<第十万(よろず)。‐不逞の神様‐> ⑤
◇
友人と帰宅する際の楽しげな話し声や、部活に精を出す学園生の元気な声が微かに聞こえてくる、とある校舎裏にて。
三人と一柱は依然として、校舎裏にて道草を食っていた。
(今日は金曜日で、園芸クラブの廃部の決定が下されるまで、残り一週間。さらには明日からは休日で、実際に何か行動できるのは来週の4日か5日分の時間のみ……そのような状況だと言うのに、伊呂波ちゃんときたら―――)
「おい吉祥!テメェ裏切んじゃねぇぞ!!!」
「こっちのセリフですけど!?アンタの方こそちゃんとやってくださいよ!?」
(はぁ……まぁ確かに、生徒会のお二人と話し合うのも、園芸クラブを廃部の危機から救うためにはきっと必要なことだとは思いますけどね。伊呂波ちゃんはまだ気づいていないようですが。それにしても)
「テメェがじゃんけんで負けたくせに散々ごねたんだろうが!仕方ねぇから同時にってことにしてやったんだ!!俺の寛容な心意気に感謝の言葉もなしか!?」
「ゴチャゴチャうっさいっすよ!!いいですかっ!?『せぇの』で同時ですからね!?絶対やれよっ!?」
(いつまでやってんだ、この二人……)
「テメェこそだわっ!!絶対だぞっ!!いいなっ!?行くぞっ!?」
「「せぇの!!!……やれやっ!!!」」
「―――いいから二人とも、さっさとやってその茶番はやく終わらせてよ……」
正座の姿勢のボクらの頭は、さぞや叩きやすかっただろう。
注意するように、恵比寿先輩がボクと大国先輩の頭を、軽くポカポカッと叩いた。
「往生際悪いんすよっ!次やんなかった方が全裸で世界百周ですからねっ!?」
「上等だ!!千周でも億週でもしてやるわっ!!!」
「小学生か君らは。はいはい、ほらいくよ?せぇの……」
「なぐってごめんなさいでしたぁっ!!!クソがっ!!!」
「ののしってわるうござんしたぁっ!!!クソがっ!!!」
そうしてボクたちは向かい合い、校舎裏の土の上で、同時に土下座をしたのだった―――
「君たち実は相性ピッタリなんじゃないかと思い始めてきたよ、僕は……」
(同感です……)
◇
膝についた土を払った後、ボクたちは改めて向き直った。
「さて、おい土下座後輩」
「なんですか、土下座先輩」
人前で恥ずかしげもなく土下座したこの厚顔無恥の土下座野郎のあまりの情けなさに、しょうがなく許しを与えてやろうと思ったのに。
それなのに、ちょっと人に土下座されたくらいで調子に乗りやがって。
(どの口で言ってるんですか……)
「今日はもういいからとっとと帰れ」
そう言うや土下座オブクソ大先輩様は、ボクを追っ払うように手をひらひらと向けてきた。
「はぁ?さっきはゴミ拾いしろだなんだと偉そうに命令してきたくせに」
「もう今日はいい。これ以上学園内に残られて、変な騒ぎ起こされても困るしな。ただでさえ時間がないってのに……んじゃな」
「あっ!ちょっと―――」
なにやら勝手にその場から立ち去ろうとする大国先輩の背中に、ボクが罵倒を放とうとした矢先。
「円、ちょっと待ってくれるかな?」
てっきり一緒にこの場を立ち去るだろうと、そう思っていた恵比寿先輩が大国先輩を引き止めた。
「あん?なんだよ福」
振り向きながらもこの場に留まるつもりはないのか、数歩進めた距離を詰めることなく、大国先輩は足先をパタパタしながら次に続く言葉を催促している。
「―――君たち二人はさ、本当に僕の予想を大きく裏切ってくれるくらいには仲が悪いよね」
「「はぁ?」」
やべっクソこんな奴とハモってしまった。
思わず漏れた疑問の相槌が重なった不満や、さらには恵比寿先輩が何を言ってるのかという疑問から、大国先輩に視線を向けたけれど。
ボクから向けられた視線などお構いなしで、大国先輩は訝しげに恵比寿先輩を見続けていた。
(―――ようやくですか)
え?なにが?
さらには吉祥ちゃんも物知り顔で何やら呟いてるし。
あれれ?ボクだけ置いてけぼりくらいそうなんだけど?
