<第十一万(よろず)。‐不屈の神様‐> ①
【八百万学園園芸部】
部員数三十名を超す大所帯の文化系の部活であり、園芸科などの専門学科に所属する学生だけでなく園芸に関係ない学科の学生も所属している。サークル活動用の大きな花壇を有しているだけでなく、学園内のいたるところに配置されている花壇も使用した活動を行っている。
◆
おそらく敷地内では多くの学園生が部活で汗を流し、仲間や友だちと友情を深めているであろう土曜の午後。
爽やかな時間が流れる空間から、距離的にも雰囲気的にも遠く離れた生徒会室にて、真面目な顔した三人と一柱による作戦会議が始まった。
「園芸クラブの存続に必要な最たるもの、それが残す価値。つまり目立った活動実績なんだよね」
その後に続く恵比寿先輩の改めての説明によると、鹿屋野先輩一人しかいない園芸クラブが部室を持ってしまっている、その現状が問題であるとのことだった。
4月は今年度の部活やサークルの編成やら整理やらを行うタイミングで、そりゃ当然のように部室を現在保有していないサークルは部室取得の希望申請を出してくるらしい。
さらにさらにでそもそも現在の園芸クラブは、サークルとしての存続最低条件を満たしてすらいないとのこと。
「それでもこの学園は生徒の自由な活動の場を提供したいだとか、自主性を重んじるだとかで、サークルの設立条件も存続条件もだいぶ緩いんだがな。部員三名と活動場所さえ見つければ、それで基本は認可されちまう」
恵比寿先輩の説明に付け加えるようにそう言った大国先輩は、ウンザリとした様子で溜息を吐き出した。
「その分サークルの数が多すぎて、管理する方からしたらたまったもんじゃないんだが……」
ボクだって一日だけど手伝ったからその苦労の片鱗には覚えがあった。
数多ある部活やサークルの管理や監査のような仕事を想像するに、その仕事量は相当過酷なものなのだろう。
多少の同情を抱きかけたけど、よくよく考えたらそんな生徒会に入ったのもこのドMたちの選択と判断なんだし自業自得じゃんか。
まあそんなこと言うと、またぞろ大国先輩を怒らすだけだろうし流石に黙っといたけど。
「じゃあ園芸クラブもあと二人の部員を集めればいいんじゃないかと、きっと伊呂波ちゃんもそう考えたよね?実際それが最も簡単な存続方法だと思う」
恵比寿先輩の言葉に頷いて同意した。
でもその一番の近道ともいえる方法には問題がある。
その問題とは、鹿屋野先輩自身がそれを望んでいないこと。
「前に恵比寿先輩に言われたけど、ボクが園芸クラブに名前を貸して存続させようとするのは認めないって言葉。今ではボクにも多分その真意がわかってます」
ボクは確かに恵比寿先輩本人からそう言われた。
だけどもしそう言われていなかったら、鹿屋野先輩の意思を無視してとりあえず簡単な方法で解決しようとしていたかもしれない。
「鹿屋野先輩が望んでいないことを、ボクが無理矢理してしまうのを止めるためだったんですよね?」
「まぁね。おおむねそういう意図であっているかな」
目先の手軽さを求めてひとまず存続できるんだからいいじゃんと、何も知らなかったらそんな選択をしていたかもしれない。
だけど鹿屋野先輩のあの頑なな様子を思い出すに、そんな方法を迫られたとしても鹿屋野先輩にとってはありがた迷惑だっただろう。
恵比寿先輩たちはボクよりも先にそのことを知っていた。
「だから鹿屋野先輩は部員集めじゃなく活動実績づくりを行うことで、園芸クラブを存続させようとした」
今ボクが口にした事情は鹿屋野先輩本人から直接聞いたものだ。だからこそ間違っているはずもなく、当然のように恵比寿先輩は頷いた。
「まさにその通りだよ」
そういった事情がゆえに鹿屋野先輩が言っていた、ようやく見つけた花壇の再生を名前を口止めされた誰かに手伝ってもらったという事情に繋がってくるのだろう。
「鹿屋野さんのクラスと円のクラスが隣同士だったり、昨年同じクラスだったこともあるんだろうね。進級して少し経った頃に円のところに鹿屋野さんが相談に来たんだ」
