーーー?」

 頭がちょっと理解を拒みかけている。

 ひっかけていた指を離して、そのままぽふんと胸に手を当ててみる。

 うん。サイズはないけど確かにある。

 ちょっと大きめのとか、厚手の服着たらごまかせる程度だけど。

 ある。


「馬鹿な」


 ほら、考えてみなよ。僕の設定。はい、復唱。


 青ヶ崎透は幼い頃から病弱で、体育も休みがち。

 厄除けのため女の子として育てられていた時期もあるという。


 厄除けのため女の子として育てられていた時期もあるという。

 

 ……。

 として、じゃないよバカ! 女の子じゃん! どう見ても!!


 本当は声に出して叫びたかった。そこをぐっと堪えたのは、長い一人暮らしの賜物だ。うるさくしてお隣さんに迷惑かけちゃいけないからね。

 とりあえず自分の記憶を「僕」から引っ張り出す。

 もしかしたら何かの間違いかもしれない。ほら。双子の兄弟がいて云々とかそんなことなかった。

 兄はいたけど年は少し離れている。

 ついでに性別は正真正銘女だってことも思い出した。頭痛の種が増えた。


 そうすると新たな疑問も出てくる。

 僕はどうして男装をしているのか。


 男子校じゃないんだから別にいいじゃん? って思ったけど、どうやらそうはいかないらしい。

 過去の記憶をちょっと掘り返そうとして。


 誰かが廊下を歩いてくる気配に、気がついた。


 ドアの方を振り向くと同時に、ガチャリとドアが開いて、背の高い人が現れた。

「はー。今日も疲れたぁ……って、おんや? アオくん。ここで着替えてるとは珍し……」

 声が途切れた。


 紫の髪はちょっと癖っ毛らしい。少し長い前髪はヘアピンで留めてある。ネクタイを緩める指。外してもないのに第1ボタンはあいていた。

 なんか軽そうな人だ。

 そんな、なんか軽そうな彼は、僕をじっと見ている。


「……」

 ぽかん、とあいた口元にホクロがある。

「えっと……」

 濃い緑の目が、ぱちりと瞬きをする。

「アオ、くん?」

 その視線の先は。


 僕の。手。ボタンを開けたシャツを握ったままの。

 つまりは、胸元。


「あ」

「あ?」

 二人の視線が交差する。


 目の前の事態に理解が追いついていない彼と。

 目の前の事態に思考が止まった僕。


 無言だったのは一瞬だったのかもしれない。

 先に我に返ったのは向こうだった。


「えっと、アオくん。それは……」

 指をさすわけでもなく、戸惑った声が聞いてくる。


 それ。

 つまり。

 僕のこの身体。


「これ、は」

 そっと視線を落とす。

 キャミソールがぴったりと身体のラインを見せている。

 彼を見ると、まだ理解を受け入れがたい顔をしていた。


「見た?」

「えーっと。そう、だね?」


 ちょっと戸惑いながらも、彼は素直に頷いた。お互い主語はなかったけど、多分そこの意思疎通は取れているはずだ。


 つまり。うん。見られた。

 見られた……!


 かあっと頭が熱くなった僕は、すぐ手の届くところにあったものを掴む。

 それがなにかを確認することもなく思い切り振りかぶって。

「……い」

「い?」

「いやあああーーーでてけーーー!」


 声の限り絶叫した。


 □ ■ □


「えっと、ゴメンナサイ」

「うん……いや、別に痛くなかったからいいけどね?」

 とりあえず着替えた僕は、テーブルを挟んで彼と向き合っていた。


 紫色の彼は紫央(しおう)(さく)。僕のルームメイトだ。

 彼も部屋着に着替えて座っている。Tシャツにパーカー。普通の服装だけど、シャツに書かれている筆書きのヒヨコと添えられた「徒歩5分」の文字が気になる。なにそれ。

 そこさえ目をつぶれば、全体的なセンスは悪くない。見た目は軽いし、行動も軽い。よく言えばフットワークが軽く、人脈が広くて社交的。悪いやつではない。


 具体的には、女子寮に居る双子の妹に、僕ら男子寮の情報を売り渡すくらい、悪いやつではない。

 うん。


 まあ、そこは仕方ない。だって彼は黄ノ川さんことプレイヤーの友人……の、情報源。好感度の進行具合や好き嫌い、スケジュールやちょっとした個人情報その他諸々の情報をくれる大切な存在。

 そうか。黄ノ川さんの友人、やけに攻略対象(ぼくら)の情報に詳しいと思っていたけどなるほど。紫央、お前だったのか。彼女に情報を渡していたのは。

 NPCだから情報がほとんどなかったし気にかけたこともなかったけど、なんとなく納得のいく導線ではあった。


「それでさ。アオくん」

 紫央はさくっと本題を持ち出す。

「君、女の子なの?」

「そう……デスネ」


 現実を改めて突きつけられて、頭がひやっとする。

「……っ、お願い! このことは、この事は誰にも……! もし何か積まれたらそれ以上のものを積むから何卒!」

 テーブルに両手をついて勢いよく頭を下げる。


 そんな僕への返事は小さなため息と。

「必死だなあ」

 軽い一言だった。


「いや、こっちは死活問題なんだよ? 具体的には僕の将来がかかってる」

「将来」

 ほほう? 紫央は面白そうな顔をする。嫌な笑顔ではない。純粋に好奇心が顔に出ている。そんな顔。

「む。キミ、面白がってるだろ」

「モチロン♪」

 ぐっ、と置いてあったリモコンを握ると「まあまあ落ち着きなよ」と笑いながらなだめられた。

「そうだな。まずは詳しい話を聞かせてよ」

「他言無用でお願いしたいんだけど」

「内容次第かなあ」

「ええ……」

 僕の声に彼は「冗談だって」と笑う。


 ホントかなあ。と視線で問うと。

 ウインクが返ってきた。


「まあ、この間以来の真面目そうな話だし、真面目には聞くつもりだよ」

「ここで渋っても話は進まないしね……」

 僕は腹を決めてぽつぽつと話す。

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