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1:僕がここに居る理由

 かくん、と頭が揺れた衝撃で目が覚めた。

 周りはがやがやとしている。

 部活が。新作のケーキが。宿題が。今日の授業が……エトセトラエトセトラ。いろんな話がいろんな声で聞こえてくる。

 どうやら今は放課後らしい。ということは学校……うん。そうだ。僕は学生なんだから、そうであることになんら不思議はない。


 なのにこの違和感はなんだろう。

 寝ぼけ半分違和感半分。微妙に覚めない頭を起こす。


 少しだけ目が回る。体育の時も目眩がしたから貧血なのかもしれない。

 ついでに少し具合も悪い。動けないほどじゃないけど無理はよくない。

 むー、と目を閉じてぐるぐるする頭のモヤが去るのを待つ。


「あ。いたいたー。青ヶ崎くん」

 体調不良を消し去る念を送っていると、周囲のざわめきから、ひときわ可愛らしい声が僕を呼んだ気がした。

 目を開けると、机の間を縫って女子がひとり、こっちに向かってやってくる。


 肩から背中にかけてふわりと跳ねる薄桃色の髪。

 きらきらしてる黄緑色の目。まつ毛は長くてほっぺたは化粧っ気もないのに薄く色づいている。

 ああ、肌もすべすべだ。羨ましいしかわいい。


「えっと……」

 どちら様で。という言葉は飲み込んだ。


 僕。いや、私は。この子の名前を知っている。

 ついでにちょっと意識がはっきりしたけれど、同時に軽く頭痛がした。


「黄ノ川さん」

 名前を呼ぶと、彼女はにこっと笑った。

「覚えててくれたんだ。ありがとう」

「まあ、うん」


 黄ノ川なのは。

 隣のクラスの女子で、先日僕が体調不良で倒れそうになっていたところを助けてくれた人だ。

 つい数日前の話だし、恩人だ。さすがに速攻で忘れたりはしない。


「体調どうかな、って思って。……少し眠い、のかな?」

「ええ……まあ……」

 実際一瞬寝落ちたところだ。うん。多分正しい。


 でも、どっちかというと今は「それどころじゃない」が正しかった。

 ちょっと思考を整理しなくてはいけない。


 僕とは。

 青ヶ崎透。高校1年。

 さらさらした紺色の髪。ぱっちりとした瞳。背は低く小柄で、中学生と間違えられることも多い。幼い頃から病弱で、体育も休みがち。厄除けのため女の子として育てられていた時期もあるという。

 要は、かわいい系の攻略対象――いや、なんか他人事すぎる。それに攻略対象ってなにさ。


 ツッコんでみたけれど、そう思うのも仕方がない。

 だって僕は気付いたんだ。

 ちょっと夢かなと思ったけど。

 この制服。この景色。


 私は。この世界を。

 このゲームを知っている。


 ええと。

 記憶を辿る。透の記憶はぼんやりとしている。代わりのように、私の記憶がいくらかはっきりしてきた。


 あの時の私は疲れていた。

 だからちょっとした臨時収入にテンション上がって普段はやらない乙女ゲーを買ったんだ。後輩の子が勧めてくれたやつ。連休だったし、たまにはそんなのもいいかなって。生活……というか心が少しは潤うかな、なんてちょっとわくわくしながらエナジードリンクもいくつか買い込んで。やる気だけはあった。


 で? その後どうしたんです?


 連休前のテンションだ。寝ずにコンプしようかな、なんて買ってきた飲み物を混ぜてゲームのお供とした。うんうん、そんなことしたした。バカじゃないかな?

 で、プレイ中に目が回ってきて。目が覚めたらここにいるという訳だ。


 ……。


 うん、わっかんないや!