恵比寿先輩が大国先輩に視線を流すと、大国先輩は頷いて同意した。
「そんで聞かれたんだよ。誰も使ってない花壇を見つけた。だから園芸クラブで使っても平気かってな」
鹿屋野先輩は二人が生徒会で活動していることを知っているわけだし、知り合いの中で最もそういった事情に詳しそうなこの二人に相談したのだろう。
「その後に僕も円から話を聞いてね。そのまま鹿屋野さんが見つけた花壇の再生も二人で手伝うことにしたんだ」
「畑仕事と同じで結構力仕事なところもあるからな。鹿屋野さん一人じゃ大変だろうし」
その後も恵比寿先輩と大国先輩は、鹿屋野先輩や園芸クラブの事情について生徒会として関わった上で知り得たいろいろなことを教えてくれた。
ちょうど花壇の手伝いを始めたころに今年度分のサークルの管理業務が始まったことや、その時に園芸クラブの現状を知って危機感を抱いたこと。
「僕らも伊呂波ちゃんと同じように園芸クラブに名前を貸そうと持ち掛けたんだ。当然僕らの立場からすればあまり褒められたことではないけれどね」
大国先輩がしきりに言っていた『立場上ほめられたことではない贔屓』をこの二人はわかった上でしようとしていたという事実に、ボクは少なからず驚いた。
たとえ人柄がいけ好かなくても、生徒会の仕事については融通の利かない平等さをもってして真面目に行っていると思っていたから。
「そん時にバッサリ断られたわけだ」
ボクが驚きから丸くした目を向けると、大国先輩はイタズラがバレた子どものようにバツが悪そうにフイと目を逸らした。
そんな人間臭い生々しい様子が、ボクの中の先輩たちへの印象をまた少し変えていった。
「そんな迷惑はかけられないし、そんなズルをしてまで部室を確保し続けるのは部室を持たずに活動している他の奴らに申し訳ないってな」
依然として気まずそうにボクと目は会わせないまま、大国先輩は自分たちの過去を辿って鹿屋野先輩の誠実さを説明してくれた。
それならばと大国先輩たちは自分たちに出来得る方法で鹿屋野先輩を手伝える方法を検討したらしいのだが、花壇一つ見つけただけでは部室を確保するための活動実績としては弱いと判断するに至った。
「そもそもただでさえサークルの存続条件に満たない状況だからな。部室確保以前の問題だ。もしそれを知った部室希望者たちからすれば不満に思うし、納得もできないだろう」
「その矛先はきっと鹿屋野さんに向かう。そんな形で彼女が傷つくところもみたくないからね。だから僕らの立場上、依怙贔屓に見えるようなことはなるべく控えたい」
「それさえも彼奴等の不満に油を注いで鹿屋野さんへのバッシングを助長させることになりかねないからな」
鹿屋野さんが傷つくような事態は絶対に避けたい。
それが最低条件であるからこそ、それなりに目立つ立場にいる先輩たちは、他の人にどう思われるかを注意しながら、窮屈な中でどう対応していくかをずっと考えていたんだろう。
「そんな事情があって今の状況になったんですね……先輩たちが派手に動くと鹿屋野先輩も責められるかもしれないから、下手に動けず膠着状態に陥っちゃっていると。……ん?」
あれ?ちょっと待って?
なんか今ではボクたちみんなで協力するみたいになってるけど。
「んじゃ先輩たちって何ができるんですか?」
問い掛けた目線の先、バチコンっと視線を交わした先輩たち二人は数秒間の沈黙を置いた上で。
「……あんまないな。できること」
「……うん。あんまないね」
フイッと気まずげに目を逸らしやがった。
「ポンコツかよ!?なんか雰囲気変わったとか頼りがいありそうとか思ったボクが馬鹿だったわ!!!んじゃなに!?どうすんの!?これからどうするつもりだったのさ!?」
三人寄れば文殊の知恵じゃないけれど、もしかしたら何とかなるかもとか生徒会役員っていう強い味方を得たとか、希望を抱きかけてたボクがバカみたいじゃんか!?