「おい福、そんな文句言うためだけに引き止めたのか?そういう不満なら後で聞いてやるからよ」
そうだそうだー。
後にしろー。
一人状況についていけずに置いてかれるのも癪なので、心の中で適当な合いの手を入れて、吉祥ちゃんのお説教を期待したけれど。
当の吉祥ちゃんは恵比寿先輩の次の言葉を待つように、ただ黙っているだけでありんした。
無視するなんて酷いじゃないのよん。
(もう……いいからちゃんと聞いていなさい。今までのおふざけとは違って真面目な話ですよ?)
へぃ……そうしやす。
吉祥ちゃんの言う『真面目な話』とやらに耳を向けるために、改めて視線を恵比寿先輩に戻すと、当の恵比寿先輩はボクと大国先輩にそれぞれ意味ありげな目配せをした。
「君たちがここまですれ違い続けるなんて、初めは僕が仕向けたことではあるけれど、流石に予想外だったよ」
「はぁ?仕向けたってなんだよ。俺と吉祥が相容れないのは俺らの問題で、福のせいじゃないだろ」
たしかに、こう言っちゃなんだけど、ボクと大国先輩のウマが合わないが故に勝手にいがみ合ってるだけで、恵比寿先輩に責任があるわけではないと思うんだけど。
(本当にそうですか?よく思い出してみてください)
思い出せって言われても?
「確かに根本的には二人の仲の悪さが原因ではあるんだけどね。だけど、円の知らないところで、あえて火に油を注ぐようなこともしてるんだよ」
「はぁ?」
火に油って……あ。
もしかして―――
「まず伊呂波ちゃん、君には謝らないといけないことがあるんだけど……何のことかは察しがついてるよね」
「―――ゴミ拾いの、大国先輩への嘘、ですか?」
「うん、その通り」
そうだ、たしかにそんなこともあった。
ボクが鹿屋野先輩と初めて会ったあの日、鹿屋野先輩にゴミ拾いを手伝ってもらったこと。
それを恵比寿先輩には伝えてあったはずなのに、大国先輩にはボクが頑張って一人で終わらせたと報告されていた。
そのせいで、きっとボクはそれまで以上に大国先輩から悪い印象を持たれることになっただろう。
『嘘つき』な上に、大変な境遇にある鹿屋野先輩を自分の都合に巻き込むような、そういう『自分勝手』な人間なんだと。
そして実際に、それ以降は常に、それまで以上に大国先輩とは言い争ってばかりだった。
「あの時も同じことを言ったと思うけれど、僕はわざと虚偽の報告を円に行った。伊呂波ちゃん、嘘をついてごめん」
『謝らないといけないこと』に合点がいったボクに向かって、恵比寿先輩は頭を下げた。
たしかにあの時は怒って生徒会室に乗り込んだけど、数日経っているせいか、正直いまは別にあの時ほどの憤りは感じていない。
てか園芸クラブのことがあったせいか、今の今まで忘れてたくらいだし。
「おい、嘘ってのはなんだよ。そいつが自分のペナルティに鹿屋野さんを巻き込んだのは事実だろ?別に福からもともと二人でやりましたって聞かされてても、俺は変わらずにこいつを軽蔑してたと思うぞ」
うぐぐ。
そんなことを言われたら、ボクは何も反論できない。
園芸クラブの事情を知らなかったとは言え、手伝ってもらったのは事実なんだから。
罪悪感に気が沈み、自然と俯いたボクの傍に、恵比寿先輩が寄ってくる。
そしてボクの肩をポンポンと、まるで励ますように叩いた恵比寿先輩に視線を向けると、何故か笑顔を向けてくれた。
気に病まないでと、そんな気遣いをしてくれているような、そんな優し気な笑顔。
「そうかもしれないね。だけどね円―――」
恵比寿先輩はボクに見せていた顔を大国先輩に向けたが、そこには既に柔和な笑顔などはなく、真剣なものへと様相を変えていた。
そして、まるでボクを庇うように、ボクと大国先輩の間に立ち塞がった。
「―――そう思うように仕向けたのも、僕のせいなんだよ。円には、伝えなくてもいいような嘘は伝えたし、伝えた方が良いはずの事実はわざと伝えなかった」
「嘘とか事実とか……何のことかわかんねぇよ!もっと具体的に言ってくれよ!」
事情についていけていないことや、ボクに味方するような気遣いが癪に障ったのか、大国先輩はそう声を荒げて、恵比寿先輩に詰め寄った。
「まず鹿屋野さんが伊呂波ちゃんのペナルティであるゴミ拾いを手伝ったのは、僕らのせいでもある」
「は、はぁ!?俺らのせいって、なんでそんな」
「鹿屋野さんと直接話した時に言っていたよ。鹿屋野さんが新しく見つけた花壇を問題なく使えるように、僕らが手伝ったこと。その恩返しとして、自分も誰かの役に立ちたかったんだって」
「……え?」
この二人が。
生徒会役員である、この二人が?
