<第六万(よろず)。‐不遜の神様‐> ②
◇
「そこのソファに座れ」
大国先輩に案内されて、ボクは初めて八百万学園生徒会執行部室に足を踏み入れることに相成った訳である。
どこぞの恋愛頭脳戦が日々繰り広げられている金持ち仕様の生徒会室とは違い、至って普通の広さと平凡な設備の生徒会室がそこに広がっている。
てかなんでこんな辺鄙なところにあるねん。
ただでさえ来るのが面倒な特別校舎棟であるにも関わらず、さらにその上で所在が端の端とか……。
生徒指導室からここまで来るだけで、もう大変に疲れてしまいましたともさ。
早く帰りたいよぅ……。
(さっきから『早く帰りたい』としか言ってないじゃないですか……本当にこのインドアもやしっ子ちゃんったら……)
吉祥ちゃんまでそんな呆れたようにボクのことディスってくるの?
弁財さんといい仙兄といい吉祥ちゃんといい、ホントなんなん?いじめいくないよ?
肉体的にも精神的にもなかなかに疲弊してしまっていたから、『とにかく早く座りた~い』と大国先輩に言われるがままに、ソファに腰かけて全身の力を抜いた。
別に大国先輩如きに世間体を気にする必要などないだろうと、ついでにソファに寝そべった。
「ふ~。ちかれたちかれた☆」
「いや寛ぎ過ぎだろテメェ!」
「いやいや……なにやらアッチとしたことが、てぇへん疲れちまったものでねぇ。許してくんろ」
「なにその急なキャラ変……しかもなんで百姓っぽさ出してきてんだよ……」
それ以上突っ込むつもりはなかったのか、溜息付いた後におまけで舌打ちまで付け加えながら、大国先輩は机を挟んだ対面のソファに腰かけた。
何となしに、ぐるりと室内を見回してみる。
今寝そべっている応接用だと思われるソファとテーブルは、部屋の入口脇に備えられている。
入口の正面には大きな窓が一つ。
生徒会執行部室は四階に位置しているためか、窓の外には建物の類は見えず、青空と白い雲が見えるだけだった。
室内には壁際に書庫やロッカーの類と、事務仕事を行うようなのか事務机が何台かあるだけ。
至って真面目腐った面白みの欠片もない、至極平凡な生徒会執行部室であった。
もっとファンタジー交じりの特殊な部屋であったのならば、多少はワクワクできたのに。
がっかりだ。もう帰りたい。
「ここまで連れて来た理由について話す前に……一応初対面だしな。まずは軽く自己紹介でもしといてやるか」
口を開いた大国パイセンへと目を向けると、さっそくボクがここに来る羽目になった本題とやらに入ってくれるようだった。
話が早いのは助かるね。もう疲れたからとっとと済ませて早く帰りたいし。
でもアレ?お茶の一つでも出てこないの?
ボクがわざわざここまで足を運んだっていうのに、そんな大切なお客様にお茶菓子の一つも振る舞ってくれないの?
(えっらそうに……どう考えても『歓迎されたお客様』なんて立場じゃないんですから……)
ですよねぇ……先程の生徒指導室での時点で気づいてましたともさ。どう考えても『お客様枠』じゃなくて、『問題児枠』での呼び出しなんだってね……。
でも自己紹介とかはいいから、さっさと本題に入ってプリーズ。
「とはいっても、俺のことは知っているとは思うが「いや知りませんよアナタのことなんて」˝あ˝ぁ?」
なにやらこの先輩、自分は大層な有名人で、学園生では自分を知らぬ人はいないなどという勘違いをしちゃっているみたいである。
可哀そうに……。
その間違った考えは諭してあげるべきだろう。
傷ついては可哀そうだから、この大変優しいボクが大変優しく教えてあげよう。うむ。
「皆がみんな、自分のこと知ってると思ったら大間違いですよ?なに拗らせちゃってるんですか?自意識が高すぎるとかいい加減にしてくださいよ?まさかとは思いますが、自分がこの世界の主人公で世界の中心だとか思っちゃってる系ですか?アナタの主観で考えたらそんな勘違いしちゃってもおかしくないかもしれませんけど、他の何十億の人間からしてみればアナタなんて、モブキャラとすら言えないような存在なんですよ?酸素の方がまだ必要とされてるし、道に転がってる犬のクソの方がまだ存在感ありますよ?犬のクソにも劣るアナタは、もっと自分の存在の矮小さを弁えないといつか恥ずかしい目にあってから、無駄に尊大な勘違いとともに憤死しますよ?犬のクソの方がまだ寡黙なだけ賢く見えるくらいですよ?発言には気を付けてくださいね?ホント恥ずかしいが過ぎますよ!まったく!」