「だから協力しようってなってんだろうが!てめぇこそ何かアイデア出したりしろや!」
この大国先輩ってのはボクに吠えられると、自分の今の不甲斐なさも顧みずに脊髄反射で吠え返さないと気が済まないらしい。
さっきのバツ悪そうな大人しさで一生へーこらしとれや!何がアイデアだせじゃ!役立たずが!
だけどボクらの様子を見た恵比寿先輩は、また話の方向が逸れるのを危惧したのか、ボクと大国先輩の間に割って入った。
「僕らじゃできないようなことでも伊呂波ちゃんならできたりするかもしれないと思ってさ?突拍子もない案を思いついたり、園芸クラブを直接支援したりとか」
いくつか提案してきた内容を聞いても具体的な案が上がってこなかったところをみるに、この二人も結局のところはボクと同じように八方塞がりなんだろう。
そのくせボクを宥めようとするためか、まぁまぁ落ち着いてと向けられた手をパシンと払い除けた。
「結局ボク頼りってことでしょ!?ボクだって現実的な打開案なんて無いからこそアンタらと協力しようと思ってたのに!」
まぁボクだって同じな訳だしあんま言えた立場じゃあないんだけども。
(一旦落ち着きましょう?恵比寿先輩の言葉を借りるようですけど、喧嘩してばっかじゃ到底園芸クラブを救うどころじゃないんですから)
それまで黙ってボクらの話を聞いていた吉祥ちゃんもいつもの基本的には傍観しているだけの姿勢を崩して、募った危機感からかボクを諫めた。
そりゃそうなんだけどさぁ。
実際に園芸クラブのために動けるのがボクだけで、しかももう一週間も猶予が残ってないってのにこれといった名案も用意できてないって現状とか。
焦って感情的にもなりますがな。
まぁでも確かに冷静にならんと打開案すらも出てこんかと、肩の力を抜いて少しは落ち着こうと努めた。
そんなボクを見届けた先輩たちも、溜息ついたり苦笑いしながらも各々ソファに座り直す。
「んじゃあどうするっていうんですかぁ?そもそもボクにできることってなんかある?ボクだっていろいろ考えたのになんも思いつかんかったし」
ボクなりには鹿屋野先輩のためにできることをいろいろ模索したんだよ。でも思いつかんかったんだよぉ。
「いま僕たち生徒会側が知っている情報は全部伝えたつもりだよ。だから今度は伊呂波ちゃんが掴んでいる情報とか、実際に鹿屋野さんと接触して知り得た情報を教えて欲しいんだ。まずは最低限でも現状分析と情報整理をしないと名案を考える段階にも至れないからさ」
そりゃまあ確かに恵比寿先輩の言う事ももっともだろうけど、ボクが提供できる情報ねぇ。
簗瀬先輩がもしかしたら何か知っているかもしれないけれど、そもそもこの二人もその簗瀬先輩と去年同じクラスだったわけでしょ?
だとしたらボク以上に彼女らの事情に詳しかったり、いの一番に簗瀬先輩にコンタクトとったりしてるんじゃないかな。
(それでも聞いてみる価値はありますよ。同じクラスといっても同グループにいたわけでもないかもしれませんし、それに大国先輩たちの口から一度も簗瀬さんの名前は出てきてなかったですし)
目の前の先輩方が鹿屋野先輩と同じクラスだったと聞いて、それはつまり簗瀬先輩とも同じクラスだったというわけで。
だからこそこの二人が話に出さないなら、簗瀬先輩が何か握っているかもという可能性を、ボクの中でだいぶ低いものにしてしまっていたのだけれど。
吉祥ちゃんの言う通り、どうせなら話せるだけは話してみるか。ボクが提供できる話なんて他にはないし、せっかく仙兄が教えてくれた情報でもあるわけだし。
「二人は鹿屋野先輩と同じクラスだったんですよね?それなら簗瀬先輩とのことも何か知ってたりするんですか?」
ボクの言葉を聞いた大国先輩と恵比寿先輩は、簗瀬先輩の名前を聞いて、呆気にとられたように目を見開いたのだった。
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