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間違いヤンデレ  作者: 石山 雄規
序章 十月のショート・ショートケーキ
3/21

今日の献立

 牛カルビ。きんぴらごぼうと、エビフライ。

 今日の一句じゃないよ?


 今日の献立。


「今日は三つかぁ……」


「……お弁当の冷凍食品が何種類か数えるの、そろそろ辞めるべきだと思いますけど」


 綾乃がお箸を用意しながら、唇をちょっぴり尖らせて、そんな風にぼやく。

 冬に使う改造電気ストーブの上にヤカンを置いて、いつものようにお湯を沸かす。もちろん顧問の梅沢先生からは禁止されているけれど、校則上は禁止されていないから大丈夫。

 こういうときにこそ、生徒会の特権を感じる。


「やだ! 日課だもん」


「先輩! 日々を少しずつ無駄にしていることに気付いてください!」


 だからといって、日常を節約したからといって、僕らはそれを有効活用なんて出来やしない。食品廃棄とおんなじである。もったいなかろうとなんだろうと、僕にアフリカの子供は救えない。

 あぁ、ごめんなさい南スーダンにお住まいの方々。でも僕のせいじゃないんです。全部資本主義社会のせいなんです。大体ルターとワシントンが悪いんです。


「ふむ……無駄じゃない人生なんてないのだよ、綾乃くん」


「自ら権威に成り代わってゴリ押そうとしても無駄ですよ先輩」


「だってさぁ」


「いいからほら! お昼休み終わっちゃいます」


 なんてことを考えながら、僕は工場で大量生産された『お母さんの美味しいきんぴらごぼう』を食べる。美味しいけれど、作ったのがお母さんじゃないのは間違いない味だった。


「そもそも、いいじゃないですか冷凍食品。美味しいんだし」


 綾乃もエビフライを箸で摘んでもぐもぐ食べ始める。

 彼女は僕と違って、食べ方が綺麗だ。箸の持ち方も基本に忠実だし、座る姿勢も食事に限ってはぴしっとしてる。僕の前だからってわけじゃない。一朝一夕で身につくものじゃない。


 ……育ちがいいんだろうなぁ。


「綾乃好きだもんね、このエビフライ」


 僕はといえば、箸の持ち方にだって独創性を求めるし、座り方もぺにゃんとしてる。

 もちろん後輩の手前努力はするけれど、そういうのは一朝一夕では身につきはしない。


 ……親が悪いんであって、僕のせいではないんだろうなぁ。


 と、そのとき綾乃が箸をそっと置いてから、身を乗り出して言う。


「朝は色々と忙しいものなのです。二度寝の誘惑から逃れるだけでも体力が80%削られるのに、歯を磨いたりお化粧したり、トースト焼いて、お弁当作って、電車に乗り遅れないよう駅まで早歩きで……」


「早く起きればいいじゃん」


「軽々と言わないでください。華の女子高生、やることは山程あるのです」


「具体的には?」


「………………やることは山程あるのです!」


 抽象的な夜を過ごしているらしい。


「でも、夜更しして寝不足はよくないと思うな。ほら、お弁当の冷凍食品が二つ増えるし」


「では、先輩は昨日何時に寝ましたか?」


「あはは、何言ってんの綾乃。今日は徹夜だよ」


「華の女子高生が!!」


 やかんがピーと音を立てて沸騰する。もくもく白い蒸気を巻き上げて危ないから、ストーブを止めて、パックのお茶を適当に淹れる。

 綾乃はぶつぶつ呟きながら、淡々と鮭おにぎりを口に運ぶ。


「その体たらくでよく人様の睡眠事情に口を出せますね」


 一杯十五円の玉露はちょっぴり苦くて熱く、僕は舌をうへぇと出して言う。


「だって、綾乃の手料理が食べたいんだもん」


 ――今さら言うまでもないけど、僕は今、綾乃が作ってくれたお弁当を一緒に食べている。


 なんで一緒に食べてるかって言えば、どうにも僕には友人がいないからだ。なんやかんやあったからだ。

 一人でご飯を黙々と食べるのは、それはもう、寂しい。孤独は嫌いじゃないけれど、クラスの輪の中で孤立する自分を眺めるのは、それはもう、自分自身への拷問に他ならない。

 というわけで僕のお昼ごはんは生徒会室と決まっている。

 で、生徒会室にはいつだって、綾乃がいる。一緒にいるんだから、一緒に食べる。


 ……弁当作らせてる理由?


