<第九万(よろず)。‐不撓の神様‐> ①
【恵比寿】
七福神の中で唯一の日本由来の神様であり、漁業や商売繁盛の神様として信仰されている。
伊邪那岐と伊邪那美が国生みの際に生んだ水蛭子が神として祀られたことで恵比寿神となり七福神の人柱になったとされている。
『おん いんだらや そわか』
◆
「生徒会室に隕石落ちないかなぁ」
生徒会のクソ先輩共に対するヘイトも積もり積もって、現在お昼休みのマイ教室なうである。
昨日の別れ際、恵比寿先輩はお昼休みに、今日からの奴隷活動について伝えに来るだなんだとのたまわっていたけれど。
『クソが逃げてやろうか』と一瞬思ったものの、あの人から逃げたと勘違いされるのもメチャクチャ癪なので、我慢して教室で鞍馬やさーちゃんといつも通りのランチタイムである。
「どんな内容のボヤきですかもう。物騒ですね」
ボクの胸中に溜まりまくった鬱憤や不満にも気付いてくれることもなく、さーちゃんはお弁当箱を広げながらボクの発言に呆れていた。
「こいつ昨日大国先輩や恵比寿先輩とやり合ったらしくてな。昨夜からずっとこんな感じでむくれてるんだよ」
頭にポンポンと置かれた鞍馬のうっとおしい手を振り払う。
昨日の夕飯時、生徒会でのいざこざについて鞍馬には愚痴ったのだけど、この薄情者はボクの言葉をあんまり信じた様子もなく、『何か誤解があるんじゃないか』だなんだと、ボクの味方をしてくれなかった。
その時に思う存分罵ったし、不満をぶつけるように家から蹴り飛ばして追い返したけれど、その程度の仕打ちじゃ当然ボクの不満が解消されることもなく。
改めて鞍馬のバカ野郎を罵ろうとしたその矢先―――
「やぁ伊呂波ちゃん。今ちょっといいかな?」
などといういけ好かない声と言葉が、いけ好かない顔と共に、我がクラスに訪れやがったのだった―――
◇
「はい、これを渡しとくね」
恵比寿先輩に連れられてやってきた、人気のないとある廊下にて。
そんな言葉とともにボクに渡されたのは、紙袋が一つ。
「なんですかこれ?」
紙袋の中を覗いてみると、ゴミ袋やら書類が入ったクリアファイルやら、そして謎の丸められた大きな紙の筒やらが入っているのが見受けられた。
「今日から伊呂波ちゃんにしてもらう生徒会業務に必要なものだよ」
何が面白いのか、ニコニコと不愉快ないつも通りの笑みを受けべる恵比寿先輩であったが、この男は昨日、生徒会室でボクとした会話のやりとりを忘れてんのだろうか。
いやむしろ、怒り心頭だったボクとの諍いなど、恵比寿先輩にとっては憂慮するほどでも無い程度のものだったのだろう。
「ちっ」
わざとらしく舌打ちかましてやった後、『もう用は済みましたよね』とばかりにその場を立ち去ろうとしたけれど―――
「待って待って。説明しないといけないこともあるんだから」
そうは問屋が卸しませんとばかりに、恵比寿先輩はボクを引き留めなすった。
「はぁ……」
まぁボクだって紙袋一つ受け取って、はいさよならで終わるとは思っていなかったし、わずかばかりの意趣返しというか、抵抗でしかなかったわけだけど。
改めて恵比寿先輩へと向き直り、あえて意識して胡乱気な視線を向けた。
ボクが話を聞こうとする態度に満足いったのか、よしよしとばかりに頷いた恵比寿先輩は、改めて『説明』とやらについて話し始める。
「昨日も行ったけれど、今日から伊呂波ちゃんには各団体の活動調査ではなく、別の仕事をしてもらいたいんだ」
昨日行った活動調査とかいう、最大級の罰ゲームについて思い出そうと脳みそが回転を始めたが、頑張って止めといた。
虫食ったことなんて、わざわざ思い出しとうないわ。
うえっ。
そんな苦い思い出残る活動調査なんて、そんなのこっちとしても願い下げだし、それ自体は別にいいんだけど。
いやそもそも、ボクはもう正直、生徒会活動に従事するのなんて真っ平御免と思っていた。
