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吉祥やおよろず  作者: あおうま
本編のおはなし
32/62

<第六万(よろず)。‐不遜の神様‐> ⑤


                  ◇


「もういい加減にお前を呼んだ要件を済ませんぞ……」


 耳を澄ませてないと聞き逃してしまいそうなほどのか細い声で、酷く疲弊した様子の大国先輩はそう呟いた。


 窓の外に目をやると、そこにはもうすでに橙色が広がっており、夕方や逢魔が時と言っても良い時間であることをお知らせしてくれていた。


「そ、そうですね……ボクも流石に、もうそろそろ本気で帰りたいですし……」


 大国先輩は何とかかんとか、どうにかこうにか仙兄の怒りを鎮めてることに成功し、その代償として大国先輩の大いなる疲労感と幾許いくばくかの時間を浪費することに相成った訳であった。


「チッ!お前が一々噛みついてきやがるから……」


「円、そういうの言い出したら本当にずっと本題に入れないから。君も辛抱してくれないと」


「うっ……そ、そうだな。すまない」


 大国先輩は懲りもせずにまたボクに噛みついてこようとしたけど、恵比寿先輩のド正論にたしなめられていた。


 まったく。

 本当に成長しないなぁ?先輩ったら……。


 「はんっ」


 大国先輩と、ふと目がパチッと合ったので、馬鹿にする意志ガンガン込めて笑ってやった。

 やーいやーい!怒られてやんのっ!


「んなっ!コノやろっ!っ見たか福っ!あのチビがああやって一々挑発してくるからっ!」


 ボクを指さして恵比寿先輩にチクる大国先輩の姿は、すげぇ小物感がした。

 まるで、先生に言いつける小学生のガキのようだった。


「はいはいはい……もういいから。まったく小学生同士の喧嘩じゃないんだからさぁ」


 恵比寿先輩もボクと同様の印象を抱いたのか、呆れたように大国先輩をいさめなおしていた。


 うぷぷ。 

 あまりにも惨めである。


「ふっ……この程度の挑発如きで鶏冠とさかに来るとか、本当カルシウム取った方がいいですよぉ?」


「このクソチビィ!」


 さっき怒られたばかりでしょ?

 学習しなさいね?


(学習しないといけないのは伊呂波ちゃんの方でしょうが……あなたこそ大人げなさすぎて、まるで幼稚園児みたいですよ?)


 吉祥ちゃんのボクを見る目は、明らかに呆れ果てたような意味合いを含んでいた。

 

 や、やめて……。

 そんなガッカリしたような、愛想を尽かしたような目で見ないでよ……傷つくやん。

 

「お前も一々、円のこと挑発すんなって……お前ら二人、本当に似た者同士だな。ったく……」


 それまで黙っていた仙兄も、あまりの話の進まなさにウンザリしたのか流石に口を挟んできた。


 てか何それっ!

 聞き捨てならないんだけどっ!


「どこがっ!?ボクこんなむっつりでも焦げてもいないんだけどっ!?」


「どこがっ!?俺こんなチビでもアホっぽくもないだろうがっ!?」


「「あぁんっ?」」


 本当にこの先輩はっ!

 一々一言多いんですよっ!


 「「(はぁ……)」」


 睨み合うボクと大国先輩を見て、恵比寿先輩と仙兄と吉祥ちゃんは非常に面倒臭そうに、ゲンナリしながら溜息を吐き出した。


「おい福也。もうコイツら二人とも口を塞いじまわねぇか……?」


「奇遇だね布袋先生。僕も今まったく同じ提案をしようと思ってたよ……」


 薄暗くなった生徒会執行部室に―――


 二人と一柱分の重い重い溜息がもう一度、こだましたのだった―――


                  ◇


「伊呂波ちゃんへの話っていうのはね、普段の生活態度とそれについての処罰、いわゆるペナルティに関してなんだ」


 流石に室内が暗くなりすぎたために電灯を付けて、執行部室内には改めて明かりが戻ってきていた。


「んんんん~?」


「そう、ペナルティ。伊呂波ちゃん……君が入学してからのこの三週間足らずの間にしてしまった度重なる遅刻や欠席、授業のサボタージュの回数が、流石に看過できないレベルに達しているんだよ」