ボクの口から零れた疑問の声が聞こえたためか、今度は恵比寿先輩はボクに顔を向けたままで、なおもボクと大国先輩への説明を口にし続ける。
「学園の誰かを手伝って学園生の困りごとを解消できれば、さらには学園の敷地内も綺麗になれば、ゆくゆくは僕や円も助かって、少しは僕たちの負担を減らすことにもつながるかも、ってさ」
生徒会役員であるはずのこの二人が、鹿屋野先輩を手伝ったって?
「でもおかしいじゃん!誰かだけ贔屓はできないって、大国先輩は確かにそう言ってたのに!」
以前に言われたその言葉を確かめる為に大国先輩に目を向けると、ボクの視線を受けた大国先輩は、ばつが悪そうに目を逸らした。
「……ちっ、そうだよ。だから鹿屋野さんには口止めしてたんだ。俺らが手伝ったことは誰にも言わないで欲しいってな」
(まぁきっとそうだろうなとは思っていましたが……伊呂波ちゃんは生徒会、というより大国先輩たちにネガティブなフィルターをかけているせいで、全く気付いていませんでしたけれどね)
いや、だって!
「でも恵比寿先輩言ってたじゃん!園芸クラブがなくなってくれた方が嬉しいって!」
「うん、たしかに僕はそう言ったね」
恵比寿先輩が前に言っていたことを確かめるために。
糾弾するために。
きまりが悪そうにしている大国先輩から恵比寿先輩に視線を移すと、恵比寿先輩は肩をすくめてボクの言葉を肯定した。
「ほら!」
あの時、生徒会室で言われたその言葉。
そのせいで、ボクは生徒会に対して軽蔑や敵対心を抱く様になったんだから。
「だけどね伊呂波ちゃん。僕はあの時、こう言ったはずだよ―――『生徒会としては助かる』って」
あれ?そうだったっけ?
……たしかに、朧げな記憶の中でもあの時の恵比寿先輩は、生徒会が云々だとか、やたらと『生徒会』という言葉を使っていたような気もする。
(『生徒会の役員』としては助かるけど、『恵比寿先輩』個人としては本意ではないと。なるほど……あえて行ったその言い回しこそが、恵比寿先輩の言う『火に油を注ぐ』ってことにつながるのでしょう)
吉祥ちゃんは勝手に納得しているけれど。
ボクはまだ、恵比寿先輩の言葉や状況を飲み込むことができなかった。
だって急にそんなことを説明されたとしても。
それこそ、恵比寿先輩に騙されそうになっているんじゃないかって、そんな疑念は払拭できないし。
それに……あっ!そうだよ!
【異議あり!】
鹿屋野先輩が着てたジャージの刺繍の色!
この二人は二年生で、鹿屋野先輩って三年生だったはずでしょ!?
鹿屋野先輩は前に、『隣のクラス』の人に手伝ってもらったって言ってたし!二年生と三年生のクラスって学舎が違うって聞いたことあるし!
(……ジャージは先輩後輩で交換することもあるらしいって、あの時あなただって思っていたじゃないですか。伊呂波ちゃんが勝手に勘違いして、鹿屋野先輩が三年生だと決めつけてしまっただけでしょ?)
ぐぎっ!……うぅ、たしかにそうかもしれないけど。
いやだってでもさ?
鹿屋野先輩が何年生かなんてそのあと気付く機会なかったじゃん!
二年生以上になると学科分けされて何年生とかわかりずらいし!簗瀬先輩のクラス聞いた時だって、普通科二年の教室だとか仙兄教えてくれなかったし!クラスの場所がどこかとか言われても、何年生用の学舎だとかボク知らないし!
