<合間のおはなし。-狭依と閻->
【八百万学園について①】
一学年目はどの学園生も普通科に在籍し、二学年目への進級時より専門学科へ選択が可能となる。本人の希望や適性により、随時他学科への変更希望も認められており、学園生それぞれの個性や才能を育むための制度も充実している。
◆
とあるよく晴れた日のお昼休み。
私にとってはそれまでの性格や価値観、もしかしたらこれからの私の人生すらも変えてしまうほどの、そんなきっかけともなるとても大きなある事件を経て。
大切な友人となった吉祥伊呂波君と毘沙門鞍馬君のお二人と、いつも通り机を囲んで一緒にお昼ご飯を食べていたそんな時。
私たちの教室に、とても可愛らしい来訪者が一人、訪れたのでした。
「シ、シつれいシまス……えっと……あっ!伊呂波いタ!おーい伊呂波ー!」
教室の入り口より聞こえた吉祥君を呼ぶ声に顔を向けると、そこにいたのはーーーえ?ペンギン?
私たちの教室の入口に立っていたのは、一目でペンギンをモチーフにしているとわかるパーカーを着て、ペンギンの顔が書かれた深めのフードを被った、とても可愛らしいお客様だった。
「ん?お、閻じゃん。」
私と同じタイミングでペンギンさんを見つけた毘沙門君は、親しそうにその名前を口にした。
といっても、八百万学園に入学してから一度だけ会話をしたこともあるし、彼女は個性豊かな学園生の中でも飛びぬけて目立つ学園生の一人ということもあり、私も彼女の名前は知っていた。
太田 閻。
私や吉祥君と同じ、八百万学園普通科の一年生である。
八百万学園には指定制服があるが、それでも私たちくらいの年齢ともなると思春期でオシャレをしたいお年頃である。
制服を着崩したり、そもそも制服ではなく私服で通学している学園生もちょこちょこみられる中で、ひと際異才を放つ格好をしているのが、彼女であるのだ。
制服の上に、いつも何かしらの動物をモチーフにしたパーカーを着て生活しているのだから、そりゃまぁ目立つことこの上ない。
「そういや、あいつの方から伊呂波を訪ねてこの教室まで来たのは初めてだな」
確かに彼女は吉祥君の名前を呼んでいた。
そう思い吉祥君へと視線を移すと―――数秒前まで座っていたはずの椅子に、吉祥君の姿は見られなかった。
「えっ?あれ?」
それなら太田さんの元に移動したのかと、改めて視線を教室の入口へ戻すと。
瞬間移動したのかと疑うくらいの早さで太田さんの元へと移動した吉祥君が、未だかつて見たこともない満開の笑顔を浮かべながら、太田さんに抱きついていた。
「閻ちゃ~んっ!なになにどうしたの!?閻ちゃんの方から会いに来てくれるなんて嬉し過ぎて死にそうなんだけどっ!?どんだけボクのこと好きなんだよぉ!もうっ!ボクも大好きだよっ!」
そこに居た吉祥君は、かつてない笑顔どころか、かつてないテンションで太田さんにしっぽ振って求愛行動をとっていた。
「……あいかわらず閻のこととなるとヤベェなあいつ」
初めて見る吉祥君のヤベェ様子に目を丸くして驚いていると、隣の毘沙門君がボソリとそう零した。
「あの、吉祥君と太田さんはどんな関係で……?」
「え?あぁ、流石にあんな伊呂波を見たら気になるよな。あの二人は家族だよ。兄妹みたいなもんかな」
家族と言われても苗字がそもそも違いますし、それに兄妹『みたいなもの』という表現も気になった。というかそもそも……。
「兄妹?でも吉祥君って一人っ子じゃ……」
「それはそうなんだが……ちょっと複雑なんだ。昔いろいろあってな。多分委員長にだったら、聞けば伊呂波も教えてくれるとは思うから、今度聞いてみたらいいさ」
私が昔に遊んだ『はーちゃん』と八百万学園で再開した吉祥君は、同一人物だとわからない程に、見た目もさることながら性格が全然違っていた。
きっと私が想像できないくらいに色々な経験が、あの純真無垢な『はーちゃん』を今の吉祥君へと成長させたのだろうとは思っていたけれど。
その一つが、太田さんとの『なにか』なのだろう。
「そうですね。吉祥君や毘沙門君の昔話もとても気になりますし、聞かせていただけるのであれば、是非お願いしてみようと思います」