「普通科の職員室内でも、伊呂波のことがちょっと問題になり始めていてな……。ぶっちゃけお前の欠席率は、同学年の中でもダントツでトップクラスだ。他にも不登校のやつや休みがちな、問題視しなければいけない一年生もいるにはいるが、そいつらと伊呂波の場合にはちょっと事情が異なるんだよ……」


 生活態度に関しては確かに身に覚えがあるものの、流石に『処罰』やら『ペナルティ』といった穏やかではない単語を聞き逃すことはできなかった。


「んん~んんんんん~?ん~ん、んんん~!」


「「……」」


 それに仙兄が言った『事情が異なる』って言葉も引っ掛かる。

 一応ちゃんと学園に通っている分、不登校の人よりは出席率は良いはずである。


 それなのに、ボクだけが先生たちの間で問題視されているだけでなく、生徒会からも呼び出しを食らうなんてのは非常に不可解で不公平だ。

 誠に遺憾である。


「んっ!んんんんー!んっんっん」


 話が進まないからと口を封じられた大国先輩であるが、正直何て言っているのか全然わかんね。

 だけど何やら、ボクにとっては気に食わないであろうことを言ってる事だけは察することができた。


 口を封じられていても、尚もムカつくところなんかは流石大国先輩である。

 そのまま一生そうしていれば良い。


 だけど、馬鹿にされっぱなしはボクの性に合わない。

 なので言い返してやろうと、ボクも口を開いた。


「んんっ~!んんんんんっ~んっん、んんっ~!」


「んっ!んんんんっー!」


「「…………」」


 だから、何言ってんのかわかんないんだって。 

 

(伊呂波ちゃんが言っている内容も、きっと皆さん理解できてませんよ?その自覚あります?)


 そいやボクも、やかましいからと口を封じられていた。


 お互いまともに言葉を発することができないにも関わらずいがみ合えるほどに、ボクと大国先輩は馬が合わないということだろう。

 いけ好かない人間なんて過去にもごまんといたけれど、これほどまでに相容れない人は初めてかもしれない。


「口を塞いでいるにも関わらずこんだけやかましいとは……」


「『ん~』しか言っていないにも関わらずやりあっている円たちに、僕は恐ろしさすら感じているよ……」


「言っている内容がわからない分、余計にうっとおしいしな……。口のアレ、外してやるか……」


「そうだねぇ……。伊呂波ちゃんが最初言ってたみたいな一単語くらいだったら判別できたけど、たしかに二人が何を言っているのか全くわからないしねぇ……」


 そうして大した時間も経たずして、ボクらの口封じは解除されることになったのでした―――


                  ◇


 さてと、改めて仕切りなおしまして、と―――


「なんでボクだけがペナルティとやらを受けないといけないのっ!『事情が違う』って何っ!?」


「あーうっせ」


 この似非えせ教師、ホントボクの扱いが雑!


「まず説明させてもらうけどね。ペナルティと一口で言っても、実は2種類あってそれぞれの管轄が違うんだよ」


「2種類ぃ?」


 学園生にとって大層嬉しくない制度を、そんなバラエティ豊富にするとかなんなんだ。

 嫌がらせか?


 そもそも普通に考えて、学則の罰則なんかで『2種類のペナルティ』やら『管轄』だなんて、聞き馴染みが無さすぎるでしょ。


「そうそう。まず一つ目が『教科毎のペナルティ』。これは欠席した科目ごとで与えられる課題などが該当するんだ。極端な例を挙げるとすれば、現国の授業だけを毎回サボタージュしている学園生がいたとすれば、現国の欠席時間と成績評価を補うための課題や補習が課せられるんだ」


「ふんふむ……」


 成績だとか単位とかに関する出席率ってことかな?

