<第八万(よろず)。‐不穏の神様‐> ⑤
◇
「おまえっ……!ふっざけんなよっ!!!」
ボクが鹿屋野先輩へとお礼を伝えるや否や、大国先輩はボクに対して激高したように怒鳴り声をぶつけた。
「っ!」
大国先輩とは数日前に接点を持っただけ。
そんな短い付き合いの中でも感情を荒げていた姿は何度も見たことがあった。
―――だけど、今回は違う。
ボクを睨むその瞳からは、忌々しさや軽蔑、侮蔑といったネガティブな強い感情が込められているように感じさせられた。
「お前なんかにかまっている余裕のない鹿屋野さんに手伝わせた挙句、俺らに嘘まで吐きやがってっ!」
「は、はぁっ!?なんでそんないきなり怒られなきゃっ……!それに嘘なんて―――」
突然に本気で怒りだした大国先輩に数舜言葉を失ってはいたが、『嘘』などという身に覚えのない糾弾された理由に対して、何とか言葉を返そうとしたけれど。
「昨日お前は福也に『一人で頑張った』だとか報告したんだろうが!手伝ってもらった挙句、鹿屋野さんに迷惑をかけた上にその事実すらも隠しやがってっ……!」
大国先輩は強く拳を握っている。
―――まるで、ボクに殴りかかってしまうのを堪えるように。
感情を無理して抑えていなければならないほどの、それほどまでに強い憤りを感じているようだった。
「そんな嘘なんてついてないっ!ボクはちゃんと鹿屋野先輩に手伝ってもらったって言ったっ!」
「だったら福が嘘を吐いたってのか!?そんなことしてなんの意味があるっ!」
ボクは確実に伝えたし、恵比寿先輩だって納得してくれていた筈だ。
間違って伝えたのであれば、それはただの恵比寿先輩のミスだったで済む。
だけど、こんな簡単な用件を伝え間違うだなんて正直考えられないし、もし『あえて』誤った情報を伝えたのであれば。
もし、そうであるならば―――
「そもそも素行不良で散々困らされてきたテメェなんかより、付き合いも長くずっと共に生徒会業務をしてきた福の言葉の方が信頼できるに決まってんだろうがっ!」
「っ……!」
そりゃそうだ。
ボクだって鞍馬と大国先輩だったら、鞍馬の言う事を信じてしまうだろう。
「待ってください!私がっ、私の方から吉祥君にお手伝いを申し出たんです!だから吉祥君が悪いんじゃないんですっ!私だって誰かの為に何かしたいと、あの時大国君たちに―――」
「鹿屋野さんっ!」
ボクを庇おうと、鹿屋野先輩はボクたちの言い争いに割って入ってくれる。
それなのに、大国先輩はボクに向けたような強い口調で鹿屋野先輩の言葉を遮り、鹿屋野先輩も驚いて身を竦ませ、口を噤まざるをえなくなってしまった。
「……ふぅ。怒鳴ってすまない。だけど鹿屋野さんもこんなやつを手伝っている場合じゃないだろう?まだ園芸クラブを存続させるための解決案は見つかってないんだろう?」
勢いにまかせて鹿屋野先輩を怒鳴ってしまったことを悔やんだのか。
溜息を一つ吐いた大国先輩は先程までとは打って変わって、憤りを滲ませているが少しは落ち着きを取り戻した様子で、鹿屋野先輩を諭すように言葉を吐き出す。
「それは……まだ、ですが……」
確かに昨日、鹿屋野先輩は『最悪廃部になってしまう』とそう言っていた。
「でも、新しい花壇を見つけたから、もう大丈夫なんじゃ……」
園芸クラブを存続させるために、新入部員の確保は叶わなかったから、その代わりの実績づくりとして新しい花壇を見つけて活動範囲を増やした。
ボクは昨日鹿屋野先輩から話を聞いて、『それ』で済んだのだと、鹿屋野先輩の大切に思っている園芸クラブはこれからも続けていけるのだと、そう楽観的にも思い込んでしまっていた。
だけど―――
「それだけで済む問題じゃねぇんだよっ!来週末に配布する各団体報告の取りまとめで、他の団体の連中、特に部室を欲しがっているサークルのやつらを納得させられるだけの実績が必要なんだよっ!」
「そんな、来週末ってもうすぐじゃん……それって生徒会でなんとかならないんですかっ!?」
鹿屋野先輩の人柄から、多分きっと真面目に活動もしているはずだ。
鹿屋野先輩の母親が在籍していた頃から、今に至るまで活動してきた実績や歴史だってあるだろう。
