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吉祥やおよろず  作者: あおうま
本編のおはなし
43/62

<第八万(よろず)。‐不穏の神様‐> ③


                  ◇


「きもちわるい」


「ゲーゲー吐いた後に急に走り出したからだろうが……てかコケるなよお前。逃げるならせめてちゃんと逃げろや……」


「ぐぬぬ……」


 やめて……。

 そんな憐れんだような目で見降ろさないで……。


 転んだ時に床に打ち付けたおでこを触ってみると、まだ痛みは引いておらず、ズキッと軽い刺激が走った。


「きもちわるい……」


「お前さっき思う存分吐いてただろうが。もう吐き出すもんも残って無いだろうしさっさと行くぞ」


 『昆虫食研究会』からエスケープしようとした時と違って、今のボクは大国先輩に縛られてはいなかった。


 弱っているボクを気遣っているからなのか、もしくは逃げようとしたくせに盛大にコケた滑稽なボクを憐れんでいるのかはわからないけど。


(昨日までの険悪な関係からしてみれば、大国先輩ともだいぶ打ち解けたんじゃないですか?頑張ってゴキブリを食べた甲斐がありましたね!)


 そんな『甲斐』があるかいね……?

 

 吉祥ちゃんの言うように打ち解けたのかはわからないけれど、確かに大国先輩のボクに対するアタリは柔らかくなったのかもしれない。


 トイレでも心配してくれてたし、いまだって逃げたのにも関わらず縛られてないし、吐き気やらおでこの痛みやらが落ち着くまで待ってくれているし。


 いや、てかそもそも『逃げる』とか『縛られる』ってなんやねん。

 拉致監禁された小学生かなんかかボクは。


 何とも言えないような歯痒さというか、もどかしさというか、何て表現したら適切なのかもわからないような居心地の悪さを感じつつ、それまで寄りかかって座っていた廊下の壁から身体を離して立ち上がる。


 『第三飼育部(昆虫)』などという、一生関わりたくないような連中が生活している部室のドアの前で、ボクと数メートルほどの距離を隔てて、大国先輩は書類を確認しながら立っている。


 まさに油断している状態の大国先輩と、少し休んで体力も取り戻せたボク。

 逃げようと全力で走れば、今度こそ逃げられるかもしれない。


(ちょっ、伊呂波ちゃん!?)


 さっきの昆虫食研究会の時に大国先輩と部員の人たちの会話から、事前に生徒会はアポを取ったうえでサークルの活動調査を行っていることもわかっている。


 だからボクが今日ここで逃げきったら、きっと大国先輩は一人か、もしくは恵比寿先輩なりを呼んで今日の分の残りの調査業務を行うだろう。


 だけど、そうだと思ってはいても―――


「はぁ……」


 またぞろ本気で逃げようだとか、何故かそんな気は沸いてくることはなく―――


 ボクの足はノロノロと、大国先輩の立っているドアの前までボクの身体を運んで行ったのだった―――


                  ◇


「ウゲロォ……ゥエ……」


 ―――さて、またまたTPOも変わりまして。

 ボクは現在、サークル部室棟内男子トイレにて、懲りずに便座の上で胃液をウェイウェイしていた。


 てか吐くものなさ過ぎて、もう胃が出てきそう。

 カエルの気持ちがわかった。わかりたくなかった。ゥエェ……。


「お、おい吉祥?大丈夫か?何か欲しいものあるか?」


 一度目のゲロゲロタイムの時よりも、幾分マシマシな『心配してる感』を感じさせる声音で、個室の外から大国先輩が声を掛けてきた。


「うぇ……みず……水をおくれ……みずぅ……」


(サハラ砂漠を彷徨う旅人みたいなこと言ってる……) 


 ボクも思った。


 だけど今はそんなんどうでもいい。 

 この瞬間に世界が滅びようとも、そんな些事だってどうでもいい。


 世界平和よりも愛よりも、今はなにより水がほしい。

 嘔吐えずきすぎて喉がいてぇっす。


「お、おう……ちょっと待ってろ……」


 水を買ってきてくれる為か、ドアの外から大国先輩が遠のく足音が聞こえる。


 もうダメ。

 完全に衰弱しきっちゃったよ。


(本気で体調が悪そうですし、今日はもう帰らせていただけるように頼んだ方が……大国先輩もちゃんとお願いすれば聞いてくれると思いますよ?)  


