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吉祥やおよろず  作者: あおうま
本編のおはなし
3/62

<第一万。‐平和の神様‐> ②

 

◇◇◇


「はじめに言っておくが、俺も正直言って七福家にはそれほど詳しくないからな?自発的に調べようと思ったこともないし、ほとんどが俺の見た印象で話すことになるが」


 夕食後の片づけを鞍馬と二人で済ませ、それぞれコーヒー片手にソファで並んで寛いでいる最中、鞍馬先生による七福家についての講習が開始された。


「いま八百万学園にいる各家の人たちは全員知り合いだし話したこともあるんだが……まずは寿学園長。この人は長いこと寿老人と福禄寿を兼ねているってのは有名だな」


 鞍馬はボクとは違って七福家の面々が年明けに寿学園長の御屋敷に集まる新年会にも毎年参加しているし、詳しくないとは言いつつも、七福神から加護を受ける各家の事情にかなり精通している方なんだと思う。


 そしてそんな鞍馬がまず話に上げたのが、七福の名家の一つ、寿家の家主で八百万学園のトップの寿学園長だった。


「てかマジで寿学園長って今いくつなんだろうな……親父が学生だった時から見た目が変わってないらしいぞ?それも寿老人と福禄寿の加護による力なんだろうけど」


「学園長なら流石にボクも少しは知ってるよ。話したこともあるし。学園に入学する前には挨拶にも行ったもん」


 寿家と福禄寿の加護を受けていた二つの家系は、はるか昔に一つの家系として纏まる事になったらしい。何か事情があったのだろうけど、片方の家が呑み込まれたのか、それとも家系が途絶える恐れがあったことへの救済だったのか。

 特に興味もなかったし調べようとすらしなかったから、その真相をボクは知らない。


「……それとな伊呂波。お前って寿学園長となんかあるのか?」


「『なんか』って?そんな訝しまれる因縁なんて特に何も思い当たらないんだけど」


 過去に何かあったかなと思い返してみても、特にこれといった縁も記憶も思い当たらない。


「会うたびに聞かれるぞ?『伊呂波ちゃんは元気かい?』『伊呂波ちゃんは何してる?』とかな。宴会に出席しないって伝える時もいつもすげぇガッカリした表情するし」


「えっ……なにそれ?すっごい怖いんだけど」


 碌に関わった覚えのない老人からしきりに様子を探られてるのは割と恐怖なんですが。何か目を付けられるような過去の出来事とかあったっけ?


(……そういえば伊呂波ちゃん、学園に入学する前の例の面接の件、いま確かめてみてもいいんじゃないですか?)


 吉祥ちゃんに言われて、ずっと不審に感じていた出来事のことを、そういえばそんなこともあったなと思い出した。


「あ、あのさ、学園に入学する直前に学園長と面談みたいなことしたじゃん?鞍馬のときってどれくらい時間かかった?」


 寒気というよりほのかな怖気と共にふと沸いた疑問を、ボクだけがそうだったわけじゃないよねと、否定してほしい気持ちを込めて鞍馬に問い掛けた。


「はぁ?面談なんかしてないぞ?お世話になりますって軽く挨拶しただけだろ?」


「……嘘でしょ?」


「え?いや、ほんと十分もかからず終わったんだが。ちなみに伊呂波は……」


「一時間以上にわたってよくわからん質問をされまくった……」


 よくよく思い出すと、そもそも恋人の有無だとか好きな人はいるかとか、最近ハマっていることだとか。

 あの時のボクは質問に答えながらも『この質問、学園入学に関係あんの?』とか思っていた記憶がある。


「まあ、ほら、なんだ。正月の宴会にもずっと顔出してないし、ただ単に心配してるだけかもな?あはは……」


 鞍馬は学園長のフォローをしながらも、気まずげにコーヒーを飲んでお茶を濁してた。しかし全然濁せていないのだ。強いて言うならボクの穢れのない瞳がドンドン濁っていってはいるが。


「学園長はもういいや……お腹いっぱい過ぎて吐きそうだよ。あとちょっぴり怖くて泣きそう」


「そ、そうだな。まぁなんだ、あんまり気を落とすな」


 なんでいきなりこんな自分に纏わる老人に謎の執着をされてるだなんて怪談話を聞かされにゃいかんの?結局のところ一番怖いのはお化けでも幽霊でもなく人間なんだよね。狂気と恐怖しか勝たんわ。

