<第八万(よろず)。‐不穏の神様‐> ②
◇
「おなかいたい」
「小学生かテメェは」
ちょっと前に拘束から開放されたはずなのに、僅か数分でまたぞろ手足をガムテープまみれにされたボクは、第二サークル部室棟のロビーに転がされていた。
「おなかいたい……」
「さっきまであんなに乗り気だったじゃねぇか」
ボクを見下ろしているクソ詐欺師先輩を、僅かでも『気が利く』だとか『案外良いトコあんじゃん』だとかって見直したボクが大馬鹿野郎だった。
「騙された……」
サークルの活動体験とかいう、聞く限りでは難易度イージーモードの甘言でボクをぬか喜びさせるとかマジでこの男、人でなしにも程がある。
「別に騙したつもりはねぇし。お前が勝手に都合のいい解釈して勘違いしただけだろうが」
騙された方が悪いってか?
そんなの詐欺師の常套句じゃねぇかよぅ……。
(いやいや、大国先輩の仰る通り伊呂波ちゃんが楽観的に考えてただけですし、大国先輩も一切ウソを仰ってもいませんし)
だとしてもひどすぎる。
サークルってたくさんあるんじゃないの?なんでボクの時に限って『昆虫食研究会』だよ。
(ま、まぁそれに関しては気の毒だなって思いますが……でもほら、どのサークルの調査を行うのかだってもともと予定が組まれている上で行っているのでしょうし?たまたま伊呂波ちゃんの運が悪かったってだけですよきっと!それにまだ体験の内容が試食って決まった訳でもないですし……)
マジでそうでないことを祈っている。
昆虫食の試食会とか、マジで狂っているとしか思えない。
ペナルティって言うより、もう罰ゲームじゃん。
(まぁそうなっても大丈夫ですよきっと。昆虫を日頃の食糧として頂いている人たちも普通にいらっしゃいますし、横浜には昆虫を食べることのできるお店もあるらしいじゃないですか)
そんなん関係ない。
ボクはそんな異文化体験なんざ全くもって興味ないし、そんな珍妙なお店にも絶対行かない。
「ちっ、結局こうなったか……はぁ。ほら行くぞ」
そう言うや大国先輩はボクを肩に担いで、サークル部室棟の中を進んでいく。
(ファイトですよ伊呂波ちゃん!……め、目が死んでいる)
『もっと真面目に生きとけば良かった』と―――
ボクは今まで生きてきて初めて、マジでそう後悔したのだった―――
◇
「オゲゴボゥゲェ……」
―――さて、TPOも変わりまして。
ボクは今、サークル部室棟内男子トイレにて、便座の上でゲボをゲーゲーしていた。
「お、おい大丈夫か吉祥……?」
吐き気も少し落ち着いてきたかなと思っていた矢先。
さっきまでだったら到底ありえなかったであろう、ボクを心配するように個室の外から投げ掛けられた大国先輩の声を聴いたら、なんか殺意と共に吐き気もまた湧き上がってきた。
「ぅ、うっぷ……うぇ」
(ほ、本当に大丈夫ですか?めちゃくちゃ戻してますけど……)
……大丈夫に見える?
こんなにめちゃくちゃゲボっているのに?
でも流石に少し落ち着いてきた。
てかもう口から何も出ない。お腹スカスカだよ。
口元を拭ってヨロヨロと立ちあがり、大変お世話になった個室を出ると、外で待っていた大国先輩がペットボトルの水を差しだしてくれた。
「まぁなんだその……が、がんばったな。サークルの活動調査も、初めてにしては上出来だったんじゃねぇか?」
そんな労いの言葉に対して言い返すのも一旦置いといて、頂いた水でうがいをして洗面台に吐き出し、改めて大国先輩に向き直った。
「……がんばったじゃないですよ……なんですか上出来って……あんなもん食わせた挙句にこんな苦しい最悪な思いまでさせるとか……」
へなへなになった体力を総動員して、できうる限りの力と憎しみを込めて睨みつけると、流石に罪悪感に負けたのか、いつも強気な大国先輩は気まずそうに眼を逸らした。
「い、いやでも、お前だけに食わせなかっただろ?俺もちゃんと食べたし……」
「先輩はまだマシじゃんっ!アンタ食ったのイナゴでしょうがっ!最悪だよっ!ボクにゴキブリ食わせといてっ!イナゴ食べたくらいで『俺も辛かった』顔しないでよっ!最悪だよっ!ゴキブリだよっ!?変わってくれてもよかったじゃんっ!最悪だよっ!!!」
まだあの食感を、ありありと思い出せる。
ボクは『ゴキブリを食った』という、心に消えない深い傷を負ってしまった。
もういやだ。ホントにもう無理。
こんなのゴキブリに胃をレイプされたようなもんじゃん。
「いや、だってお前がジャンケンで負けるから……」
「そんな正論聞きたくないよっ!てかもともとアレも生徒会の仕事でしょうがっ!本来だったらアンタらが二匹とも食うべきだったものをボクに押し付けやがってっ!うわ~ん!」
「な、泣くなよ。悪かったって……どうどう」
おそらくさっきまでのボクらの関係だったら絶対にありえなかったであろう『背中ポンポンしながらボクを慰める』大国先輩の気遣いも、今のボクにとってはホント犬のクソレベルでどうでもいい。
もういっそこの世のゴキブリ共を全部集めて、全人類の口に一匹ずつ放り込んでいってやりたい。
このままソウルジェムが濁り切って魔女になったら、是非とも実現させよう。
みんなボクと同じ気持ちを味わえばいいんだ。
(お、落ち着いてください伊呂波ちゃん。そんな自棄にならないで?ほら、大国先輩も戸惑っていますから、とりあえず落ち着いて一旦泣き止みましょう?ね?)