(全部言い訳ですね)
ぐぬぬ……。
(でもまぁそういう伊呂波ちゃんの無知だとか世間知らずだとか勘違いとかも、恵比寿先輩の思惑通りに事が運ばなかった要因なのでしょう)
今のボクは、恵比寿先輩の言葉が本当のことか、ボクを騙すための嘘かを判断する術を持っていない。
だけど、恵比寿先輩が大黒先輩の目の前で、虚偽の申告をしていたことを白状して、ボクに謝ったことは事実だし。
さらには、困っていた鹿屋野先輩の活動を手伝ったことが本当だったとしたら。
生徒会執行部としての役割とかは関係なく、ボクと同じように、本当は鹿屋野先輩を助けようとしているのなら。
優しい鹿屋野先輩に、報われて欲しいと思っているのなら―――
「―――わかりました。でも、まだ完全には、恵比寿先輩の言葉を信用しきれませんが……」
「うん。ひとまず僕の言葉を頭ごなしに否定しないでいてくれるだけでも嬉しいよ。ありがとう、伊呂波ちゃん」
「ふ、ふんっ!ただそうかもしれないって可能性もちょっとは残してあげてるだけですからねっ!別にあなたたちのことを信用しているわけでも好感度が上がったって訳でもないですからねっ!あと再三言ってますけど『伊呂波ちゃん』はキモイからやめてください!」
「うん。ありがとう、伊呂波ちゃん」
いや、おい。
都合のいいとこしか聞いてねぇじゃん。
『ありがとう』という言葉とともにボクに向けられた恵比寿先輩の笑顔は、いつかの底意地とか性格が悪そうと感じるようなものではなく。
それこそ、最初に出会った時に思ったような、人の良さそうで優しそうな笑顔に見えた、気がした。
「ねぇ、円」
「……なんだよ?」
真剣な表情を向ける恵比寿先輩と、そんな恵比寿先輩と目線を合わせようともせず、そっぽを向いて今までの話を黙って聞いていた大国先輩。
「君は、伊呂波ちゃんが鹿屋野さんの邪魔をしてるって、そう言っていたけどさ―――」
「……あぁ、クソ!わかった、わかってる!」
恵比寿先輩の言葉を遮った大国先輩は、忌々しそうに頭をガシガシと掻きながら、どこか観念したかのように―――
それまで心の内に抱えていた『なにか』を起きざるように―――
「大体の事情は呑み込めたし、お前の言わんとしている事にも大方の予想はつく。さっき言ってた『嘘』と『事実』ってのにもな!」
ボクら、というよりも、恵比寿先輩に近寄ってくると、乱暴に恵比寿先輩の胸倉をつかんで、それまで逸らしていた視線をようやく合わせたのだった。
「―――そうか。ごめんね」
「ちっ……お前には後で言いたいことが山ほどあるが、こっちはいいから、先に吉祥とのことにけりをつけろ」
それだけを言って、恵比寿先輩の胸元を掴んでいた手を荒々しく離すと、またそっぽを向いてボクらから離れたのだった。
さっきまでと同じように、ボクたちの話を邪魔しないように。
「―――ボクと円と鹿屋野さん、実は去年同じクラスだったんだ」
少し乱れた胸元を正しながら、恵比寿先輩がボクに向けて話し始める。
「鹿屋野さんはいつも優しくあって、誰かと喧嘩しているところも怒っているところも、一度だってみたことがない」
過去を振り返りながら。
かつての日々を思い出しながら。
「彼女には、それに園芸クラブにいた先輩たちにも、生徒会主催のボランティア活動に何度も参加してもらったりと、いろいろと恩もある」
大切にしたいもの。
守りたいものを想っているのだと、そんな印象すらも感じさせるような、穏やかな表情を浮かべて。
「僕も、もちろん円も、園芸クラブの廃部を阻止したいと思っている。鹿屋野さんのように優しい人には報われて欲しいと思っているし、報われるべきだと、そう願っている」
だけど、恵比寿先輩の瞳に映った感情だけは鋭くて。
強い決意を秘めているようにさえも見えて。
揺るぎないほどに真剣だったから。
「僕たちの目的も君と同じなんだ。絶対に鹿屋野さんを、鹿屋野さんの大切なものを守りたいんだ」
恵比寿先輩の本音を、本心を、疑いようもないほどに受け入れることができてしまったから―――
「だから、伊呂波ちゃん―――僕らに、手を貸して欲しい」
―――だからこそ、差し出された手を、ボクは握ることができたのだろう。
◇
今朝のボクが聞いたら、まさかと思うだろうけど。
このような経緯を経て。
ボクと恵比寿先輩と大国先輩は、園芸クラブ存続のために、協力することになったのだった―――
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