<第落万(よろず)。‐寵愛の神様‐> ①
【吉祥天】
美と福徳の女神。ヒンドゥー教のラクシュミー(美や幸運を司る)がルーツであり、
仏教に取りいれられたことで吉祥天として信仰されるようになった。
元は七福神の人柱だったが、弁財天にその座を譲ったという説もある。
◆
仰ぎ見た空に広がる、雲一つない快晴の青色。周りに視界を遮る建物がないおかげで、はるか遠くまで見渡せるこの果てしなく広い空の下。
八百万の神様からの庇護を受けるボクたちは、今日もそれぞれの青春を過ごしていく。
八百万学園教室棟の屋上にはいるのは、ボクと吉祥ちゃんの1人と1柱だけ。
先客だった一組のカップルは、屋上に現れたボクを見るや否や『またかよ』という顔をしながら、要らぬ気遣いをし腐って退散していった。
「―――まさか、学園長も『ボクと同じ』だったなんて……」
傍から見たら独り言のように見えるボクの呟きに、ちゃんと返事をくれる存在がいる。
(私はなんとなく気付いていましたけどね~。先程ご本人様から聞いて『やっぱり』って思いましたし~)
『吉祥天様』
ボクら吉祥家が加護を受ける美を司る神様で、ボクの母親である宝ちゃんやお祖母ちゃん、そしてきっと曾祖母ちゃんだって、彼女からの『加護』を受けている。
だけどボクに限っては、『吉祥天様』から受けているのは『加護』ではない―――
「ボクや学園長の他にもいるのかな?『寵愛』を受けている人って?」
だからこそ、ボクは生まれた時から言葉を交わすことも出来たし―――
(ん~どうなんでしょうねぇ?でも学園長さんも仰っていましたが……)
ボクだけが、その姿を見ることも出来たし―――
(伊呂波ちゃんを含めても、片手で数えれるほどの人数しか、お会いしたことがないとのことですし……)
『寵愛』を受けたことによって、『吉祥天様』とずっと一緒に―――
(やっぱり、『寵愛』を受ける依代となった人なんて、過去にも未来にもほとんどいないのではないですかね~?)
今この瞬間まで、寄り添って生きてくることが出来たのだ―――
「そりゃそうだよね?ボクとあのクレイジーサイコジジイが幸運EXだっただけか……」
(『クレイジーサイコジジイ』て……この学園で一番偉い人を指して何て暴言を……)
「いやいや、さっきの学園長を思い出したらボクの気持ちだってわかるでしょ―――」
そう、ボクはさっきまで、学園長室にて学園長と会って話をしていた。
つい数分前までのとっとと忘れてしまいたいほどの苦い記憶が、晴れた青空とは裏腹にボクの気持ちを陰鬱に染め上げて行った―――
◇
昼放課早々に呼び出しを食らい、学園長室に入室したボクはドアの前に立ち、仰々しい机に座りボクを招き入れた寿学園長様と対面していた。
「お昼休みにわざわざ済まないねぇ伊呂波ちゃん」
「うっ……い、いえいえ。お構いなく……」
『伊呂波ちゃん』なんて呼ばれたからか、いつの日か鞍馬に聞いたクレイジーエピソードを思い出してしまい、身体に悪寒が走った。
「君を呼んだのは他でもない……今こそ伊呂波ちゃんに話すべき重要な話を―――なんでそんなドアの前にいるのかね?遠慮せずに中まで入ってくればいいじゃろう」
そうは言われても、とチラッと視線を巡らすと目に入ってくる、目の前の絨毯の四隅から天井まで伸びている謎の紐が気になって、足を進ませる気になれないのですが……。
「儂も耄碌しちゃってるせいでのぉ……年々声が聞こえなくなってきているのじゃよぉ。このままでは伊呂波ちゃんと話すこともままならないからのぉ?」
ほれほれこっちへ来いと手招きする寿学園長に、胡散臭さしか感じなかった。
あと『伊呂波ちゃん』って呼ばれるたびに背筋が凍るから、その呼び方もう止めて?
(―――伊呂波ちゃん、学園長さんに近づく前にスマホを出して下さい)
4本の紐も趣味の悪い只の装飾であると割り切り、足を出そうとしたボクを止める様に制止する声が頭に届いた。
ボクにしか聞こえない『その声』に従い、ポケットからスマホを取り出す。
(それを目の前の絨毯の上に投げ落としてください)
手に持ったスマホを指示されたとおりにポイッと放り投げると、緩やかな放物線をえがいて絨毯の上に落ちた―――
―――その瞬間、シュバッと音を立てて絨毯の下から白い網が突如として現れ、ボクのスマホを捕まえて天井から吊るし上げたっ!