停学だ退学だと脅されようと、もうどうにでもなれとすら昨夜までは思っていた。
だけど、このままでは鹿屋野先輩の園芸クラブは廃部になってしまうと恵比寿先輩から聞かされたあの言葉が、ボクに考えを改めさせた。
「さっき伊呂波ちゃんはその中身を確認してくれていたし、なんとなくの察しはついているかも知れないけれど」
ボクがペナルティとやらからエスケープをし続ければ、ボクは学園での活動を制限されるか、最悪学園に通う権利を剥奪されるかもしれない。
そうなれば、鹿屋野先輩のためにボクが出来ることにも、悪い意味で影響が出てしまう。
「今日からはまた、君には八百万学園の敷地内で清掃活動を行って欲しいんだ」
ボクが鹿屋野先輩のことを助けられる、絶対に救ってあげられるだなんて。
そんな大きすぎる自惚れを抱いているつもりはない。
―――ボクの助けなんて微力なものだし、結果的にも状況は何も変わらないかもしれない。
「だけど一昨日の時とは違って、何処のゴミ拾いをしろだとか、ゴミ袋何個分を集めてこいだとかってノルマを課すようなことを言うつもりはないんだ」
だからといって、どうせやるだけ無駄だからって、鹿屋野先輩や園芸クラブと関わることを止めるつもりなんて。
そんな思いや考えなんざ、ボクは抱いてなんていない。
「集めたゴミはゴミ捨て場に捨てに行ってくれても良いし、特別校舎棟の入口に置いといてくれてもいいよ。僕が気付いた時にでも捨てておくし」
だって、もしかしたら、ボクにも何かを変えられるかもしれない―――
「それと、伊呂波ちゃんに書いてもらうように言っていた毎日の活動報告書に関してなんだけど」
―――その可能性だって、決して0%ではないんだから。
「これからは、毎日提出しに生徒会室に来てもらわなくても大丈夫だから」
だからボクは、いまだけは表面上だけでも、この人たち生徒会の先輩どもに従っていなければいけない。
「キミも正直、僕や円と顔を合わせずらいでしょ?だから来週末にまとめて提出してくれればいいから」
もしかしたら、ボクが何かしようとしても、全部が無駄に終わるかもしれない。
もしかしたら、ボクの力ではなく、知らない誰かが鹿屋野先輩を救うことになるのかもしれない。
「一応、今日から君にしてもらう活動についてに説明は以上になるんだけど」
―――だとしても、そんなことは関係ない。
こんなのボクの自己満足で、ボクが後悔したくないからやるってだけのことで。
そんなエゴは重々承知の上で。
それでもボクは、鹿屋野先輩のために、ボクのやりたいようにやるって―――
―――そう、決めたんだから。
「全部聞いた上で、何か質問はあるかい?」
えっ?
あ、やばい。
頭の中でカッコつけた決意表明してたせいで、恵比寿先輩の話なんて全然全く一切聞いていなかったや。
(はぁ……だと思いましたよ。しょうがないですね……恵比寿先輩の話されていた内容については、後で私がもう一回説明してあげますから)
わ~お!
さすが吉祥ちゃん。
やっぱり持つべきものは頼りになる神様である。
マジ感謝。
(まったく……)
「特に質問もないようなら、今日から君にしてもらう活動についての説明はこれで終わりだね」
まぁ、とは言っても。
どんな説明であったのだとしても、どんな仕事であったのだととしても、真面目に取り組むつもりなんて全然ないわけだし。
恵比寿先輩の話す言葉には相も変わらず意識も向けず、鹿屋野先輩の園芸クラブを助ける算段について考えようと。
もう恵比寿先輩との用件も済んだだろうと。
「それじゃあ次は―――」
そう思って踵を返そうとしたボクに向けて告げられた、恵比寿先輩の次の言葉によって。
「―――『鹿屋野さん』と『園芸クラブ』の話をしようか」
ボクの足先と意識は、強制的にもう一度―――
恵比寿先輩へと、向けられることになったのだった―――
◇