 貴重な人生経験と良い勉強になったなぁとムリヤリ思うことにして、おぞましい現実は一旦忘れよう。そうしよう。


 吉祥家のリビングがお通夜みたいな雰囲気に包まれた。てか眠気とかまるっと吹っ飛んだ。


「んじゃまぁ次はそうだなぁ。年功序列でいくと……あぁでも仙兄は説明の必要ないよな」


 鞍馬が口にした名前を聞いた瞬間、いっきにあの憎き男の顔が頭に浮かび、寿学園長への恐怖を凌駕した。


「そうっ!」


「うおっ!いきなりなんだよっ!大声出して」


 てか七福家のことを聞いたのだって、ぶっちゃけ本題としては仙兄のことを鞍馬に問い詰めるためだったのだ。

 ついでくらいに考えていた他の家の話で、寿学園長の怪異とかいう予期せぬ爆弾がなんか爆発しやがったけれど。


「仙兄だよ!その仙兄が最近ボクに対して酷いって話だよっ!?」


「なに怒ってんだよ何の話だよ。それに酷いって言われても俺は全く心当たりないんだけど」


 いやいや!お前いつも横で見てるでしょうが!

 目ん玉節穴ってレベルじゃないよ!空っぽの目穴にあんこ詰めて網で焼くぞお前!


「学園入ってからずっとボクだけの扱いが雑でキツめなんだよ!前みたいに甘やかしてくれればいいのに!少し前までの優しい仙兄はどこ行ったんだよぉ!」


「あぁ……そういうことね」


 ボクと鞍馬が『仙兄』と呼び以前までは慕っていた男、といっても鞍馬は依然として慕っているのかもしれないのだけど。

 その男の名は布袋仙人ほていせんと

 布袋家の長男にして、八百万学園においては社会科の担当教諭でもある。ボクと鞍馬が属するクラスの社会科目も担当しているため割と頻繁に関わる機会が訪れるのだ。


 そもそもボクらが学園に入学する前から親戚のお兄ちゃんのような間柄であり、まだ幼い頃からなにかと面倒を見てもらったものである。今となっては全てボクの妄想だったのかもしれないけれど。

 あんなに優しく面倒見がよかった兄貴分が、今は借金を取り立てるヤクザとしか思えなくなるとかホント何事なの?何が起こってるの?なんであんな怖くなっちゃったのよ?


「伊呂波の扱いについてな、先週たまたま顔合わせて話した時に教えてもらったんだが」


「へえ!?聞かせてもらおうじゃねぇかよぅ!あの似非ヤクザの言い訳をよぅ!」


(多分そういうところですよ?仙人君からの扱いが変わった原因なのって……)


 なにが!?どういうところよ!?

 ちゃんと納得できるように教えてよ!


(いえ……もう私には手に負えないので仙人君に任せることにします)


 まったく誰も彼も!事あるごとにボクをイジメようとするんだから!なんで!?ボクが可愛すぎるから!?仙兄も可愛さ余って憎さ百倍的な感じなの!?

 フフッ!ならしょうがないよね!ボクの顔面が強すぎるのが悪いっていうのなら、もうボクの手には負えないじゃん?


「『甘やかし過ぎた結果が今のアイツだ。アホになり過ぎた。ここらで一度あのワガママで捻くれた自分を甘やかし過ぎる世の中舐め切った浮かれポンチで腐り尽くした性根を叩き直してやるのがアイツのためだと思ってのことだ』と、頭を抱えながら言ってたぞ」


「………………グスン」


 まさかあの優しいお兄ちゃんだった仙兄からそんな強烈で辛辣な毒舌を言われていたなんて、まったく想像もしてなかったのでちょっと泣けてきた。

 人格否定とも取れる真剣な心配を陰で言われてるとか。なんか直接言われるより本気っぽくてメゲるわ……グスン。


「うぅ……もちろん鞍馬は否定してくれたんだよね?そんなことないぞって庇ってくれたんだよね?」


「いや、俺もおおむね同意だったし。やっぱりそうだよな、そう思ってるの俺だけじゃなかったのかって、ちょっと安心したくらいだし」


「んもぅ!それ以上聞きたくないし!もうボクおうちに帰るし!」


「聞いてきたのお前だし。ここがお前の家だし。てかそういうすぐ逃げようとする所も含めてだし」


「んもぅ!」


 七福家なんて嫌いだよぅ!

 周りの人たちから散々甘やかされて育った自覚はちゃんと持っているが、やるなら最後まで貫き通してほしい!ボクをワガママだって言うのなら、そんなボクに育て上げた責任を取って未来永劫甘やかし続けるべきだよ!