って昔話でタヌキ捕まえる時のやつっ!
なにこれ怖っ!
「んほほほほ。やはり気付くか。もう少しかと思ったのじゃが、残念じゃのぅ……」
『お見事お見事』などと手を叩きながら笑っている寿学園長の姿に、もう恐怖と狂気しか感じなかった。
ボクこのままここに居たら殺されるかもしれない……。
「あ……あの……これは一体……?」
この凶行の理由を聞こうとしたボクの言葉は、重なるように放たれた寿学園長の一言で掻き消されてしまった―――
「―――やはり『寵愛』を受けているだけのことはあるのぉ」
「…………えっ?」
『寵愛を受けている』と、寿学園長は確かにそう言った。
『寵愛』なんて調べればいくらでも知ることのできる言葉だけど、ボクにとっては只の知識としての言葉では済まされない。
ボクが『吉祥天様』から『寵愛』を受けていることを、今まで誰にも言ったことがないはずなのに、寿学園長はさっき確かに―――
「どうして……それを……?」
言い当てられた驚きで漏れ出た、ボクの疑問の呟きに答える様に―――
「儂も『そう』だからのぅ……伊呂波ちゃんと同じで、神様からの『寵愛』を受ける依代なんじゃよ」
「なん……だと……?」
―――寿学園長はさらに驚きの事実を口にした。
ボク以外の神様から『寵愛』を受ける人間についてなんて、特に興味もなかったし探そうと思ったこともなかった。
けれど、突然目の前に現れたとなると話は別だ。
「伊呂波ちゃんが驚くのも無理はないのぉ……長年にわたり八百万学園の長を務める儂でさえ、片手で数えるに足るほどしか、『寵愛』を受けた人間と出会っておらんからな」
『寵愛』を受けた依代はボクしかいないなんて、そんなことは無いだろうと思ったことはあったかも知れないけれど、それでもやはりその希少性は相当のものなのだろう。
この学園には、神様からの『加護』を受ける者が集まってくる。
そんな人間を毎年見続けて来た学園長でさえ、たかだか数人しか相見えたことがない程なのだから……。
二の句を継げず固まっているボクの目の前に、スルスルと吊るされていた網が下りてきて、床に触れた瞬間に網が開き、ボクのスマホを解放した。
「……あっ、そういえば、これ……何ですか?この昔話の罠みたいなやつ……?」
その一連の光景に忘れかけていた異常な出来事が思い出された。
突然告げられた衝撃への動揺は未だ収まっていないものの、気になっていた質問が再度ボクの口から漏れ出た。
「んん?そりゃ伊呂波ちゃんが頭を怪我したと聞いて、儂も心配でお迎えが来かけたからじゃよぉ」
お迎えて……。
たしかにいつ逝ってしまっても、おかしくないご年齢かもしれないけどさ?
「そんな危険な世の中から守るために、伊呂波ちゃんを捕まえて飼い……間違えた。保護するために仕掛けたんじゃよぉ」
「…………………………………………………………ぅぇぇ」
ボク以外の『寵愛』を受けた者の存在とかが一瞬で吹っ飛ぶほどの恐怖発言に、ボクの脳内では警報が鳴り響いた。
ボクこのおじいちゃんが何て言ったかわかんない。
いや意味はわかるんだけど、わかりたくない。
今すぐこの場から逃げ出せと本能が訴えている。
この現実から逃避してどこか綺麗なお花畑まで行こう。
そこで綺麗な蝶々を捕まえて、一緒にお昼寝するんだ。
ぽかぽか陽気の中で、美味しいモノをたらふく食べる幸せな夢を見よう。
あぁなんてしあわせなんだろう☆あぁたのしみだなぁ☆
わーい☆
「へぇそうなんだぁ……あっぼくようじをおもいだしちゃったからしつれいしまぁす☆」
(今すぐここから逃げ出すのは賛成ですけどっ!ちゃんと現実を見てくださいっ!現実逃避してないで、ちゃんと危機感を抱いた上で、全速力で逃げ出してくださいねっ!)
このように、ボクはつい数分前まで、世界中の怖い話をかき集めても全然太刀打ちできない程の恐怖体験をしてきたのだった―――
◇




