<第拾壱万(よろず)。‐不休の神様‐> ①
【猫萬飯店】
国立八百万学園より徒歩十五分の位置にある、創業二十年以上の中華料理屋。地域の住民だけでなく八百万学園の学園生、特に運動部員もよく利用している。
値段はリーズナブルだが味はそこそこ。
◆
「まさかボクが休日出勤することになるとは……」
よく晴れた土曜日の昼下がり。
八百万学園の校門前で、ボクはうんざりした気分で突っ立っていた。
(別に働きに来たわけではないでしょ……いえ、今日に限っては間違っていないかもしれないですが)
いつもだったらゲームしたりアニメみたり昼寝したりしている時間なのに、なんでこんなことになってしまったのか……帰ろうかな?
(ここまで来てゴネないでくださいよ。鹿屋野先輩のためでしょ?早く行きますよ)
わかっておりますとも。冗談ですとも。
吉祥ちゃんに背中を押されるように校門を通ると、休日であるにも関わらず、何人もの学園生の姿がいたるところに見られた。
遠くからは運動部の元気な掛け声や、楽器の奏でる青春そのものといった活動音も聞こえてくるし。
(みなさん青春してますねぇ~。よきかなよきかな)
そういえばサークルだって沢山あるんだし、ボクが思っているよりも多くの学園生がお休みの日でも登校してきているんだろう。
鞍馬も今日は空手部の練習に参加するって言っていたから、朝から登校してだろうし。
(それに鹿屋野先輩もですね。恵比寿先輩も昨日そう言っていましたし)
昨日、昨日ね。
『園芸クラブを廃部の危機から救いたい』
ボクと生徒会の先輩たちの目的が同じであるとわかった昨日の放課後。
一先ずお互いの持つ情報や認識の共有、そして作戦会議のため、土曜日であるにも関わらず、今日に再度集まる事を約束して解散することと相成った。
当然ボクは休日出勤なんて御免だったし、昨日の内に済ませようと提案したのだけれど。
あの二人は他にもいろいろと仕事があるだなんだ、さらにはボクと話すために時間を使ったせいだとか言い訳をしやがったために、ボクの提案は空しくも却下されてしまったのである。
さらには土曜日なら授業もなく時間を丸一日使える上に、当の鹿屋野先輩も園芸クラブの活動のために登校してくるだろうとは恵比寿先輩の談。
んじゃあ一人で鹿屋野先輩のところにでも行ってこようとしたのだけれど。
その日は家の事情で必要な作業だけして早めに帰宅するらしく、鹿屋野先輩はもうすでに帰っているだろうと恵比寿先輩に教えてもらったために。
ボクも昨日はおとなしく、すごすごと帰宅する次第となったわけである―――
◇
てかそもそも校門から遠すぎんだよ!
生徒会室がよぉ!
心の中でそんな不満を呟きながらも、ようやく生徒会室まで辿り着いた。
「こんちわー」
例によって、別にノックして返事を待つこともなく、適当な挨拶を口にしながら遠慮なく生徒会室のドアから入室した。
「ようやくお出ましか」
「うおっ!びっくりしたぁ……どうしたんすか?そんなドアのすぐ前で仁王立ちして?」
入室するや否やボクの目に入ってきたのは、腕を組んで偉そうに立ちながらボクのことを待ち構えていた大国先輩だった。
「俺らに何か言うべき事があんだろ?」
「え?え?い、いうこと?……あぁ、わざわざお出迎えしてくれるとか、殊勝な心掛けですね。これからもその調子で頑張ってください」
「ざけんなボケ!八時に生徒会室だっつっただろうがよっ!今何時だと思ってんだ!」
邂逅五秒でキレだしやがった。
「いやだから無理だってボクちゃんと言いましたよね!?なんでせっかくの休みの日に八時起きなんすか!いやでしょ!無理でしょ!?」
学校が休みの土曜日に八時に起きろとか、マジで正気の沙汰じゃない。