そう言ってまた吉祥君へと目を移すと、周囲のクラスメイトから集めている衆目をものともせず、相変わらず太田さんを抱きしめたままだった。
「そういや委員長は閻のことは知ってるのか?話したこととかは?」
毘沙門君のその問いに、多少の気まずさというか、罪悪感が胸に滲みだした。
太田さんとは、八百万学園に入学して数日もしない内に、一度だけお話しする機会があった。
でも、その頃の私はまだ―――
「うぅ……あの、実は……以前に太田さんのあの格好を注意してしまったことがありまして……私も心に余裕がなかった頃とはいえ、規則を守れない人に対して目くじらを立てて突っかかってしまっていて……」
「あぁ~なるほどねぇ……そんで今ちょっと気まずいと」
「はいぃ……」
今の私なら、『そういうひともいるんだな』とか『可愛い恰好だな』とかって、精神的余裕というか寛容さで受け入れることができるけれど。
過去にしてしまった言動をなくすことはできないし、吐いた唾を飲み込むことはできないのである。
今となっては、飲み込むことはできないくせに、吐いた唾が風に乗って私の顔に直撃したようなもので、せいぜい少し前の自分を恨むことしかできない。
「んじゃ、今は別にあの恰好を咎めようとかは思ってないんだ?」
「それはもちろんですっ!他人に迷惑をかけているわけではない限り、皆さんそれぞれの楽しみ方で学園生活を満喫すべきと思いますし!それにとても可愛らしいですし!」
ちらと見た太田さんの姿は、ペンギンのパーカーがマスコットキャラクターみたいで可愛いし、吉祥君よりもなお小さい身長もより愛らしさを倍増させている。
女子とは大抵、小さくてかわいいモノが好きなものでしょ?
私だってもちろん女子の端くれだし、あの可愛い存在に萌えたりもする。
仲良くなれるのであれば、そりゃ当然仲良くなりたいと思ってしまう。
―――だけど、彼女からの私への印象など、想像するまでもなく良いものではないだろう。
そりゃそうだ。いきなり知らない人が突っかかってきて、自分の服装にとやかく注意してきて、気分のいい人などいないだろうし。
「そうか……」
「はい……」
自己嫌悪や罪悪感で肩を落とした私を見て毘沙門君が何を思ったのか、どのような表情をしているのかはわからないけれど、毘沙門君はそのあと言葉を続けることなく黙ってしまった。
自業自得だと思われていても仕方ないと、俯いて膝の上で指をイジイジしていると、『フッ』と漏れた笑い声が聞こえてきた。
「んじゃ俺らも行くか」
「えっ……?」
かけられた言葉の意味をすぐに理解できず、思わず見やった毘沙門君は、別に私を軽蔑している様子もなく、何故か楽しそうに笑っていた。
「そんだけ悪いと思っていじけてるくらいなら、直接謝った方がいいだろ?それに今の委員長なら、きっと閻とも仲良くなれると思うぞ」
そう言うや毘沙門君は椅子から立ち上がり、私の腕を取って私まで強引に立ち上がらせると、『ホラホラ』と言いながら私の背中を押してきた。
「わっ、えっ!ちょっちょっと待ってください!わたし、まだ!あの!こ、心の準備がっ!」
「いいからいいから!絶対大丈夫だから!それに委員長と閻が仲良くなるのは伊呂波だって俺だって喜ぶべきことだしな!」
グイグイ押される毘沙門君の力に叶う訳もなく、ドンドンと吉祥君たちの姿が大きくなっていく。
待って待って!
えぇっどうしよう!まず謝らないと!それにあと、あとどうしよう!
毘沙門君は何がおかしいのか、笑ったままで私の身体を遠慮なく運んでいくし!
「あぁもう!わかりました!わかりましたから!せめて心の準備を!いったん待ってください!自分のタイミングでさせてください~!!!」
◇
―――その後の結果といたしましては。
閻さんは私の謝罪も笑って許してくれるメチャクチャいい子でしたし。
ちゃんとお話しすると、声や話し方も相まって、私の想像の遥か上をいくほどの可愛らしい方でしたし。
私に、下の名前で呼び合うことのできる、大好きな友人が一人増えましたとさ―――
大変にめでたいことです。まる。
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