<第一万。‐平和の神様‐> ③
◇◇◇
そろそろ夜も更けてきました。
自重しようと思ったけど、やっぱり無理☆
「そろそろ眠いのねん。とっとと七福家の紹介を続けるのねん」
「なんでちょっとボンビー入ってんだよ……」
「う~ん。むにゃむにゃ」
「わざとらしっ」
「……鞍馬が全裸にエプロン付けて、とびっきりの変顔でコサックダンスしてるの見たら目も覚めるかも」
「一生寝てれば?」
そう呆れながらもコーヒーのおかわりを用意してくれる鞍馬くんたら、なんて優しい奴なんだぁ。感動感激ルンルンと言った気分である。嘘だけど。
てか『感動感激ルンルン』のワードセンスの低さたるや、眠気による脳のパフォーマンス低下をまじまじと感じてしまった。こんな状態で現国のテストなんか強いられた日には赤点不可避だろう。
人間賢く在るためには睡眠って必要なのよねホント。うんうん。
(しょっちゅう昼寝して惰眠を貪っているくせに……それなのにいつでもパッパラパーな頭の中ハッピーセット状態なのに、賢く在るためにはとかよく思えますよね)
頭の中で何か貶された気がしたが眠すぎてよくわからなかった!
さぁ!七福家の話の続きであるっ!淹れたてのコーヒーを飲んで頭の中フレッシュプリキュア☆
「大国先輩と生徒会の同期でよく一緒に行動してるのが、恵比寿福也先輩だ。俺たちみたいに二人も幼馴染らしい。学園でも宴会の席でもよく一緒に居るし、相当に仲が良いんだろうな」
「えぇ……男同士でいつも一緒とか、そいつら友達いねぇの?」
ボクは言葉のブーメランをぶん投げた。戻ってきて自分にブッ刺さろうがお構いなしである。
友達の少なさなら負けるつもりもないし。別に負い目にも感じてないし。
(なんて悲しい事をそんな自信満々に……)
「いやいや。大国先輩はたしかにそうかもしれないけど恵比寿先輩はそんなことないぞ?学園内で見かける度に誰かと親しげに話をしてるし。人当たりもいいから悪い評判とかもまったく聞かないし」
「……大国先輩はそうかも知れないの?」
そうかぁ。
基本的に年上への敬意を怠らない鞍馬であってもフォローできないほどに、大国先輩は友達いないのか。なんとも可哀想な人である。同情を禁じ得ない。
(自分のことは棚に上げてよくもまあ。そんなことをいけしゃあしゃあと)
頭の中で何か貶された気がしたけど、眠すぎてよくわからなかったことにした!
(頭にいたフレッシュプリキュアどこ行ったんですか。まったく)
え?なんだって?
モテる男に必須の難聴スキルの便利さよ。自分に都合の悪い事を言われた時には、大抵これで何とかなるのだ。
はじめに考え付いた人は偉大である。うむり。
「てか恵比寿先輩とやらだけどさ?悪い評判が一つもないってのもそれはそれで逆に胡散臭いなぁ。本当にそんな人間いるの?実は陰では腹黒い事してるとかないのぉ?」
「疑り深いなお前は……いつもニコニコ笑ってて優しい人なんだぞ?俺も何度も話したことがあるがいつも良くしてもらって頭が上がらん。まさに人格者って感じの人だな」
まぁたしかに裏表のない他人への悪意とは無縁な人間も、野生で出てくる色違いのポケモンくらいの確率では存在している。
そんな奴をボクは知っている。例えば横に座っているこの男とかね。
「実際その人望で大国先輩の生徒会活動もサポートしてるんだ。多少とっつきにくい厳しい大国先輩とコミュニケーション能力に長けている恵比寿先輩。バランスの取れた良いコンビだろ」
「まるで亭主関白な夫と付き添う大和撫子な良き妻みたいな、昭和の夫婦像のような関係だね。」
「言いえて妙だな。男同士ではあるが実際そんな感じだ」
ボクと鞍馬の関係にも少し似たところがあるかもしれない。だとすれば、大国先輩は恵比寿先輩にきっとたくさん助けられ、そして時にはその存在に救われているのだろう。
多くの人と関わるのが億劫な、有り体に言えば人付き合いが得意ではないボクだって、人当たりの良い鞍馬という幼馴染がいてくれて幾度となく助けてもらってきたのだから。
いやいや待て待て。こんなこと照れ隠しもせずに素直に思ってしまうなんてダメダメ恥ずかし過ぎるって。
眠気は人をダメにする。こんなのボクらしくない!アイデンティティ崩壊の危機!
