<第十万(よろず)。‐不逞の神様‐> ①
【天之狭霧神】
大山津見神と鹿屋野比売神により生まれた霧の神様。
山と野の境、つまり境界を司る神様であるという説や、山にたちこめる霧の神として、人々から恐れられていたという説もある。
◆
「みんなの頭から、花が一本にょきって生えてきたらいいのになぁ……」
みんな大好き金曜日であるにも関わらず、ボクは憂鬱な気分に苛まれながら、窓の外を眺めつつ、ついついそんな願望を口から吐き出していた。
「とうとう意味わからんが……どんなメルヘンな世界観だよ」
つい先まで一緒に弁当を食っていた鞍馬は、ボクの意味深な呟きに、流石の流石に呆れていらっしゃるし―――
「そんな世界になったら皆さんパニックになると思いますが……大丈夫ですか?なんか病んでます?」
さよちゃんはさよちゃんで、心配してる風を装いながら、なんかちょっと馬鹿にしてるっぽい。
「だってさぁ、考えてみ?みんな頭から花生えてたら、なんかちょっと滑稽じゃん?争いとか諍いとかなくなって、世の中平和になりそうじゃんか」
「どんな発想だよ。頭花くんすら望んでねぇぞ、そんな世界」
頭花くんとか懐かしいなおい。
小学生の時、夏休みによお一緒にみてたもんな。コジコジ。
「あたま、ばなくん?そんな方がいらっしゃるんですか?まるで吉祥君ですね」
そうかぁ。
さよちゃんはコジコジ知らないかぁ……って待って待ってちょっと待って。
「え?何それどういう意味?さよちゃん?もしかしてボクの頭ン中お花畑やんってバカにしてるん?ん?んん?」
「そこまでは思ってないですが……」
んじゃどこまで馬鹿にしとんじゃ!
さよちゃんの中で『はーちゃん』はもうどっか行っちゃったんか!
幼き日の大事な友人とか言うとらんかったか!えぇ!?
(そりゃ昔の素直で純真無垢な伊呂波ちゃんと、今のアホでワガママで傍若無人な伊呂波ちゃんでは扱い方が変わるでしょうが)
「頭ン中お花畑って表現、伊呂波にピッタリじゃねぇか。よお自分のこと理解しとるわ。ははは」
「はぁぁ!?みんなして言いたい放題いいやがって!顔の穴っぽこ全部に花びら詰めんぞ!ボクはやるぞマジで!ええんか!マジでやるぞ!?」
と、そんなとき。
いつも通り、ブランチ後の雑談で盛り上がっていたボクらの前に―――
「伊呂波、鞍馬。今ちょっといいか」
そんな言葉と共に、待ちわびていた仙兄が現われたのだった―――
◇
仙兄に連れられて、人気のない廊下まで移動してきたボクと鞍馬、プラスさよちゃん。
「早速で悪ぃが、昨日伊呂波に頼まれていた件なんだが―――」
別に誰に聞かれて困るって話ではないんだけど、それでも一応周りに人がいないことを確認した後で。
昨日の晩、園芸クラブについてお願いしてた件について、さっそく仙兄が話してくれようとしたその矢先。
「え?あ、あのっ!」
それまで眉根を寄せて困惑顔でいたさよちゃんが、慌てたように声をあげた。
「私、この場にいてもいいんでしょうか?よく事情も把握できていませんし……」
さよちゃんの戸惑いや疑問も当然のものだろう。
クラスにいきなり仙兄が訪れたと思ったら、ボクらと一緒にこんな人気のない場所まで連れてこられたわけで。
それに、取り込んだ話をするって雰囲気も感じ取っているのかもしれないし。
「ごめんねさよちゃん。ロクに説明もせずにこんなところまで連れてきて」
さよちゃんにも協力してもらうのなら、ちゃんと説明はしないとあまりにも不義理なんだろうけど。
あーでも、申し訳ないけど現状について詳しく説明するのは、ちょっと後でにさせてもらおう。
お昼休みが終わってしまう前に、仙兄から調べておいてもらったことを聞いておかなきゃいけないし。
「あのねさよちゃん。ボクがいま、園芸クラブってサークルの手伝いをしたくって。あ、でも手伝いっていうか、廃部になりそうな状況をなんとかしたいってのが本当なんだけど」
ということで、さよちゃんにはボクと園芸クラブの事情について、いまは簡略した説明だけをさせてもらった。