それに、そんな大変な状況であるにも関わらず、ボクの手伝いまでしてくれた。
恵比寿先輩の『嘘』の件よりも、今はなにより園芸クラブの存続の可否が気になり、大国先輩へと尋ねてみたけれど。
「生徒会が一団体だけを優遇することなんてできるはずねぇだろうがっ……!過干渉や肩入れしたって事実が発覚した時点で、学園生達に少なからず生徒会自体に対する不信感が芽生えるだろう。それだけならまだいいが―――」
どこか悔し気に、大国先輩は鹿屋野先輩へと視線を向けた。
「不満や反発の矛先はきっと俺らだけじゃなく、当事者である鹿屋野さんと園芸クラブにも向けられる」
そこまで言うや口を噤み言葉を選んでいる様子の大国先輩を見て、ボクも理解することが出来た。
もし園芸クラブが無理矢理にでも存続できたとしても、きっと鹿屋野先輩が耐えることが出来ないだろう。
だって、ただでさえ独りで批判的な意見や視線を受けることになるのに。
当の鹿屋野先輩はと言えば、昨日今日の付き合いであるボクですらわかるほどに―――
―――他人に優しく。
―――自分の苦を厭わない。
きっと他者の意見を意に介さず、無視し続けることなんて出来ないだろう。
「だからこそ正攻法で、他人からつべこべ言われないような方法で存続する必要がある……」
「そうだっ!何か案を考えるにしてもそれを実行するにしても、ただでさえ時間がないってのにっ……!そんなときにテメェはっ!」
もう一度大国先輩に睨まれたけれど、今度は反論となる言葉も、そもそもそんな気力すら湧いてこなかった。
だって、『知っている』とか『知らなかった』だなんて全然関係ない。
ボクが鹿屋野先輩に手伝ってもらったせいで、彼女の貴重な残り時間を使ってしまったことは確かなのだから。
黙っているボクに対して、苛立ったような大国先輩が再度口を開こうとしたその矢先―――
「だから違うんですっ!気負ってほしくなくて!心配してほしくなくてっ!吉祥君に今の状況をあえてボカして伝えたのは私の判断なんですっ!吉祥君は私の置かれている事情を知らなかったし、本当に私の方から勝手にお手伝いしただけなんですっ!」
穏やかさと落ち着きの塊のような普段の鹿屋野先輩からは考えられないような、強く、大きい叫びが園芸クラブの部室内に響き渡った。
ボクと大国先輩が驚き目を向けると、鹿屋野先輩は目に涙を浮かべて肩で息をして、それでもまだボクのことを庇うために言葉を紡ごうとしてくれる。
慣れない大声を出したためか。
それでもなお、無理をしようとしてくれているのか。
苦し気に。
絞り出すように。
「ぜんぶっ!私のわがままなんですっ……!っわたしのせいなんですっ!ゴミ拾いを手伝ったのもっ!私だけしかいない園芸クラブを存続させたいのもっ!だからっ……!わたしのせいなのにっ、誰かを責めるのはやめてくださいっ……!おねがいしますっ!」
自分を責めるような言葉を重ね、見ていて悲しくなるほどの悲痛さすらも感じさせるように、ボクらに対して頭を深く下げる鹿屋野先輩に―――
―――『そんなことないよ』って。
手放しで。
無責任に。
ロクに事情もしらないのに。
―――否定してあげたかった。
誰かのために、誰かの役に立ちたいと思う彼女の善意を―――
大切な場所を、大切な思い出を守りたいというささやかな願いを―――
―――『わがまま』だなんて自責を抱えて、否定しないで欲しかった。
「……吉祥、今お前がここに居続けても邪魔なだけだ。鹿屋野さんの時間を浪費して、これ以上の迷惑をかけるつもりか?」
何か言いたいのに、相応しい慰めや否定のどんな言葉も伝えることのできなかった情けないボクに向けて。
大国先輩は再三訴えて来た言葉で、先ほどまでは知らなかった刺々しい事実を含ませた上で改めて、ボクの心を殴りつけてくる。
けれどさっきまでの、ただ威勢がいいだけの無知なボクのように、言い返すことなどできるはずもなく―――
ボクは鹿屋野先輩に深く一礼し、黙って『園芸クラブ』の部室を後にしたのだった―――
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