 心配してくれるのはありがとうなんだけど、今まで休んでてだいぶ落ち着いてきたし、次のサークルについて聞いてから判断するよ……。

 サークルの名前とか活動内容自体では、吉祥ちゃんの言ってくれたようにするかもだけど。


 ボクが個室から出たタイミングで、水を持った大国先輩も戻って来た。


「ほれ」


「ぁりっす……」


 わざわざ買ってきてくれた水を受け取り、そのまま洗面台までヨロヨロと向かう。

 鏡を見ると、ここ最近で一番ブッサイクなゾンビのような顔が映っていて、自分の顔面だっていうのに若干引いてしまった。


 なんで一日に何度も、こんな始めて来たトイレの洗面台で口をゆすがなければならないんだ……。


 ゲンナリしながらトイレから出て、壁際で待っていた大国先輩の元へと寄って行った。


「連れて来といてなんだが……マジで大丈夫か?」


 やべぇ……。

 元の好感度が最悪だったから、心配してる風の言葉を掛けられるだけで、大国先輩のことをドンドン見直していってしまっているチョロい自分がおる……。


(いやいや、大国先輩は最初っから今まで普通に全面的に正しい事しかしてないし、真っ当な事しか言っていないでしょうが……あなたが捻くれてる勝手に嫌っていただけですからね?)


 そんな厳しい事ばっかり言っちゃうと、吉祥ちゃんの好感度は大国先輩と反比例してドンドン下がってっちゃうよ?いいの?


(そんな……私は、私は伊呂波ちゃんのことを想って言っているのにっ……!もう知りません!伊呂波ちゃんのバカーーー!)


 おい何処へ行く。

 『これ幸い』だとか思って、先んじて逃げるんじゃない。


(ぎくぅっ!な、そんな何をバカなことをっ!まったく人聞きが悪いったらありませんよっ!?神様を疑うなんて!そんな子に育てた覚えはありませんけどもっ!?)


 吉祥ちゃんに何と言われようとも、ボクは当分言い続けるからね?

 二度もボクを置いて一人でスタコラサッサと逃げていったことを責め続けるからね。


(くっ!なんて陰湿なっ……!宝ちゃんの放任教育のせいかっ……!)


 アンタのせいだよ。


「おい吉祥、聞こえてんのか?」


「ざっす……じょっす……」


「さっきから一切日本語喋れてねぇぞ……」


 まぁ何はともあれ、残すところあと一件である。

 次のサークルは何てとこなのか聞こうとした矢先―――


「もう今日のところは帰っていいぞお前」


 大国先輩から、今日の分のお仕事終了の通達を頂いた。

 ボクの体調を見かねてだろうか?


「いえ。あと一個だけなら多分大丈夫です。まぁサークルの活動内容にもよりますが……」


 ここまで頑張って来たのだから、どうせなら途中終了なんて中途半端な終わり方でなく、きっちり最後までやり遂げたいし。

 

「いやいい。帰れ」


「いやいや。だから大丈夫ですって」


 んん?

 これ本当にボクの体調を心配して言ってんのか?


「付いて来てもらう必要ねえから帰れって言ってんだよ」


「はぁ?なんすかそれ?今まで無理矢理連れて来たクセに。またぞろゲテモノ系のサークルなんですか?そうじゃないなら体調もだいぶ回復してきましたし―――」


「別にお前の体調を慮ってとかじゃない。それにサークルもさっきの二つに比べたら全然普通の活動内容ではあるんだが……」


 いつもはボクに対して歯に衣着せなぬ物言いをし続けて来た大国先輩にしては珍しいことに、目の前の大国先輩は何かを隠すかのように言い淀んでいる。


 そもそもボクの体調を見かねてのお言葉ではないと、ご本人自ら言っているし。

 これは何か怪しいですねぇ?


「次なんてサークルなんですか?」


「帰れ」


「なぜ隠す」


「隠してねぇ。はよ帰れ」


「言え」


「おいてめえ、先輩に向かってなんだその口の利き方は。もういいから帰れ。邪魔だから早く帰れ」


「先輩とかどうでもいいから早く言えってのに……あぁっ!なんぞアレッ!」


「どうでもよくねぇし。そんな古典的な手に引っかかるかってオイッ!強引かテメェは!」


 頑なな先輩に流石にイラついてきたので、隙を見て手元のファイルをひったくってやった。

 さてと、次のサークルはっと、どれどれ……。


「何しやがんだチビッ!返せコラッ!」


「くたばれっ!」


「痛ってぇ!」


 あ、すいません。

 急に襲い掛かってくるもんだから、オートスキルの毘沙門家直伝の護身術『弁慶泣かせキック』が発動してしまいました。

 

 まぁ脛を押さえて呻いている大国先輩は一旦放っておきまして。

 えぇと、なになに……。


 クリアファイルの一番上に入っていた、本日のサークル活動の調査予定に関する書類。


 さらっと流す様にその内容を確認していたボクの目に―――


 つい最近に縁を結んだばかりの、『園芸クラブ』の文字が入ってきたのだった―――


                  ◇


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