「それはまた急な話で……ってあれ?吉祥君はたしか生徒会のお手伝いもしていたはずですよね?その一環で、ということでしょうか?」
あぁそういえば、ペナルティで生徒会活動の手伝いをする羽目になったってことは話していたんだっけ。
そんな話をした数日後に、別の団体の廃部をなんとかしたい、なんて言われたら、そりゃそう思ってしまうのも当然だろう。
実際はバチバチに敵対しているのだけれども。
「いや、実はむしろ生徒会とは敵対してるのです。あのクソ共、弱小クラブを潰して回るのを至高の娯楽にしているみたいで」
いま思い出しても、あの時の恵比寿先輩の言動や、大国先輩の常時ボクを舐め腐った態度には腹が立つ。
絶対にあの二人、性悪で意地悪で人間性も壊滅してて友達もいないだろう。
思いやりとか持ったことない性格破綻の品性下劣共が、ボクら学園生の代表として活動してるとか、嘆かわしいったらないね。まったく。
「私怨を混ぜ過ぎだろ。捏造し過ぎだっての。どんだけ円と仲悪ぃんだお前は……」
さよちゃんに生徒会のネガキャンをまだまだしようと口を開きかけたところで、ポカッと頭を軽く小突かれながら、仙兄に諫められてしまった。
「悪者に仕立て上げようって気概がすげぇな。すぐ話を盛りたがる伊呂波らしいっちゃらしいが」
鞍馬も仙兄に便乗しやがって、ついでとばかりにボクのネガキャンしやがるしぃ。
こいつら昨日のボクの話を聞いてもてんで信じようとせずに、大国先輩たちを庇うようなこと言いやがってからに。
ボクの方が二人とずっと一緒にいるんだから、ちょっとは肩を持ってくれてもいいのに!
「ふんだ!もういいよ!とにかく今は園芸クラブに廃部になって欲しくないからなんとかしたいって訳なの!だいぶ大雑把な説明になっちゃったけど今はそれで納得しといてね!」
「は、はぁ……わかりまし、た?なんとなく事情は理解できましたけど」
(あ~ぁ。伊呂波ちゃんがすぅぐキレるから、弁財さんが困っちゃってますよ……)
知らん!
(もぅ、またそうやってすぐ拗ねちゃうところがまだまだお子ちゃまなんですから……)
「まぁ委員長。生徒会についてボロクソ言ってたのは話半分でいいんだが、伊呂波が園芸クラブの為に動こうとしているのは本気みたいなんだ。良かったら協力してやって欲しい」
誰もボクの味方をしてくれないことにプリプリ怒っているボクに呆れながらも、鞍馬はさよちゃんにも協力をお願いしてくれていた。
「そういうことなら、是非ともお手伝いさせてください。誰かの為に真剣になれるところは、吉祥君の素晴らしい所だと思いますし」
ぐぬぬ……褒めてくれたさよちゃんの笑顔を見てたら、なんか一人で怒ってんのが馬鹿らしいというか恥ずかしいというか、何はともあれ怒りは収まってきた。
多少のバツの悪さも感じながら。
「ゴホン……それで、仙兄教えてくれる?調べてくれたことについて」
とりあえず話を本筋に戻すべく、仙兄に改めて向き直り、本題となる話について促した。
「あぁ……つっても、伊呂波が喜ぶような情報は手に入らなかったんだが」
話し始めた仙兄の表情からもうすでに、芳しいような情報は得られなかったのを察することができたけれど―――
「花壇について学園長先生に聞いてみたが、今年度から園芸クラブが新たに使用してるって場所以外は知らないらしい」
―――その事実を裏付けるように、話してくれた内容も、ボクの望んだものとは正反対のものだった。
「学園長先生が知らなってんじゃ、おそらく敷地内にはもう誰も使ってないような花壇はないんだろうな」
誰よりもこの八百万学園で生活した時間が長く、学園のことを知っているであろう寿学園長が知らないのなら、やっぱりそれが事実なのだろう。
「そっか。うぅん、どうしよう。正直ちょっと期待してたんだけど……困ったな……」
活動場所の確保による実績づくりができないのであれば、やっぱり部員数の確保くらいしか、廃部の予定を打破する方法が思いつかない。
けどそれも、唯一の部員である鹿屋野先輩が難色を示している以上、無理矢理どうこうして良い方法でもないわけだし。
「悪ぃな。あんまり力になれなくて」