 

 確か学校って、年間で修めないといけない単位数だか時限数が決まっているって聞いたことがある。

 進級の為だとか退学処分にならない為にも、足りない分の出席率を補うためには、補習を行ったりペナルティとやらをクリアしないといけない、ということなのかな? 


「まぁこの『教科毎のペナルティ』に関しては先生方の管轄だし、そもそも伊呂波ちゃんは足りない分の補講は済ませているようだから、既に知ってはいるんだろうけど―――」


「いや、知りませんけど……」


「えっ!?」


 そんなものの存在、今初めて知ったわけなんだけど?

 なんで恵比寿先輩がそんなに驚くのかも、わけわかんないし……。


 『補講』とやらを済ませた覚えだって、全くと言っていい程に心当たりがない。

 それともボクの与り知らぬ間に、なんかちゃっかりその『ペナルティ』をクリアしていたのかな?


 あぁもしかして、ときどき仙兄に呼び出されてお説教受けてた『あの時間』のこと?

 

 でもあれを『補講』っていうのは、なんか明らかにニュアンスが違う気がするしぃ?

 むむむぅ?


「いやだって、伊呂波ちゃんの教科記録を見たけど、全部【特別補習済み】ってなってたけど……」


「だからそんなの受けた覚えないんですってっ!ちょくちょく仙兄に呼び出されてガミガミ怒られてはいましたけど……」


 ボクの言葉を受けて、恵比寿先輩は少し思案した様子を見せたあと、なんとも言えない胡散臭げな、何かを疑うような視線を仙兄に向けた。


「もしかして布袋先生……」


「やめろ……言いたいことはわかってる。そんな目で見てくれるな福也……。一応ちゃんとした理由は付けてあるから不正ってことにはならないし……ギリギリセーフってか、ブラック寄りのグレーゾーンな処理ではあるが……」


「おうふ……」


 殊勝にもそれまで口を挟んでいなかった大国先輩も、なにやら信じられないといった複雑な表情をしながら仙兄を凝視していた。


「仙兄……それってつまり……」


「言うな円。頼むからもう突っ込まないでくれ……」


「あ、ああ……」


 顔を隠して項垂れる、珍しい様子の仙兄。

 

 言葉にならない音を発しながら、天井を見上げた恵比寿先輩。


 そして、戸惑いながらも未だ仙兄を注視し続ける大国先輩。


 ……なんかボクも当事者のはずなのに、ボクだけ置いてけぼりである。


 三人の会話が正確には何を意味しているのかはわからなかったけれど、仙兄が何かしていたために、ボクがペナルティの存在を存じなかったのだということだけは理解することが出来た。


 はぁっ?んじゃなにっ!?

 ボクがペナルティの存在を知らなかったのは、仙兄のせいってことっ!?


 『ペナルティ』とやらの存在さえ知っていれば、もしかしたら今日生徒会執行部室に呼ばれることもなかったし、こんな文字通り雁字搦めで転がされているような扱いを受けることもなかったってことっ!?


(いやいや、『せい』じゃなくて『おかげ』が正しいでしょうが……まったく仙人君たら。なんだかんだ伊呂波ちゃんには甘いんですから……)


 吉祥ちゃんは三人の会話の内容を理解できているようだった。


 『おかげ』とか『甘い』ってどういうこと?

 普段の仙兄からの扱いを思い出してほしい。


 あの仙兄のどこに、ボクに『甘い』要素があるというのだろうか?

 

(いえ……私の口からはちょっと……仙人君の名誉のためにも……)


「ま、まぁ『教科毎のペナルティ』に関しては僕たちの手に及ばない範囲のことだし、生徒会役員が口を挟めることじゃないから……」


「福也、お前は本当に優しい奴だ……だがその優しさは、今の俺に『痛い』って意味ですげぇ滲みる……頼むから聞かなかったことにしてくれ……」


「う、うん……わかったよ」 


 未だ事情を理解できていないボクを置いてけぼりにしたまま―――


 『教科毎のペナルティ』と『仙兄の謎のやらかし』の件に関しては―――


 とりあえずの収まりを済ませたようだった―――


                  ◇


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