<第落万(よろず)。‐寵愛の神様‐> ②
◇
―――マジで何なの、あのおじいちゃん?
思考が外国のシリアルキラーと肩を並べれるレベルじゃない?
いや……もう忘れてしまおう。
思い出す度に恐怖を感じていたらきりがないし……。
「―――そういえばさぁ?今ふと疑問に感じたんだけど……」
(なんですかぁ?)
「なんでボクが『寵愛』を受けることになったの?」
(あぁ……そのことですかぁ)
気持ちの良い日光を浴びて、若干蕩けた喋り方になっているこの女神様は、なぜボクを『寵愛』の対象に選んだのだろうか。
今迄、疑問に感じることもなく聞いたこともなかったのだけれど、きっとボクの他にも居た『寵愛』を受ける人間の存在がきっかけとなり、ボクにこの疑問を抱かせたのだろう。
(私も意識して伊呂波ちゃんに『寵愛』を与えたわけではないのですよね~)
「あれ?そうなの?」
(はい~。あなたが生まれるまで、私は意識を持たず朧気な無意識の中で揺蕩っていたと言いますか~?うむむ?言葉で表すのは非常に難しいのですが~イメージしやすいように例えるなら、人が夢を見ているような感覚、とでも言えば理解しやすいんですかね~?)
吉祥ちゃんは両手の人差し指を眉間の両側に当てて、(う~ん?うむむぅ?)と悩みながらも説明してくれていた。
なにその可愛いポーズ。どこで覚えたの?
またアニメのキャラクターに影響でも受けたの?
(そんな風にして、朧気の無意識の中で伊呂波ちゃんのお祖母ちゃんや宝ちゃんのことも見るではなく見て、聞くではなく聞きながら見守っていたんですが~。あの日あの瞬間にあなたの産声を聞いてハッと覚醒しまして~?その瞬間に、私も『寵愛』やいろいろなことを理解して今に至るといった訳なのです~)
話し方だけじゃなくて、その内容までなんかフワフワしていた。
全然理解できへん。
(あっ!でもでもぉ~?伊呂波ちゃんに関しては~私が『寵愛』を与えなければならない理由がちゃんとあったみたいで~)
「ボクだけに『寵愛』を与えなければならなかった『理由』……?」
ボクの最初の問いの答え、それこそがその『理由』とやらなのだろう。
つまり偶然ボクが選ばれたわけではない、ということでもあるし、その『与えなければならない理由』という言い回しにも引っ掛かりを感じるし、俄然興味が湧いてくる限りである。
(よくRPGとかマンガとかの表現で、キャラクターのステータスをレーダーチャートで表すじゃないですか~?)
「まぁよく見るよね。万能型なら綺麗な多角形とか滑らかな丸形になって、才能一点型なら尖っているようなあれでしょ?」
(そうそう、そのあれです~。それで伊呂波ちゃんを表すとするなら~)
ボク自身のレーダーチャートか……どんな形になるんだろう?
考えたことなかったな。
でもきっと色々な才覚溢れるボクのことだし、さらにその上でも容姿が尖っているわけだし、ドラクエのキングスライムみたいな形になるのかな?
むふんっ!
まぁしょうがないよねっ!ジャンプの主人公系男子のボクだしねっ!
(例えるならそうですね~……『まち針』ですかね~?容姿だけ異様に尖っていますけど他の才能はてんでダメダメ。というより才能のさの字も見当たらない、みたいな~?)
「なんでっ!?酷くないっ!?」
人のステータスの表現で『まち針』ってなによ!?
言うに事欠いて『まち針』って!?
(いやいや~だいぶ良く言った上で『まち針』と表現したんですよ?本音を言えば『まち針』ですら過大な評価です。実際はただの『針』ですし!)
「嘘でしょ!?」
(いやマジです。神様ウソつきません)
今までの蕩け切っただらしない口調は何処へやら、真面目な顔と口調でそう言い放ったことからも、その言葉がマジLOVE1000%であることが感じ取れた。
(つまり……私の加護程度では、アナタの人生を幸せにすることができない可能性が非常に高くてですね?そんな悲しい結末を避けるために、伊呂波ちゃんに『寵愛』を与えることになったという訳です~)
「そんな……そんなぁ……ボクが『まち針』以下の存在だったなんて……ウソだぁ……」
あまりに残酷な現実を突きつけられたせいか、ボクの足から力が抜けていき、屋上の硬いコンクリートの床に膝と掌を突いて項垂れるしかなかった……。
ってことは何?