 ボクにとっちゃあ鬼畜の所業だよ!?急に掌を返すな!誰かボクを猛烈に甘やかしてくれるひと!カムバァック!


(はぁ……仙人君たちが心配してるのホントそういうところですよ?やれやれ)

 

 うるさいよっ!


 『〇〇ちゃんは××たい!』みたいなタイトルの作品が一時流行ったりしていたけど、『ワガママちゃんは甘やかされたい!』という作品があったとしたら、最も相応しい主人公は今のボクだろう。いや別にワガママじゃないし。相応しいからどうした何が言いたいって話だけども。


 全く意味のない適当が過ぎる思い付きに逃避することで。

 ボクは世知辛ぇ現実から目を背けたのだった。


◇◇◇


「伊呂波に厳しい人達シリーズでいくなら」


 しかし まわりこまれてしまった!

 

 現実という敵への『にげる』コマンドは失敗した。クソ鞍馬空気読め!気持ちを察しろ!

 さらに追い詰めようとするなっ!しかも何その知りたくなかったクソ野郎共シリーズ!含まれてる奴全員不幸になれ!


「学園の先輩、生徒会副会長で大国家末っ子の大黒円だいこくまどか先輩も、もれなくお前に都合の悪い人だろうな。校則違反とか見過ごせない人だし、なんか性格的にも馬が合わない気がする」


「よし!目を付けられる前にスキャンダルでっち上げて学園から追い出そう!そうしよう!」


 ボクの平穏な学園生活を脅かすような存在はぶっ潰そう。なんかされた訳じゃないけど多分正当防衛とかなんかそんなアレでどうにかなるだろう。


(なるわけないでしょ……もっと社会と常識のお勉強してくださいね)


 なんかメッチャ常識知らずみたいな扱いされちゃったわよ。冗談わよ冗談。当たり前じゃないわよ。


「物騒だなおい。しかももう手遅れだぞ?」


「……はぃ?」


「伊呂波は生徒会の要注意人物リストの筆頭らしい。大国先輩が最も目を光らせ警戒しているのがお前だ。昼間にもそう言っただろ?つまりもう手遅れだ。ドンマイ」


 そういうと鞍馬はスマートにコーヒーをすすった。いやズズッじゃねぇ。冷静にコーヒーをすするな。ここらでコーヒーをひとつまみってか。

 ボクに学園生活の死刑宣告まがいの事実を突きつけた後だぞ!スタイリッシュに締めくくるな!自重しろし!


「てかな、生徒会役員だからってのもあるが、まあ校則を守らせようとするのは悪いことではないだろ?普通に生活してればそうそう厄介になることもないはずなんだし。つまり警戒されてるのも全てお前の自業自得というか因果応報というか」


 コーヒーを机に置いた鞍馬は、おバカな子供ちゃんに常識を解くようなクソうぜぇ微笑みを浮かべながら、クソうぜぇ説法をぶん投げて来やがった。

 次に癪に障る四字熟語並べ立てたらコーヒー頭からぶっかけてやろうかオイ。


「普通の何が面白い!たった一度の学園生活ぞ!?」


「『学園生活ぞ!?』とか言われてもな……普通じゃないのにも限度があんだろ」


「いやいやいや!校則に縛られた雁字搦がんじがらめの学園生活で青春を満喫できると思うの!?校則なんてちょっと守らないくらいのだらしない過ごし方の方が充実できるって!素敵な思い出もつくれるって!」


 青春なんてのはどれだけ現実を充実させられるかにかかっているのだ!校則守りまくってしたくもないのに勉強しまくって、それで青春を満喫出来てるって言えるの!?

 いや!言えないね!断じて言えないね!!


「そりゃ俺だって一回きりの学園だし出来得る限り楽しく過ごしていきたいと思ってはいるけど……お前はもう少し周りに迷惑かけてるって自覚を持った方がいいぞ?」


「迷惑かけてる自覚くらいあるし!でもしょうがないじゃん!?何かを得るためには何かを犠牲にしなきゃいけない時だってあるんだよ!」


 なんか適当なそこらへんに溢れてる漫画とかにも似たようなセリフがポンポン出てくるじゃん。等価交換だとかなんとかって。よくわかってないけど。

 百円のものを百円で買ったら百円のものが手に入るみたいな感じでしょ?なにそれ!意味わかんない!当然のことじゃん?!


(す~ぐおバカアピールしちゃってもう……いやタダ単におバカなだけか。アピールとかでなく)


 おバカじゃないよ!お利巧な方だよ!