(いやいや、八時に学園に集合なら、起床時間はもっと前でしょうが。七時とか六時とか)
狂ってんじゃん。
なんで平日の普通に学校ある日よりも早く起きなきゃいけないねん。
「ほらね、円。だから言っただろ?伊呂波ちゃんは八時には絶対に来ないって。伊呂波ちゃんが無理って言ったんならきっと何があっても無理なんだよ」
時間の浪費も甚だしく突っ立ってボクのことを待っていた大国先輩とは違って、恵比寿先輩は事務机に座りながら何かしらの仕事をしていたらしく、手に持っていた書類をひらひら揺らしながらそうおっしゃった。
「そうですよそうですよ!恵比寿先輩の方がよっぽどボクのこと信じてくれてますもんね!」
「アホか!胸張れるような信じられ方じゃねぇんだよ!むしろまったく信用されてねぇってことくらいわかれや!」
出会って一分も経たずにひでぇ言い草である。
この男、きっと罵倒しながら生まれてきたに違いない。
産声が「クソ!」とか「死ね!」とかだったんだろう。
大国ママもびっくり仰天。母ちゃん悲しませるとか、ひでぇ男やでホンマ。
「せっかくの休日なのにそんなカッカしちゃって、疲れません?」
「てめぇのせいだろうが!何時間待ちぼうけてたと思ってんだコラ!」
だぁ!さっきから近いとこで吠えやがるから、ちょくちょく唾が飛んでくんねんてー!いつかのさよちゃんかよ!汚いなぁもう!!!
「勝手に待ちぼうけてたクセして、何がコラじゃ!」
ボクが気遣いの言葉をかけてやったにも関わらず、人の厚意を素直に受け取れないんか!
そんな可哀想な人間であるところの大国先輩ときたら、あろうことか、浅ましくも自分の苦労の責任をボクに擦り付けて来やがってからに。
(なにが『あろうことか』ですか。皮肉にしか聞こえませんでしたけど?)
えぇ~吉祥ちゃんまでそんな邪推しちゃうのん?
人づきあい難しいよぉん。
(そんなだから碌に友達いないんですよ……)
は?いや、は?
友達少ない自覚あるけど、それ全部ボクのせいだっていうの?
(目の前の大国先輩を見てくださいよ……こんなに怒ってるのは誰のせいですか?)
だってこの人、デフォで怒ってるじゃん。
(あなたが常に大国先輩の琴線をつま弾いてるせいですからね)
だってちょっと挑発するとすぐ発火するから。
なんか楽しくなっちゃって。
(やっぱり確信犯じゃないですか……もちろん誤用の方の)
てへっ☆
ちょっとしたオチャッピィだよ☆
(たち悪……)
「―――おいっ!チビこら!どこ見てやがる!聞いてんのか!」
あっ、やべ。
吉祥ちゃんと心の中で話してたせいで、大国先輩がなんか引き続きゴチャゴチャと文句言ってた内容、まったく全然聞いてなかった。
「全然聞いてませんでした!おかげ様です!ありがとうございます!」
とりあえず御礼言っときゃ許してくれんだろ!
(コミュニケーション能力バグってんですか……)
「目の前で話してる人の話ぐらい素直に聞いとけや!てか何がありがてぇんだっつの!馬鹿にしやがってコナクソが!それが人様を待たせてた奴の態度か!この社会不適合者が!」
許してくれなかった。
てかさらに怒った。キモ。
「なにが社会不適合者ですか!てかそっちこそでしょうが!いつもいつも我慢できずにカッカカッカと!餌取られたスラム街のドブネズミだってもっと寛容だっつの!」
「はぁ!!?身長もモラルもドブネズミ以下のテメェに言われたかねぇわ!」
「はぁ!?なんですって!?」
「なんだよ!!?」
「「あぁん!!!?」」
額を突き合わせてお互いにガンつけ合うボクたちに、呆れたような視線を向けた恵比寿先輩は。
「―――また始まったよ。はぁ……」
やれやれとばかりに、そんな呟きと溜息を一つ、事務机の上に零したのだった―――
◇