ボクは顔しか良い所がないってこと?
その顔面の造形さえも、神様のお情けで与えられたような―――
(なんちゃって~冗談で~す☆)
「……あ˝?」
…………あ˝?
(ぷっ……うふふ!ごめ、ごめんなさい☆うぷっ伊呂波ちゃんがあまりにも簡単に騙されてくれるから~ちょっと興が乗っちゃいました~えへっ☆)
………………イラッ☆
(実は私も分からないんですよね~伊呂波ちゃんに『寵愛』を与えた理由って~)
この腐れ嘘つき神様は……。
(あっ!これは本当なんですよ~?私はそんな『理由』なんてなくて~ただの偶然なんじゃないかって思ってるんですけど~)
「……さっきの『神様はウソつかない』って言葉は何だったの……?」
(やだなぁ~ウソはつかないけど~冗談くらいは神様だって言いますよ~?今のご時世ウェットな冗談くらい言えないとすぐにハブられちゃうじゃないですか~)
「そんなのっ……!ウソでも冗談でも質悪過ぎるわアホォ!」
(んなっ神様に向かって『アホ』とはなんですかっ!そんな酷い事言うような子に育てた覚えはありませんよっ!)
「吉祥ちゃんに育てられた覚えだってないよっ!いつもいつもボクのこと揶揄って遊びおってからにっ!」
(それも愛ゆえにじゃないですかっ!?それに私にとっての伊呂波ちゃんはですねっ!姉弟のようでもありっ!息子のようでもありっ!孫のようでもあるような、とても大切な存在なんですからっ!ちょっとしたお茶目な悪戯ぐらいは我慢して下さいよねっ!)
「愛が捻くれ過ぎだよっ!いじめっ子の考え方だよそれっ!?」
神様ってみんなが皆、こんなに個性豊か何だろうか?
まるで神聖な神様像をぶち壊すかのように、ボクの神様はウェットでユニークでお茶目が過ぎるようだった。
「そんなに言うならっ!これからはおばあちゃんとして接するからねっ!このクソババア!」
(だれが『クソババア』ですかっ!そんな酷いことを言う伊呂波ちゃんなんか、お仕置きしてあげますっ!)
『クソババア』は吉祥ちゃんの逆鱗に触れてしまったらしい。
大きく息を吸い込み始め、そして―――
「えっ!ちょ、まさかっ―――」
(~~~っすぅ……『こらぁぁぁぁっ!!!!』)
「んなぁぁぁっ!」
―――ボクの脳内にだけ響き渡る大音量で、ボクにお叱りの天誅を食らわせた。
だからそのウボォーギンみたいな技やめてっ!
脳みそ破裂しそうになるからっ!
(だってこの方法でしか伊呂波ちゃんに仕返しできませんしぃ……)
神様が仕返しとかしちゃだめでしょっ!?
いつか絶対、神様なのに罰当たるよっ!?
傍から見ればボク一人だけど、ボクらにとっては二人でそんな会話をしていた屋上に、ボクら以外の声が聞こえてくる―――
「お、やっぱり屋上にいるみたいだな。伊呂波の悲鳴が聞こえたし」
「そうですかっ!良かっ……えっ!?悲鳴っ!?」
ガチャっと重い音が屋上に響いて、屋上と校舎を繋ぐ唯一の扉が開け放たれて、鞍馬と弁財さんがドアの横から顔を出した。
「いたいた。伊呂波お前……一人でなに叫んでんだよ……」
「誰かと電話でもしていたんですか?」
「えっ!あぁうん!そうそうその通りだよっ!」
流石に『神様とお話してましたー』なんて言える筈もなく、弁財さんに乗っかるようにして誤魔化した。
けど電話か……。
これから吉祥ちゃんと話すときには電話をしているフリでもしようかな?