マグカップに入ったぬるいコーヒーをゴクゴクッと一気に飲み込んで、だらけて座っていたソファから勢いを付けて立ち上がった。
「おっ!突然どうした?」
「邪念を払うためにちょっと顔洗ってくる!ぅおおぉぉっっ!」
(鞍馬君への感謝の念を『邪念』て……)
「うっさっ!バカ野郎!だから静かにしろっての!」
ボクはそう言い残し足元から雉が立つように洗面所に向かったのだった。
睡魔などという、自分を鈍らせる質の悪い魔物を頭の中から追い出すために。
◇◇◇
時計の短針はもうすぐ9に達しようとしていた。それはつまり、いつも通りであるならば毘沙門鞍馬が吉祥家からお暇するきっかけとなる。
そんな時刻にもなろうとしているということ。
「もうこんな時間か……そろそろ帰らないとな」
今日も普通で平凡でいつもと変わり映えのない一日であったと、まるでそう言われたように聞こえたのは、きっとボクの妄想でもないのだろう。
ボクだってそう思う。今日も昨日までと同じ変わり映えのしない何気ない一日だったと。
「そうかもしれないけどさ、鞍馬先生の七福家講座も残すところあと一人でしょ?」
「まぁそうなんだけどな。けど委員長について知っていることなんてお前と大差ないと思うぞ」
「うーん?ま、それもそうだね?」
鞍馬の言葉に同意したのは既に知っていることを改めて聞くのは時間の無駄であり、そんな時間は必要ないという意味である。
たしかに我らが委員長様こと弁財さんについて、鞍馬がボク以上に詳しく教えてくれるとは思えない。
「んじゃそろそろお暇させてもらいますかね」
「はいはい。オムライスご馳走様。ありがとね」
「おう」
そう言って鞍馬は持ってきていた荷物をまとめて帰り支度をし始めた。毎朝5時に起きて実家の道場での朝鍛錬に参加するこいつは就寝時間も早いのだ。
基本的に夜更かしばかりしているボクの生活サイクルに付き合わせるのも酷だろう。まだ居て欲しいなどと伝えれば、鞍馬はきっとボクのわがままを聞き入れて、自分の睡眠時間を削ってまでボクの暇つぶしに付き合ってくれるのだろうから。
まったく本当にお人好しなやつである。いつか誰かの連帯保証人にでもなって、多額の借金の肩代わりをしてしまわないか心配になるほどですらある。
捻くれて素直じゃないボクと一緒に育ったはずなのに、なんでこんな素直にまっすぐに成長することができたのか。
「んじゃまた明日な……あぁそれとな伊呂波」
「ん~?なに?」
身支度を整えさっさと帰るのかと思いきや、鞍馬は帰りしなにふと思いついたように振り向いた。
「委員長の話のついでに一応言っておかなければと思ったんだが」
眉を顰めた真剣な鞍馬のその顔、そして委員長に関わる話ぃ?
気軽な世間話だとは思えない鞍馬の曇った表情に釣られて、ボクの心臓もドキリと心拍が早まるのを感じた。彼女に関する心配事なんて心当たりが多すぎる。
特に最近の委員長を見ていて不意に危機感を覚えるほど、危うい綱を渡っているように思えるのだ。それもこれも彼女の不器用すぎる程に真面目で実直な性格が原因であるのだけども。
いつ何時、ほんの些細なきっかけで、弁財さんの生活が一変してしまうのか。弁財さんが悲しむような事態が訪れてしまうのか。
ボクの杞憂で終われば良いのだけど、悪い予感ほど良く当たってしまうものである。
ここ最近でボクが抱える目下最大の不安の種。
それでも、たとえ避けたいほどの面倒事に巻き込まれるかもしれなくても、ボクは見て見ぬ振りも知らんぷりもするつもりはない。
もし、さよちゃんを悲しませるような、迷惑をかけて困らせるような奴がいたら。
ボクはきっと許せないだろうし、全力でぶっ潰してやろうとすら思っているほどだ。
「……あんま委員長に迷惑かけすぎんなよ?」
「は?」
んん、ちょっと待って。ちょっとまって?
今ボクすごいカッコ良く決意を固めてたところだよ?
(どんなことがあっても彼女を悲しみから守る……!とか、一昔前の少年漫画の主人公にありがちなリアルだと中二病丸出しのドちゃクソ恥ずかしいセリフを決め顔でのたまってましたね……)
や、やめろっ!いじるのやめろ!
(守るとか言っておいてその実一番迷惑をかけてるのが自分とか。うぷぷ)
だぁあ!やめてホントやめて!
たしかに委員長に叱られることはしょっちゅうだし!迷惑かけてる自覚もあるけど!