 そもそもVRでもなんでもない携帯ゲームの世界がこんなにリアルな訳ないし、自分が攻略する側じゃなくてされる側の視点なのも分かんない。

 そもそも私と彼の記憶とか意識とかどうなってんのだろう。

 私。もとい、僕自身のことは色々思い出せるようだけど、どうにも薄っぺらい。まるで説明文のようだ。いや、実際そのままだったけど。


 夢か。夢なのか。

 疲れた身体にエナドリちゃんぽんして徹夜とかしたからこんなことになってるのか。

「やっぱあれがよくなかったのかなあ……」

「……青ヶ崎くん?」


 ……。よし。夢だ。

 やたらリアルな空気は無視して、そういうことにしとこう。

 目の前のことに集中しよう。楽しめるなら楽しもう。


「あ、ごめん。ぼーっとしちゃって」

 謝りながら意識を「僕」に切り替える。そうすると、途端に口調や仕草が染み込むような感覚がした。あ、なるほど。これはうまく切り替えられるらしい。すごいぞ私の夢。


 リセットを終えて瞬きをすれば、不思議そうに小首を傾げたこのゲームのヒロイン(プレイヤー)こと黄ノ川さん。

「ううん。無理しちゃったんでしょ? ダメだよ。また倒れちゃう」

「うん……気をつけるよ」

 ありがとう、と頷くと、彼女は「よし」と満足そうに答えてくれた。


 ところで。

 色々見失いかけたけど、多分、彼女は僕に何か用事があったんだよね?


「ところで。何か、用だった?」

 聞いてみると彼女はうん、と頷いてスマホの画面を見せてきた。

 そこに表示されているのはピンク色のクリームと春らしいフルーツで飾られたパフェの写真。どこかのサイト……ああ、これは学食に併設されてるカフェ、時葉堂(ときはどう)のブログだ。

「あのね。この間、今度お茶でも、って話をしてたでしょう? それで。時葉堂に新しいスイーツ出たってあったから。一緒に食べに行けないかな、って」


 なるほど放課後デートのお誘いだった。


 放課後に何か用事があったかなあ、と思い出すけど特に心当たりはない。

「んー……」


 別にいいよ、と言おうとして。ふと、言葉が止まった。

 僕の無意識が待ったをかけたような。そんな引っかかり。

 ――これ、このままOKしていいんだっけ?

 なんとなくだけど、ちょっと考えた。

 この「イベント」にはなんか引っかかりというか、心当たりみたいなものがあった。


 これ、結構序盤に出てくるイベントで、放課後に誰を誘おうか、って選択肢だった気がする。で、誰のルートに入るかの方向性がなんとなく決まるやつ。

 気付いてしまえば答え合わせは早かった。

 誘う相手は何人か居た。


 黄ノ川さんの幼馴染。十朱雅。

 入学式で迷子になった時に出会った生徒会の人。黒瀬万里。

 それから。

 校内で体調を崩した所を助けてもらった僕。青ヶ崎透。

 攻略対象のキャラはもうひとり居るけど、彼は序盤では選べないから置いといて。


 で。この中から彼女は僕を選んだ。

 つまり?

 これは、僕が攻略対象の可能性がある。


 ……うーん。この時僕はどう答えたっけ。そもそも選んだっけ。覚えてないので思考をぽいする。

 このまま行っても良さそうだけど、ちょっと色々整理したいこともある。具合もあまりよくない。パフェとか食べきれる気がしない。

 新しいスイーツはちょっと……いや、結構惜しいけど、お断りしよう。


「ごめん、今日はちょっと」

 体調が、と言うと彼女は「そっかあ」とあっさり頷いてくれた。

「残念だけど、また今度だね」

 その時は元気になってね、なんて彼女は笑って、携帯をしまってあっさりと去っていく。


 教室をぱたぱたと出て行った彼女を見送って、僕も荷物をまとめる。頭も少しくらくらするし、微熱の予感もする。部屋に帰ろう。帰って大人しくしてよう。

 あとそうだ。帰りにノートをひとつ買おう。情報整理しよう。そう決めて売店に向かう。


 僕のこと。私のこと。ちょっと一度まとめてみないと色々分かんない。いや。疲れたテンションであんなことをした私だ。あれ以上考えても頭抱えるだけのような気がするけど。まあ、持ってる情報に有益なものもあるだろう。整理は大事。

 そんなことを僕は気楽に考えていた。


 うん。実に気楽だった。

 自分の置かれた状況に、ちっとも気付いていなかったのだから。

翼を授かる飲み物と、青いパッケージの飲む点滴を混ぜるのが一時期マイブームでした。

今は赤い漢方系栄養ドリンクに頼ってます。

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