 そりゃ、綾乃が作ったお弁当、食べたいからだよ。


「………………えへ」


「えへへ」


「えへへ、えへへぇ」


「わっはっはっは」


「笑って誤魔化さないでください。夜はちゃんと寝ましょう」


 お前だって笑ってたじゃん。


「もう、先輩は本当に単細胞生物よりしょうもない人ですね……仕方ないので私が添い寝してあげますけど、いま千円しかもってないので、残りは立て替えといてください」


「献身から即物的な欲求が漏れ出てるけど」


「愛とは、そういうものです」


 多分違うと思う。


「まぁ、添い寝はいいよ。暑苦しいし、貞操の危機だし、授業中ちゃんと寝たし」


「ちゃんと寝ちゃいましたか……」


「それより、冷凍食品だよ。綾乃、本当に僕のことが好きなの?」


 僕がそう問いかけると、綾乃はむっとした表情で、割と真面目な声色で話し始める。


「それはつまり、好きな人のお弁当に冷凍食品は使わないと、そう仰りたいのですか?」


「うん」


 綾乃はおにぎりを食べ終わり、お手拭きで手を拭きながら、僕の方に視線を向けることなく、ちょっぴり大分冷たく遠い感じの目つきで、言う。


「では、世の奥様方が冷凍食品を半額で買い漁ることに愛はないと」


 このあたりで、僕は段々と、気づき始める。

 このまま議論を進めていくと、確実に負ける、と。

 非常に一般的なネットユーザーである僕には、分かってしまったのだ。


 ま、まずいぞ……匿名掲示板ならば煽り散らかして草生やしてるだけでやり過ごせるけど、生徒会室に匿名性は存在しない。綾乃には僕が黒川湊だとバレてしまっている! ふたばでIP抜かれて全晒しされたときのような屈辱が再臨してしまう!!

 普段ならレス真っ赤にして無様に敗北しても、『でも僕美少女生徒会長だし』と心の中で弱者道徳を爆発させることで精神の安定を図ることが可能なのだけれども。


 ……いや、違う。認めるな。敗北を認めるんじゃあない、黒川湊!

 心の中の第三部がそう叫んだことで、僕は発想のコペルニクス的転回を試みる。


「あ、綾乃!!」


「どうしました?」


「や、やっぱりまだちょっと眠いかなぁって。ほら、一緒にお昼寝しない?」


 わ、話題を変えるんだ! この話はもうおしまい! 終わり!


「はぁ……湊先輩」


「だ、ダメ……?」


 やはり無理があるか……? というか、馬鹿なこと考えてたら本当に眠くなってきた。普段から脳に休息しか与えてないから、咄嗟の酷使に対応できてないぞ。動け、ぽんこつが。


 綾乃が言う。


「素晴らしいアイディアですね! 寝ましょう、私と!!」


 ちょろい女だぁ。


「何を隠そうこういう時に備え、生徒会室の棚置きに布団を隠し入れておいたのです。すやすや眠れること間違いなしですよ! 可愛い後輩も抱き枕として付いてますから!」


「……ぅん。そうだねぇ」


 あぁ、ダメ。目がとろんとろんしてきた。考えも……ぼやぼやだ。

 しぱしぱする僕を見て、綾乃は大慌てで寝袋を引っ張り出してきた。って布団じゃないんかーい……眠い、眠い、眠ぃ――――




   *




「……先輩、みーなーとせんぱい」



「……本当に寝ちゃいましたね」



「………………」



「……あの、ですね」



「嬉しかったです。私のお弁当、美味しそうに食べてくれて」



「本当に、すごく、嬉しかったんです」



 ……んぅ。



「でも、だから」



 どうしたの綾乃。独り言なんか呟いて。

 もうちょっぴり静かにしてよ……



「どうしても、言わなくちゃいけないことがあるんです」



 ……言わなくちゃ、いけないこと?



「卑怯……ですよね。起きてるときには言えないなんて」



 ……起きた方が、いいのかな。

 というかもう起きてるから、起きてるよーって笑いながら?



「恥ずかしくって。だからせめて、寝てるときにって」



 …………寝たフリしとこう。綾乃のためにも、その方がいいや。

 なにかの秘密も、僕が黙ってれば、知らないのとおんなじだから。



「……先輩の寝顔、食べちゃいたいくらい可愛いなぁ」



 …………恥ずかしいなぁ。はやく言ってよ。起きたいんだから。



「あ、じゃあ、言いますね、言いますよ」



 にしても、なんだろう。この緊迫感、起きてる僕には言えないような事?



 ……た、たとえばだけど。

 凄く重たい病気なんです、とか、一ヶ月後に転校するんです、とか、そういう。

 そういう感じの、難しく複雑なことだったら――僕は、どうすればいいんだろう。



 綾乃のいない学園生活。綾乃のいない生徒会室。綾乃のいない日常。



 どれも、いまの僕にはあんまり想像が出来なかった。



「その、実は…………」



 聞きたくない。僕は、聞きたくないと思った。

 思いながらも、寝たフリをやめられない自分がいた。



 せ、せめて卵焼きに愛情と髪の毛と血混ぜときましたとかで済ませてくれ……!!



 はぁ。

 ふぅ。



 ……よし。



 覚悟は決まった! さぁ、言え綾乃! お前の私的な悩みを!!



 彼女がそっと囁く。






「お弁当作ってるの、私のお母さんです」


 二度寝、するか。

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