落ち込んだボクを見かねてか、仙兄は申し訳なさそうに謝ってくれたけれど。
そもそも、八百万学園のことを最も知っているであろう寿学園長から情報を聞いてきてくれたのだから、それだけでもメチャクチャ有難いのだ。
内容はネガティブなものではあったけれど、『これからどうするか』を考えるための、とても貴重な情報ではあったわけだし。
「いやいやいや、それだけでも聞けてよかったよ。調べてくれてありがとね仙兄」
だから、そんな申し訳なさそうな顔をしないで欲しいという思いも込めて。
頼んだことを律儀にこなしてくれた事の御礼は、素直な気持ちとささやかな笑顔をもってして伝えてさせてもらった。
そんな思いが伝わったのかはわからないけれど、それでも仙兄はさっきまで浮かべていた心苦し気な表情は引っ込めて、多少は安心したような顔で、ボクの頭をポンポンと軽く撫でてくれた。
普段なら気恥ずかしさから拒むような行為だけども、まぁ今回ばかりは甘んじて受け入れておこう。
昔はよく頭撫でられていて嬉しがってたわけだし。思春期拗らせてからは、うっとおしさが勝るようになってきたけども。
「んじゃあ、もうすぐ五限目の授業始まっちゃうかもだし、ボクたちは教室に戻るね。仙兄も授業の準備とかあるのにごめんね」
「あぁ、ちょっと待て。あと一つ。去年、鹿屋野のクラス担任だった先生とも話をしたんだが……」
ボクが昨夜に頼んでいたのは、学園敷地内の花壇の有無についてだけだったのだけれども。
仙兄はそれ以外にも、いろいろ調べてくれていたらしく―――
「同じクラスに、鹿屋野と仲の良かった女子生徒がいたらしい」
―――仙兄の口から聞かされた新情報は、先に教えてもらった情報以上に、これからのボクにとって有益そうな情報だった。
「その先生が言うには、去年まではいつも二人一緒に昼飯を食ってたくらいには仲が良かったはずなのに、進級してからは、一緒にいるところを一度も見たことがないっつっていた」
「でも仙兄、クラスが分かれるとかで接点がなくなって、たまたま疎遠になっちゃうことなんてザラにあるだろ?」
それまで黙って聞いていた鞍馬も何か気になることがあったようで、訝し気にそう仙兄に訊ねていた。
話しの腰を折ろうとかってわけではなく、その女子生徒が鹿屋野先輩と何かあった末に疎遠になっただとか、そう思い込むのもいけないと思っての疑問とかなんだろう。
それで疎遠になった理由が特段なければ、もしかしたら残された貴重な時間を失うだけでなく、その女子生徒にも迷惑をかけてしまうかもしれないし。
「まあ鞍馬の言うことも尤もだ。だが、件の女子生徒、『簗瀬霧乃』って生徒なんだが、入学してからずっと園芸部に所属してはいるが、今は園芸科ではなく普通科に在籍しているらしい」
(伊呂波ちゃん)
うん。たぶんボクも同じことを考えてる。
たしかに思い込みや決めつけで行動するのは、結果無駄に終わった時に時間を浪費することにもなるし、危険なのかもしれない。
けれど、園芸部に所属しているくらいには『園芸』に興味があり、その『園芸』は図らずも、鹿屋野先輩とも共通している分野である。
「確かに不発に終わる可能性はあるかもしれないけれど、他に策があるわけでもないわけだし、その簗瀬先輩って人に懸けるしかないかもしれない」
鹿屋野先輩といつもお昼を一緒に食べる程に仲が良かったのに、今は疎遠になっていて。
園芸部で活動しているのに、鹿屋野先輩の所属する園芸科に進む選択はしなかったという簗瀬先輩。
「だから仙兄」
その人になら、鹿屋野先輩が他人からの助けを拒み、部員を増やすことにも前向きではない、その理由を聞くことができるかもしれない。
新しい花壇を見つけて活動場所を増やすって作戦が潰えてしまい、部員を増やすって方法しか思いつかない今のボクにとって―――
「もし、簗瀬先輩の今年のクラスがどこなのかを知っているのなら、教えて欲しい」
その『簗瀬先輩』が、今のボクの持ちうる唯一の可能性であり―――
そして、園芸クラブが廃部の危機から免れる為の、その救いとなってくれることを願わずにはいられなかった―――
◇