一人で騒いでる危ない奴だと思われるのも嫌だし……。
「それにしても、まさか学園長に呼び出されるとか……一体どんな話されたんだよ?」
呼び出しの多いボクや鞍馬にしてみても、今までに学び舎の長から呼び出された経験は一度もなかった。
だからこそ、鞍馬が心配するのも致し方ないのだけど―――
「階段で怪我をされた件なら、私のせいでもあるわけですし……大丈夫でしたか……?」
弁財さんも弁財さんで、先日の件をよほど気に病んでいるせいか、ボクのことを心配してくれていた。
「いや全然違う話だったよ?大丈夫大丈夫っ!」
たしかにボクが怪我したことについては話したが、本題は『寵愛』についての話だった訳だし、弁財さんを安心させてあげる意味も含めて、ボクは首を振って否定した。
「それなら良かったです……でもそれじゃあ、寿様とはどんなお話を……?」
あのサイコおじいちゃんのことを『様』付けで呼んでいる程なのだし、弁財さんはきっと学園長のことを尊敬しているのだろう。
世の中には知らなくても良い事、いや……知らない方が良い事だってあるのだ。
弁財パパだってそう言っていたらしいし、きっと世の中に蔓延る真理の一つで間違いないのだろう。
先ほどの学園長室での一幕はボクだけの胸の内にしまっておこう……正直言えば一生思い出さないように、メチャクチャに梱包して埋めてしまいたい記憶なんだけど……。
「……大した話じゃなかったよ?近況報告とか天気の話とかその程度だし?」
「……伊呂波の嘘吐くときの顔って本当にわかりやすいよな……まぁどんな話か何となく察しはついたから、敢えて聞かないでおいてやるが……」
いつかのリビングで、学園長がボクに抱いている異常とも言える愛情の恐怖を共有した鞍馬は、ボクの心中を察してくれたようだった。
いや、マジでどうにかしてほしい……市杵ちゃんとか学園長とか、吉祥家のストーカー予備軍多すぎない……?
もう絶対に新年の宴会とか参席したくないんだけど……。
「あ、あのっ!事情はちょっと私にはわかりかねますが……とりあえずもう時間も少ないですしお昼ご飯にしませんかっ?それに良い天気ですし、屋上で食べたらきっと気持ちいいですよねっ?」
ボクと鞍馬の陰鬱な様子に弁財さんは付いてこれず戸惑っていたけれど、そんな雰囲気を払拭するように、ボクらを元気づけるように別の話題を切り出してくれた。
―――先日までの真面目で周囲の空気を読もうとしなかった弁財さんに比べたら、どれほどの成長ぶりだろうか。
ボクらのことを気遣えるほどにまでなっている。
そんな弁財さんの心意気を無駄にもしないために、さきほどまでのトラウマレベルの苦い記憶は一旦忘れ去ろうっ!
あっ、でも―――
「ごめんっ!お弁当教室にあるから、ちょっと待ってて―――」
「ほらよっ伊呂波のお弁当もちゃんと持って来てあるぞ」
「伊呂波君の分の飲み物もちゃんと買ってあるから心配いりませんよ」
「あ……ありがとう……」
鞍馬と弁財さんが、ボクにお弁当と飲み物を手渡してくれた。
(ふふっ……伊呂波ちゃんは幸せ者ですね~。こんなに良い幼馴染とお友達に巡り合えたのですから)
―――本当に、全くもって、吉祥ちゃんの言うとおりである。
ボクのことを探し回ってくれて―――
呼び出されたことを心配してくれて―――
さらには、一緒にお昼を食べるために気を遣ってくれる―――
―――ボクは、きっと一人では何にもできない―――
だからこそ、大切なともだちや、家族や、神様に―――
たくさん支えられている―――
きっとこれからも―――
たくさんの人たちに助けてもらうことになるのだろう―――
だからこそ―――
―――『あぁ、ボクは幸せ者だなぁ』なんて―――
ある四月の晴天の下で―――
大切な人たちに囲まれながら―――
天邪鬼なボクらしくもない、そんな素直な気持ちを―――
―――思わせてくれるような、穏やかなお昼時だった―――
◆
―――『国立八百万学園』―――
神様から愛された学園生たちが集まるこの学園では、個性豊かな学生たちが十人十色の青春を謳歌していく。
いや、十人十色じゃ少なすぎるかな?
この学園には、八百万の神様たちだって集まっているのだから。
―――ならば、もっとたくさんで―――
―――ならば、もっとさまざまに―――
春に舞い散る桜のように―――
『八百人八百色』な青春が咲き乱れるこの八百万学園で―――
頼りになる腐れ縁の幼馴染と一緒に―――
共に騒動を乗り越えた新たなともだちと一緒に―――
吉祥天様から『寵愛』を受けるボクは―――
―――これからも、ボクだけの青春を満喫していく―――
普通じゃない人間が集まる、普通じゃないこの八百万学園で―――
ボクの、ボクたちの、幸せな賑やかさに溢れた、かけがえのない青春は―――
―――きっとこれからも、普通に過ぎていくのだろう―――