「それとな、あともうひとつ」
「なにさ!?さっきからもったいぶって小出しにしてからに!」
帰りそうな雰囲気だしてボクから殊勝な心意気を無理くり引き出しておきながら、お小言ばっか残して行く鞍馬に流石にイラついたため、ボクの語調も思わず荒くなってしまった。
「お前、今日はとっとと寝ろよ?」
「いやだよ!なんでよっ!?」
出た出た出たよ出ましたよ!鞍馬の十八番!余計なおせっかい!
男子高校生が早寝できるわけないじゃん!
「なんでちょっとキレてんだよ?」
「鞍馬のせいでひどい辱めをうけたからだよ!」
ナイーブに主人公気取ってメチャクチャ恥ずかしい目にあわせやがって!
(全部自爆じゃないですか……)
吉祥ちゃんがからかうからでしょ!?
「なんのことだよ?」
「こっちのセリフだよぉ!」
みんなしてボクに言いたい放題言いおってからに!
そもそもなんでボクに早く寝ろとか!ボクは保育園児か!高校生にもなって早く寝まちょうね?とか言われて嬉しい奴おらんわ!
「ボクの睡眠時間の心配とかそんなお節介なんて大きなお世話だよ!早く寝たら健康になっちゃうでしょうが!?」
「健康の何が悪ぃんだよ!?むしろいい事だろが!」
夜型人間なボクにとっては夜分遅くこそが活動時間なのである。てっぺんまわったあたりからがフィーバータイムである。
てかオタクって夜型多いよね?あれってなんでなん?吸血鬼に憧れてるから?キモっ!
「うっさい!そんなグチグチ面倒焼いて!ボクが寝不足で何が悪いし!」
「悪いんだよなにもかも!お前の機嫌とか!俺の身の危険とか!」
そういうや帰宅するのは一旦諦めたのか、鞍馬は持っていたエコバックやら何やらを床に置いてちゃんときっちりボクに向き直った。
てか顔見る限りなんか怒ってやがるんだけど。なして?おなか痛いの?
「ったく都合よく忘れやがって!まさかとは思うが今朝のこと覚えてないんじゃねえだろうな?」
「はぁ!?今朝ぁ?ボクのことバカにしてんのかって?そんくらい覚えてるっての!」
たしかにボクは勉強はほんのちょびっとだけ苦手かもしてないけれど、記憶力まで貶されるのは甚だ心外である。歴史上の人物はあんま覚えてないけどアプリゲームに出てくるキャラの名前とかすっごいいっぱい覚えてるんだからね!馬鹿にしないでよね!
「んじゃ今朝何があったか言ってみろ!」
「たかだか数時間前のことくらい覚えとるわ!今日の朝でしょ!?えっと!まず鞍馬が部活の朝練がないからって珍しく起こしに来たじゃん!」
「あぁそうだ!正解!まず十点獲得!」
「うるせぇ死ね!謎加算やめろ!そんでぇ……あっ……それであの~、ボ、ボクはすでに起きてていつものお礼にと鞍馬君に朝ご飯をつくってあげました。だっけ?」
「はい嘘ぉ!不正解!てかいま話の途中で思い出しただろうが!しかも何ちょっと美化してんだコラ!」
「あれれ~?ちょっと間違えちゃったかな?あはは☆ピュアリーエンジェルいろはきゅんだよ~へぶっ!」
ピュアリーエンジェルが気に障ったのか、鞍馬にビンタされた。痛いて。
てか、もちろんわざとである。間違えてるのはわかっていながらもとりあえずテストの空欄は埋めろ的なやつである。
「忘れたんなら思い出させてやるよ!」
あはは、鞍馬ったらめっちゃキレてら。ウケる。
てかもう思い出したので大丈夫です。
「い、いや。だいじょぶ」
「まず起き抜けにお前なんてった!?」
「え?いやえっと」
あまりの剣幕にちょっとビビってしまったせいで二の句をつげずにモゴモゴしていると、普段温厚な鞍馬にしては珍しくまくし立ててきやがった。
てかコイツ普段怒んないから、普通に怖くてちょっとチビりそうなんだけど?
「『人が気持ちよく寝てたのにな勝手に起こしてんだよ死ね』って言ったな!?」
「だっけ?」
ゴメンだけどそんな詳細には覚えてないって。
どんだけ今朝のこと根にもってんだコイツ。
「それで布団に包まって二度寝し始めたから俺が揺さぶった時お前なんつった!?」
小刻みに質問してくるのなんなの?一打でグリーンまで乗せてくんない?
てか夜だから静かにしろって散々言ってきたの鞍馬なのに大声出しちゃダメじゃないの。ちょっと落ち着かせてやるか。
「あの、鞍馬、ちょっと」
「『そんなに他人の不幸が大好きなのかクズ!』って言ったな!?」
全然聞く耳もってなかった。
てかボクそんなひどいこと言ったっけ……言ったな。うん。
怖いからとりあえず逆らわず肯定しとくか。
「はい……言いましたかも。でも」
「流石に遅刻しそうだったから心を鬼にして布団を剥ぎ取った時は!?」
聞けや。
なんや?ボクはサンドバックか?言葉のキャッチボールする気ゼロか?ストラックアウト楽しいか?