 吉祥ちゃんを睨み付けたら頭をヨシヨシされた。なんかめっちゃあやされた。バブぅ。


「いやお前、他人に迷惑かけるような言動を止むを得ない犠牲として処理すんなよ。自覚あるなら控えろよ……」


「そんなこと言われてもどうしようもないが!?」


 そもそもそんな言われるほどにはボク他人に迷惑かけてないし!鞍馬が過剰に言ってるだけだし!周りの人が許容できる範囲内でほんのちょっと迷惑かけてるかも?くらいだし!


(えっ!それマジで言ってるんですか?)


 えっ!?いや逆に「え?」なんだけど?なにその反応?


「いつかデッカイ罰当たんぞお前……」


 なんかボクの言ったこと聞いた二人とも呆れてやがるし。


「物騒なこと言わないでよね!日頃の行いが良いんだからそんなことにはならないし!」


「いや良くない。お前の日頃の行いは決して良くないからな?さっき自覚あるって自分で言ってただろうが」


「記憶にございませんわよ。オホホのホ」


 政治家の皆さまも良く使う逃げ方ねコレ。


「お嬢様みたいなちょっとムカつくとぼけ方やめろ。普通にイラっとしたぞ。マジで罰が当たってしまえ」


「そんな……人の不幸を願うなんて……最低よ!最低のクズだわ!」


「さっきからなんでカマしゃべりだよ」


(貴族の高慢婦人みたいで本当に罰当たりそうですしね。凌辱されたいんですか?)


 ちょっと!?神様が凌辱なんて単語を使っちゃだめでしょうが!あと何その偏見は!どんな卑猥なゲームで覚えたの!?


(あ、いや……隣に住んでるお兄さんが夜な夜なそういったゲームに興じていたので、ちょっと暇つぶしにと後ろから覗かせていただきました。えへへ☆)


 人間だったら犯罪だよ!?てか隣のお兄さん不憫すぎるよ!

 隣人のオタクさんは知らず知らずの内に、好奇心旺盛な神様と成人向けゲームをプレイするという相当な罰当たり行為をしてしまっていたとか、可哀そうが過ぎるよ。


「ごめんなさい隣人のお兄さん……」


 おそらく今も人知れずディスプレイに向かって悦に入ってるお兄さんに向かって頭を下げておいた。


(さっきは最近発売された異世界ファンタジー物をやっていましたね。私も続きが気になってたし後で覗きに行かないと!)


 うるさいわ!てか何でこまめにチェックしてんのさ!わざわざ教えてくれなくてもいいから!あと人の隠したい秘密を無邪気にばら撒くのやめろ!てか何でちょっとハマってんの!?


「なんで急に壁に向かって謝り始めてんだよ?マジ狂気」


「うぇ、あ、いや、せめてボクが謝っておかなければと思って……それよりも!あー、ちなみに鞍馬の言う罰って具体的にはどんなのさ?ボクにどんなふうに苦しんでほしいのか言ってごらん?なんか捻りだしてごらん?ん?ん?ほれほれ」


 吉祥ちゃんの不逞の対応してたら鞍馬に訝しまれてしまった。吉祥ちゃんの存在を説明するわけにもいかないため、ひとまず鞍馬の言葉尻を拾ってお茶を濁した。


「ウザッ!え~?土かけられるとか階段から突き落とされる、とか?」


 いやなにそのギリありえそうなレベルの不幸。現実的過ぎてボクの不幸をホントに願ってると疑わざるをえないまであるんだけど?


「うわっ……鞍馬の発想、陰湿過ぎ……?なに?病んでんの?なんか嫌な事あった?」


「お前が捻りだせ言うたんじゃろうが!」


「なんで広島訛りだし」

 

 なんでちょいキレで方言出てくるさ。広島に住んでたことないだろお前。


「はぁ……脱線しすぎたから話しを戻すぞ?」


「まったく。鞍馬君ったらすぐ関係ない話するんだからぁ痛!」


 鞍馬に頭叩かれた!最近コイツすぐ手を出してくる!


「伊呂波のせいで脱線した話を元に戻すぞ?」


 その後も何度も、思い切りではないけれど鬱憤を晴らすように頭をパシパシ叩いてきた。


「痛い痛いっ!すいませんっ!ボクのせいですぅ!すいませんっ!」


「まったく」


「うぅ……シクシク」


 調子乗ったら痛い目にあいました。少しは自重しようと思いました。まる。


◇◇◇

 

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