あんた調理されたゴキブリ出て来た瞬間、悲鳴上げて一目散に逃げたよな?
(す、すいません……)
縛られてるボクのこと置き去りにして。
見たこともないようなスピードで部室の外に逃げてったよな?
(いや、ホント、あの……すいません……)
そう謝るなり吉祥ちゃんは、申し訳なさそうにしゅんした様子でお黙り致された。
はぁ……もう帰りたい。
でもまぁ、なんか最悪な体験をしてしまったせいか、逆に腹が据わったというか。
せっかくあんな目に遭わされたのだし、どうせならちゃんと全部やり遂げて、充実感と達成感に包まれながら気持ちよく今日の作業を終えようという気持ちにさえなっている。
流石にゴキブリ食わされるのに比べたら、他にどんな体験が来ても全然マシだろうし。
なんか得も言われぬ謎の全能感さえ感じ始めている。
残り少なくなったペットボトルの水を飲みほし、一応気遣ってくれたり水を頂いたりしたお礼も大国先輩にちゃんと伝えておく。
さて、次のサークルである。
「すいません。ほんのちょっとだけ取り乱しましたけど、もう大丈夫なんでさっさと次に行きましょう」
そう促すと、ボクが素直にしたお礼に驚きつつも、大国先輩はボクの言葉に頷き次の目的地へと足を向けた。
「まぁお前がもう大丈夫ってんなら……んじゃ次に行くか。んーと、次に向かうサークルはっと……」
歩き出した大国先輩の背を追って、ボクらもその後を付いて行く。
ボソボソと呟きながらファイルに入った書類を見て、次に調査するサークルを確認している大国先輩を眺めていて、ふと思った。
どのサークルの調査を行うかの順番とか予定を決めているのって、もしかして大国先輩じゃ無いのかな?
いやまぁ、大国先輩が自分で決めて、ただ単に覚えてないってだけかもしれないけど。
とはいっても、今のボクにとっては、どんなサークルであろうがどんとこいである。
昆虫の試食という、滅茶苦茶に無理矢理にポジティブな解釈をすれば、ギリ貴重な体験であったと思い込むことのできるような苦難を乗り越えたわけだし。
それに昆虫食サークルの頭に害虫が詰まっている狂人たちも、食用のゴキブリだから多分身体に害はないだろうし、もしかしたら栄養価が高いかもしれなくて健康にも良いかもしれないとも言っていたし。
ゴキブリを食べたからこそこんな無敵な気持ちになれているのであれば、悪い事ばかりではなかったのかもしれない。
ようし!ゴキブリパワーで頑張ろう!
ゴキブリ万歳!ゴキブリ最高!!!
(うちの子がとうとうおかしくなった……ゴキブリなんか食べたせいで、伊呂波ちゃんの脳がゴキブリに洗脳されてしまった……ううっ……)
うん。
大丈夫。
テンションおかしい自覚はある。
ゴキブリ食った副作用かもしれない。
てかごめん。やっぱ普通に無理。めっちゃ無理。
ゴキブリを食べたという事実を再認識するだけで、そこはかとない吐き気を感じるし。
そもそも昆虫自体がメチャクチャ苦手なんだから、よくもまぁあんなグロテスクな連中を食べさせてくれたもんである。
普通にトラウマになるわ。
普段から絶滅しろとは思っていたけれど、今は輪をかけて、もう当分のあいだ昆虫は目にしたくない。
『コイツらを食ったんだ』って改めて実感なんてしちゃったら、胃を丸ごと吐き出した上に発狂しちゃうよきっと。
しばらくの間、嫌悪感やら嘔吐感やらフラッシュバックやらと戦いながら歩き続けて―――
「ああ、ここだ」
―――そして辿り着きました。
お次のサークル、その部室前。
足を止めた大国先輩の背にぶつかりそうになりながらも、ボクも同じように立ち止まる。
『どんなサークルでもかかって来い』だとか、害虫の副作用によって頭が沸いていた先程までのボクは、そう調子に乗っていたけれど。
「次のサークルは―――」
やっぱり平和そうで安全で無害で無味無臭で特に特色も何の面白みもなく、さらには鬱陶しいリア充や陽キャ共とは程遠いようなサークルであれと、そう願いながらも目を向けた先。
大国先輩が指さした部室のドア。
そこにぶら下がっていた表札には―――
「―――『第三飼育部(昆虫)』だ」
ボクは全力で逃げ出した。
◇