「いったん……一旦落ち着かない?夜だし。ね?」
「俺の顔面目掛けてスマホ投げつけてきたよなぁ!?」
その言葉にピンときてテーブルの上のスマホに目を移すと、確かに画面端がひび割れていた。
ありゃりゃなんでだ?鞍馬が悪戯したんか?あのクズめ、とか思っていたけど理由がわかった。ボクのせいじゃん。ありゃりゃ。
「だから液晶割れてたのか。ぱおん」
「しかも俺が避けた隙を付いて鳩尾に蹴りまで食らわせやがって!なにその技!ウチの道場じゃそんな技教えてないよな!?どこで覚えたんだクソが!いっそ見事だったわ!」
ちなみにボクは小さい頃、あまりにも可愛すぎるボク自身の自衛のために鞍馬んちの道場に通っていた時期があります。
頑張ってました。とても。
(飽きてとっとと辞めたでしょうが。どこをどう頑張ったっていうんですか?)
ボクにしては割と頑張った方なんだよ!
てか腹蹴られて見事ってなんやねんこいつマゾか。でもとりあえずいつでも褒められるのは嬉しいからお礼いっとくか。褒められるの大好き。
「なんで褒めたし。ありがとね☆」
「ありがとうじゃあねぇんだよ!俺が悶絶してる横でスヤスヤ二度寝し始めやがって!おかげで俺まで一緒に遅刻した上に仙兄にアホほど叱られたじゃねぇか!」
そいや一限目の授業は仙兄が担当だったせいで、途中参加したボクと鞍馬はしこたま怒られたんだった。
「あの時の仙兄怖かったねぇ。大丈夫ボクもチビりそうだったから。慰めよっか?よちよち」
「全部お前のせいだろうがよぉ!」
「ごもっとも」
流石に悪いと思い始めてきた。
そんなに仙兄に怒られたのが怖かったのか。もしかして本当にチビっちゃったのかなぁ?
(本当に悪いと思ってます?めっちゃ煽るやん)
「お前の、お前のせいでな!俺の皆勤賞がぁ!クソが!!ぐうぅっ!」
「小学生かよ」
仙兄に怒られたことよりも皆勤賞が惜しかったみたいでした。今日び高校生にもなってそんなん目指すなや。一日もサボれないとか狂気の沙汰やん。
一年中半袖短パンのカンタローかって。
「っはぁ、はぁ……すまん。ちょっと取り乱した」
なんで帰る前から肩で息するほど疲れてんの?わかっていますとも。ボクのせいねコレ。
「落ち着いた?他に何か言い残したことは?」
「いや……もうない。大丈夫だ」
怒りも治まったのかようやくいつも通りの鞍馬にもどってきたことボクも多少安心してきた。平日の夜からこんな元気とか流石男子高校生である。テクノブレイクには気をつけろよ☆
「若いから仕方ないと思うけど夜も遅いんだから、あんま騒ぎすぎちゃダメだぞ☆」
「お前……いやもうなんでもいいです。ちょっとスッキリしたし。んじゃな。また明日」
言うこと言って鞍馬はひどく疲れた様子で帰っていった。今日の部活の疲れがどっと押し寄せたのだろうか。
うん勿論違うよね。わかっていますとも。コレもボクのせいね。
部活や家のことやついでにボクのお世話やらと、何かとお疲れであろう鞍馬君の発露した魂のシャウトに罪悪感を覚えたので。
流石に今日は早く寝ようと思いました。スヤァ。
◇◇◇
このようにして伊呂波ちゃんや、鞍馬君の今日は終わりを告げて、明日への一路をまた辿る。
『万物流転』などという高尚そうな言葉もある通り、どこにでもありふれているような何気ない日常は、流れ転がり続けている。
神様からの加護や寵愛を受けている者であっても特別でも何でもない。
マンガのようでもアニメのようでもない。基本退屈で、時折騒がしい。
そんな誰にでも訪れ得るような変わり映えのしない日常。
不変なようで、しかしその実は移ろい変化し続けていく毎日。
どこにでもあるような、皆さんの日常。
そこら中にありふれているような彼らの毎日。
だれでも経験するような愛すべき子どもたちの青春。
このようにして、私たち神様に愛された学園生のいつもと何ら変わることのない。
けれどかけがえのない青春の中のとある一日は、終わりを告げるのでした。
おやすみなさい。伊呂波ちゃん。
◆◆◆