「もおいい!もおいい!ったく口を開けばベラベラと!人格を否定するようなえげつない言葉をよくまあそこまで吐き出せるなっ!言われた人間次第ではメンタルへし折られて死を選ぶぞっ!」
「はぁ!?間違った勘違いを正してあげるために、優しく教えてあげたのに!なんですかその言い様は!?」
「さっきのアレが『優しい』と本気で思ってるなら、お前は優しいって言葉の意味を勘違いしている……。やはり仙兄に聞いていた通りで、見掛け倒しの世間知らずでコミュ障の弩阿呆ポンコツチビだったか……」
大国先輩は右手を額にあてて、呆れたように入室後二回目の溜息を吐いた。
なんだその仕草は。
ちょっとイラっときたゾ☆
あと『世間知らずでコミュ障の弩阿呆ポンコツチビ』とかいう最大限の侮辱ね。
絶対忘れない。仙兄共々、いつかぶっころす☆
「その捻くれた性格のせいで人に優しくされたことがないのか……なるほど可哀そうに」
「なにしみじみ憐れんでんですか!その悲しそうな目を今すぐやめろっ!抉り取んぞ!あとさっきの暴言を謝れ!土下座しながらあの窓から飛び降りろっ!」
ボクの訴えを気にも留めず、大国クソ先輩野郎様はドカッと机に足を乗せただけでなく、机の上で足を組んでつま先をボクに向け、チョイチョイと動かしやがった。
はい態度が尊大。死刑。
「ほら、たいして興味もないが俺から言い出したことだし、仕方がないから聞いてやる。とっととお前の自己紹介とやらをしてみろ。5秒以上時間をかけるなよ?はよせい」
「はぁ?よくもまあそこまでやる気を削ぐような促し方ができるもんですね!別に聞きたくないなら聞いてもらわなくても結構なんですけど!?」
「はぁ……そういうのいいからとっとと済ませろ。時間がもったいない」
ソファにふんぞり返って手をヒラヒラさせてくれた不遜な態度のクソ大国パイセンを見て、ボクは『今すぐコイツ爆散しないかなぁ』と思いました。
自分から言い出したから仕方なく聞いてやるって?
そんなクソみたいな義理堅さ捨てちまえハゲ!
そんなに言うならしてやろうじゃんよぉ!お望みの自己紹介とやらをよぉ!
耳かっぽじってそのまま死ねっ!
「チッ!」
「お前今舌打ちした?」
「名前は山田権左衛門。年は三十八歳。彼女いない歴いこーる年齢で職業は自宅警備員どぇ~す」
「おい待て」
「趣味は地下アイドルのおっかけ。特技はお手玉と手淫」
「話聞けやクソチビコラ」
「身長五万メートル。体重三グラム。好きな弁当は唐揚げ弁当。好きなふりかけはのりたま。以上」
いっけな~い☆
ついつい話し過ぎちゃったぁ☆
五秒は少々超しちゃったかもだけど、言われた通り自己紹介したよ☆
どうだったかなぁ?☆うまくできたかなぁ?☆ぅゆ?☆
「『以上』じゃねえんだよぉぉぉ!」
「痛い痛い痛い!耳引っ張んないで!もげるもげる!」
言われた通り自己紹介したのに、なんでか思いっきり耳たぶ引っ張られて怒られた。
てかなに?このお仕置きの仕方、巷で流行ってるの?
「真面目に自己紹介もできねえのかテメェはっ!嘘ばっかじゃねえかっ!」
「痛いってば!嘘じゃないですしっ!唐揚げ弁当大好きですしっ!だから離してよぉ!」
ボクのこと何一つも知らないくせに、頭ごなしで否定してきたからにっ!
唐揚げ弁当とか弁当界の帝王でしょうがっ!みんな大好きでしょうがっ!
「一番どうでもいいところじゃねえかボケがっ!」
「取れちゃうっ!ボクの耳とれちゃうからぁ!らめぇっ!」
本当に最近、みんなボクに暴力的過ぎじゃない!?
やっぱり校内放送なんて、無視して帰るべきだったと―――
深い後悔と耳の痛みに泣いた、とある4月の放課後でした―――
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